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四、内輪

 劇的な友情なんかない。愛も、奇跡も、多分ない。あるのは、偶然が織り成す歪な輪っかだけ。和ではなく、輪だ。内側にエネルギーが溜まり込み、たまに破裂して、勝手に元通りになる。そういう輪だ。それは、例えば。


四、内輪


 月曜の昼間。自室の狭い天井に息を詰まらせたわたしは、憂さ晴らしに近所の公園で独りペットボトルを眺めていた。人間の気配は全くない。三密から切り離された、心地好い日陰だけがそこにあった。その心地好さに酔いしれたくて、顔を上げてみる。込み上げてきたのは心地好さなんかじゃなくて、車酔いのような心地悪さであった。その正体は多分、頭の中を泳ぎ回る、黒いもや。いや、白いかもしれない。青、黄色、赤、むらさき。わからないけれど、不快なもやだ。春ちゃん。わたしは正直、鈴蘭ちゃんと春ちゃんをほぼ同一視していた。進学先こそ違うけれど、同じ立場で、同じ方を見て、同じ事を考えて、同じ物で笑う。一心同体という言葉は少し似合わないけれど、それに近い何かだと思っていたのだ。だけれど。だけれど…なんか変だ。わたしの考え過ぎかもしれないけれど、あの写真に残った彼女の目は、楽しそうには見えなかった。

 だからといって、わたしにはどうする事もできない。彼女は今、わたしの知らない輪の中で生きている。輪の中の憂鬱は、外からの干渉を受け付けない。…本当は、そんなこと無いかもしれない。だけれど、そこには確実に見えない壁がある。わたしには越えられない、向こうからしても、きっと越えて欲しくない、そんな壁だ。そう分かっていても、どうしても気になってしまう。

 もし理羽ちゃんに相談したら、きっと「あの子たちにはもう関わるな。」みたいな風に言われる。でもでも、やっぱりわたしにとって、あのふたりも大切な友達なのだ。輪の外に居るかもしれない。理解出来ないかもしれない。だけれど、そんなの関係なく、一緒に過ごした時間が生んだ執着が膨らんでいく。膨らんで、弾けて、歪に修正されて、膨らんで、弾けて。そして、いつの日か。

「樽子?」

 いつの日か、消えてしまえばいい。そう思ったわたしの目の前に現れたのは、偶然の悪態。悪戯と字面は似ているけれど、そんなに可愛いものでは無い。

「春ちゃん…。」

 雑な偶然は嫌いだ。言葉も出てこない。見つからない。一方春ちゃんはそんなの他所に、ベンチに座るわたしの背に背を向けて、余った面積に腰を掛けた。

「これは、どういう?」

 聞くと。

「こっちの方が、感染しにくいでしょ。」

 シニカルな口調で、彼女はそう答えた。

「まあ、そうだけど…。」

 そんなこと気にするタイプじゃないと思ってた、とは、言わなかった。代わりに、何か言わなければ。その気持ちが空回りして、変なのが口から飛び出す。沈黙を、かきけして。

「なんというか…最近、楽しそうだね。二人。」

「皮肉?」

「いや、そういうんじゃ…。わかんない。そうかも。」

「なにそれ。凄いイミフなんだけど。。」

 背中越しの背中が、少しもぞもぞする。陽が当たったTシャツが擦れあって、むず痒い。久しぶりに見た顔と、久しぶりに聞いた声。久しぶりといっても、せいぜい半年だけれど。されど半年という時間は、見る方向が正反対になるぐらいには、長いみたいだ。

「…鈴蘭ちゃんって、いつまで北海道に居るの?」

「夏休み明けもオンライン授業っぽいし、しばらくは残るみたい。」

「そう…。あっ、この前呼んだ友達って、道外の…」

「北海道出身の子だって。確か実家は空知の方。たまたま帰省してたから、呼んだらすぐ来たらしい。」

「へぇ…そうだったんだ…。」

「うん。」

「…。」

 沈黙が、痛い。心の皮膚がひりひりして、どんどん剥がれていく。

「本当はさ。」

「ひっ。な、なに?」

 突然低いトーンで話を切り出した春ちゃんに、わたしは押し負けてしまった。勝負なんてしてないけれど。

「何か、あたしに聞きたいことあるんじゃないの。それか、言いたい事とか。」

 やっぱり、負けていた。

「な、なんで…?」

「久しぶりに会った友達を見る目じゃなかったよ。犯人と退治する名探偵とか、いや、その逆かも。まあ、そんな感じの目だったから。」

 そんな目をしていたのか、と驚く反面、そういえば彼女も誰かの目を伺って生きている、そんな人間だったことを思い出して、少し安心した。安心したというのは、自分と似た行動を取ることになのか、それとも昔と変わっていないことになのか。自分でもよくわからないけれど、多分、両方だ。

「変な質問になっちゃうけど…。」

「いいよ別に。」

「引かない?」

「それは知らない。」

「…。」

「早く。」

「…あのさ、その、春ちゃんって。」

「うん。」

「楽しい?」

「皮肉?」

「いや、そういうのじゃ…。」

「哲学?」

「もっと違う…。」

「じゃあやっぱり皮肉か。」

「そうじゃなくて!」

「冗談だよ、冗談。あんたがあたしのこと…みんなの事を気持ち悪いぐらい見てるのは、知ってるから。心配してくれてるんでしょ。」

 再び、沈黙が降り注ぐ。この沈黙は、わたしのせいだ。いざ本音が伝わってしまうと、歯がゆいというか、なんというか。

「あんたさ、世界が終わる時っていつだと思う?」

「へ?」

 歯がゆさを無視して、彼女はいきなり壮大な話を始める。

「地球爆発?人類滅亡?それとも、自分が死んだ時?人によって違うと思う。でもあたしは、もっとスケールの小さいものだと思う。たとえば、疎遠とか。」

「疎遠…?」

「世界ってさ、実は凄い小さいものなんだよ。頻繁に出来ては、すぐ壊れたりする。あたしとあんたの関係も、一つの世界。じゃあ、もしあたしらが会わなくなったら、その世界はどうなる?」

 春ちゃんは、飲み干したジュースの缶を地面に放り投げ、足で潰す。力強く、ぺしゃんこになるまで、執念深く。

「あたしはさ、壊したくないんだよ。あたしと、鈴蘭の世界を。自分の思想なんて、犠牲にしたっていい。心から笑えなくたって、いい。」

 言い切ると、彼女はわざとらしい溜息を空に唄った。

「でも、本当は嫌なんじゃないの…?辛いんじゃ、ないの…?」

 恐る恐る尋ねると、今度は鼻笑いで返された。シニカルとは程遠い、子供騙しの鼻笑いだ。

「事実だね。でもそんな現実、見てどうする。あたしには何も出来ない。抗うことは出来ない。オンボロの世界が壊れないように、その内側で生きていくしかないんだよ。あんたも同じだろ。樽子。」

 春ちゃんは立ち上がり、靴に着いた土を軽く払って、わたしの隣にふらふらと近寄ってきた。とっさに後退ると、彼女はマスクの鼻掛け部分を抑えながら、子供っぽい笑みを浮かべた。

「あたしたちは似た者同士。狂信者だよ。世界に囚われてる。誰かに縛られてる。外の世界なんて、知る事も出来ない。そんな現実、あんたは見たいと思うか?」 

 言葉は、出なかった。

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