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二、不在着信

 小鳥のさえずりにも飽き飽きしてきた、何十回目かの、何の予定もない夏の平日の早朝。朝日は網戸を潜り抜け、床を這い蹲り、布団に潜って、わたしの耳から脳へ進行し、それを食い荒らす。気付かないぐらい少しずつ、少しずつ齧られていくから、天井に沈黙の怒りをぶつけるくらいになるまで、その事実には気付けない。気付いた所で、不織布の隙間に挟まった密は食べられるようにならないから、気付いていない振りをして、無意味な早起きを事実とするのであった。起き上がり、充電コードが挿しっぱなしのスマホを、ぼやけた眼で開く。そんなこと知らせなくていいよ、とぼやきたくなるほどどうでもいいアプリやらニュースやらの通知をスライドして、スライドして、もう一度スライドして、その次に、一番上に表示された通知は。


二、不在着信


 てんてんてん、てんてんてん、てててん。てんてんてん、てんてんてん、てててん。てんてんて。へんてこなリングバックトーンが鳴り止んだ三秒後に。

「あ、もしもし…。」

 よそよそしいトーンで、わたしは本日第一声を咄嗟に捻り出した。

「あっ、樽子!久しぶり!掛け直してくれたんだね。」

 鈴蘭ちゃんは、昨日会ったみたいなテンションで、明るい声を返してくれた。

「あ、うん…。ごめんね、こんなに朝早く。」

「いやいや、全然。こっちこそ昨日夜中に掛けちゃって。」

 全然変わってない、とは、言わなかった。自分は酷く変わってしまったということを、認めてしまう気がしたからだ。気が付いてはいるけれど、認めてしまうことは少し違う。

「それで、なんだけど。」

「うん。」

 わたしの脳が彼女の像を高速で再構築する間に、本題が始まりそうな雰囲気が、通話アプリの向こうから漂い始めた。なんというか、少し怖い。久しぶりに話したからもあるだろうけれど、多分一番は、理羽ちゃんの存在だ。この通話があったこと自体、なんとなくだけれど、理羽ちゃんには言いたくない。それで尚、これから始まる本題はきっと、もっと言いたくないようなことだろう。これも、なんとなくだけれど。そういうわけで、袋詰めされた時限爆弾を土産に貰った気分。でも、この気分は、そう長々と続かない。

「三人だけでもさ、遊びに行かない?もちろん、嫌じゃなかったらだけど。」

 爆弾の時限は短かった。遠くへ投げるたり、その場から急いで離れたり、もしくは赤い線を切ったり、そういう事をする間もなく、爆弾が自らの役割を果たしたのだ。

「でも…。」

 コロナが怖いし、家族にも怒られるし。いや、それよりも。彼女はわかっているはずだ。わたしは理羽ちゃん側なんだ、と。

「理羽は絶対来ないし、いや、それはいいんだけど、誘うだけで色々難癖つけて来るからさ。内緒で、三人で、どう?」

 これは提案ではなく、誘爆だ。どちらを選んでも、わたしは何らかの爆破に巻き込まれる。

「三人で…。」

 四人が二人と二人になってしまっても、時間が経てばまた四人になることは出来る。でも、三人と一人になってしまえば、元に戻るのは困難だ。三人は一人減ったことに慣れ、一人は最初から一人であったと錯覚するようになるのだ。

「ごめん、その…まだワクチン打ててないからさ、家族に迷惑かけたら困るし、その…。ごめん。」

 何より、わたしは「理羽ちゃん側」なのだ。これは、変えられない。変えてはいけない。分断を避けるために必要なのは、和ではなく、分断だと思う。均等な分断によって、不均等な分断を回避するのである。元も子もないと言われるかもしれないが、人間なんてこういうものだ。本当はみんな気付いているけど、認めていない。だってこんなこと、認めたくないから。

「そっか。残念。でもさ、ワクチンなんていつ打てるのか分かんないじゃん。うちの大学の職域摂取、また延期されたし。それにもしかしたら変異型に対応出来なくて、また新しいワクチンまで自粛は続くかもしれない。それまでずっと我慢し続けてたら、疲れない?」

 でも、鈴蘭ちゃんは和も分断も無視して、いや、見えてないのかもしれない。とにかく彼女は、わたしの悩みの種を踏み潰して、心の社会的距離へ踏み込んで来るのだ。わたしたちと彼女たちの分断の本質は、実はこれなのかもしれない。一方わたしは。

「それはまあ、疲れるけど。でも、仕方ないかなって思ってる。だから、ごめん。」

 結局中途半端に和を気にして、言いたい事をあやふやにして、タッパーに詰めて、ラップをして、風呂敷で包んで届けることしかできないみたいだ。だから。

「感染なんて滅多にしないよ。うちだって結構遊んでるのにしてないし。たまには羽伸ばしてもいいんじゃない?」

 だからわたしは、せめて彼女を理解したい。言いたいことは言えなくても、言われた言葉の本当の意味ぐらいは咀嚼したい。そして見極めたい。時間によって見殺しにされたわたしの心が、四人の仲が、これからどの方向へ進んでいくのか。命が終わる日まで、脳の端で考え続けていたい。でも、それは無理そうだ。

「ごめん…ごめん…。」

 わたしには、彼女のことを理解できない。きっと、時間が空き過ぎたのだ。投げられた賽は、もう、動かない。

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