一、理解出来ない明後日
「高校卒業してもまた会おうね。」
「当たり前じゃん。」
「うちは札幌離れるけど…でも夏休みとか帰ってくるよ。」
「冬休みは?」
「なんで自ら雪に埋もれに来ないといけないんだよ。」
「それもそうか。」
「そうだね。じゃあ、内地行っても元気でね。」
「うん。」
「じゃあ、次会う時には収まってるといいね。」
『コロナ』
一、理解出来ない明後日
高校三年生の、三月。袴に似合わないブーツを引き摺りながら、四人で再会を誓った、まだ雪の残る帰り道を思い出す。冬は溶け、春は拐われ、今はもう夏。わたしが空調が悲鳴を上げる自室で、地獄のように溜まったレポートと向き合いながら。
「レポートが終わったらあたしらも夏休みだね、樽子。」
理羽ちゃんと通話をしている、そんな夏だ。
「そうだね。でも、何もすることないよ。ごろごろして、勉強して、それぐらい。」
「まあたしかに。また札幌まん防出るらしいし。この夏休みは自粛で終わるんだろうね。ワクチンもまだ回ってこないし。」
まん防。最初はふざけた名前だと思っていたが、もう聞き慣れてしまった。まん防だけじゃない。毎日発表される感染者数も、たまに起こる暴動も、クラスターも。全部慣れて、特に気にとめなくなっている。今や、わたしを含む殆どの人々は、冷静に自分の考えに従っているだけだ。わたしは、怖いと思う。入院が怖い。後遺症が怖い。誰かに移すのが怖い。迷惑をかけるのが、怖い。でも、そうじゃない人もいる。ただそれだけのことだと、もうみんな理解してしまったのだ。
「そういえば樽子、聞いた?」
「なに?」
「あいつら、また遊びに行くらしいよ。」
あいつら。それは多分、鈴蘭ちゃんと春ちゃんのことだ。青春と受験戦争を共にした、生涯の友達…だと思っていた、のだけれど。
「明後日から道外行くって言い出してる。やばいよね。この前カラオケ誘ってきた時も呆れたけど。」
絆だと思っていたそれは、簡単に引き裂かれた。引き裂いた犯人はウイルスではなく。ウイルスではなく…。ウイルスではなく、何なんだ?わからない。実は、何者でもないのかもしれない。とにかく、わたし達を結び付けていたモノは薄っぺらかった。どれくらいか、と言われたらわからない。ビニールぐらいかもしれないし、紙ぐらいかもしれない。紙と言っても、画用紙かコピー用紙か、はたまたティッシュペーパーか。わからないけれど、とにかく薄くて、弱くて、簡単に破れる。実際、破れた。少しずつ、ゆるやかに、音も立てないで、いつのまにか真っ二つに分かれていた。人為も、災害もなく、ただ月日の進みに手伝われて。未知のウイルスは、隣り合わせの「死」へ。怯える人々は、分散した集団の中の個へ。そして。
「そう、だね。うん。ほんと、呆れるよ。」
四人は、二人と二人へ。カレンダーを何枚か捲っただけで、全部変わってしまった。この災害の正体は、多分、時間だ。ずっと前から全人類が知っていた、ねずみも死なない災害。
「でも、いつかコロナが明けたら遊びに行きたいね。いつになるかわからないけど。」
わたしはコロナを、全く理解出来ていない。
「うん、そうだね。」
時間が理解を、阻害するのだ。