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第7話 限界突破! 時を、かけよや、少年!!

 翡翠ひすいは、二種類ある。

 いや、正確に言えば、二種類の宝石が、かつては区別がつかず、等しく翡翠と呼ばれていた。

 片や硬玉・ジェダイト。

 古代メキシコで繁栄を極めたマヤ文明で、至高神としてあがめられたケツァルコアトルは、翡翠硬玉の神であった。翡翠で作られた仮面など、マヤ文明において翡翠は、呪術的な力を有する信仰の石である。

 また日本においては、新潟県を唯一の産地として古墳時代まで、勾玉などの呪術品に翡翠が尊ばれて全国に広まっていた。この翡翠もまた、硬玉・ジェダイト。

 片や、軟玉・ネフライト。

 こちらは主に中国やニュージーランドなどで用いられており、彫刻を施され、災いや呪いを退ける力があると信じられてきた。

 中国でヒスイとして加工されたものが、日本に入ることで硬玉と軟玉の区別が付かなくなったのか。それとも奈良時代に入った途端に消滅した硬玉勾玉文化が、中国の軟玉装飾品に取って代わられたのか。

 事の真偽は分からない。

 だがこの二つの石は、実に十九世紀に入るまで、違う成分、違う硬度であり、違う結晶構造を持っていることすら、解明されなかった。

 実際春告(はるつぐ)も、実物を目にして、それがジェダイトであるかネフライトであるか、見極めることが出来ない。

近衛このえさんは石を換えたって言ってたけど)

 胸元で力を発現している五芒星セーマンパス、カドゥケウスを見る。

 その最上点、五点で最も上が、翡翠に割り当てられている。

 その役割は、ディバイダー。念が変換された力を、複数の外部に割り当てる際、その力の割合を制御する働きを持つ。

 昨日まで、そこには硬玉が輝きを放っていた。

 今見下ろす軟玉もまた、一見しただけでは見分けがつかない輝きを放っている。

(細かい特徴とか見比べれば、別物だって分かるけど……同じように球に加工されてたら、分かんないよな)

 やっぱり口に含まないと駄目なのだろうか。

 それとも、羞恥心を捨てて、宝石との語らいに身を投じるべきなのだろうか。

 それは、共に変態のやる事だ。

 春告は頭を振って、雑念を追い払った。

(危ない。馬鹿な妄想に取り憑かれるところだった)

 ともあれ、カドゥケウスにはネフライトがある。

 その証拠として春告は、それまで10対象にしか分散できなかった力が、三倍の30対象にまで増えていることを、スペック表を呼び出して確認した。

(本当に、別の宝石なんだ)

 その代わり、分散できる個々の出力は、ネフライトの方が小さい。総力としては等しいが、出力できる穴が多い分、ネフライトの方は大きな物に干渉できないようだ。

(ま、一長一短ってことだよね)

 だからこそ、ジェダイトでは無理だった芸当が、ネフライトでは完成する。

 春告は、腰のハードポイントに備え付けられている、ウィルゲムを取り出した。

 予備として携帯しているウィルゲムの数は、二〇。

 カドゥケウスに装着されている宝石がすべて砕けたとしても、あと二回、変身が可能になる数だ。

 とは言え、宇宙空間や飛行状態での仕事が多い春告にとっては、変身が解けた瞬間に死亡する可能性の方が高いのだが。

(今は、頼ろう)

 ウィルゲムに。

 自分を選んでくれた宝石たちに。

 迫りくる、ミサイル群を迎え討つために。

「頼むよ!」

 春告の手が、勢い良く跳ね上がる。

 その手に乗せられていた宝石たちが、朝日を反射してキラキラと輝きながら空に散る。

(ネフライト!)

 そして、春告は、願った。

 ウィルゲムの確保を。

 二〇の宝石への力の分散を。

 直後、重力に逆らって飛び上がり、しかし重力に捕まって落下しようとしていた二〇の宝石のすべてが、放物線の頂点で、その身を固定された。

 微動だにしない。

 否、春告には見える。

 二〇粒のウィルゲムは、すべてシャインダークから伸びる力の線で繋がっている。

 その確認を胸に、春告は次なる願いを空に放った。

「空に、桔梗紋を!」

 桔梗紋。それは陰陽師・安倍晴明が創出した、木火土金水の五行の理を図案化した、五点を線で結んだ図形。その形が桔梗の花に似ていることから名付けられ、後に在野に下ることで、創出者の霊験にあやかってセーマンと呼ばれた、五芒星。

 春告の願いが、月長石に受け入れられ、ネフライトによって二〇のウィルゲムに力を分散、日長石から出力されて、現実へと変換される。

 その頭上に翡翠ひすいを戴き。

 その両肩に珊瑚さんご瑠璃るりを。

 右手の先には月長石げっちょうせきが輝き、左手の先に柘榴ざくろ石を見て。

 腰の両脇には真珠しんじゅ紅玉随べにぎょくずい

 股間の下に琥珀こはく

 両足の延長線上に瑪瑙めのう日長石にっちょうせき

 その一〇粒を一セットにして、自分の周囲と、その更に外側に配置して。

 空に、三重の五芒星が華開く。

 一番外の五芒星の、頂点から頂点までが一キロメートル。それでも空を覆うには絶望的な小ささだが、各ウィルゲムが力に共鳴、増幅しあえば、その支配空域は成層圏まで届く……はず。

 思いつきだ。

 試験もできない。

 だが、やらなければ、空に二酸化硫黄の膜が生まれる。

 それで済まなければ、日本に悪意が降り注ぐ。

 ミサイルを、爆発させずに、止める。

 そのイメージを、春告は念じた。

 ウィルゲムが、その想いに呼応して、明滅する。もしかしたら、その光のパターンで春告に会話を試みているのかも知れない。

「ありがとね。馬鹿につきあってくれて!」

 宝石の言葉は分からない。

 もしかしたら、非難轟々かもしれない。

 けれど春告は、謝罪ではなく、感謝を皆に。

 胸元のカドゥケウス、そこから伸びる力を通じて、溢れ出そうとする熱い流れを感じたから。

 数千万年、数億年という長い沈黙を過ごしてきた宝石たち。想像を超越する気候変動や地殻移動を経験してきた古老たち。

 その身に、無限とも言える知識を蓄えて。

 今それを、一人の少年の想いのために、差し出そうとしている。

(有り難くて涙が出るよ)

 春告は見る、己の上下左右を。

 そこには、空に光線を結び、二重の五芒星を描きながら、内外が逆回転を始めているウィルゲムたちがある。

 点滅しながら、春告が発した念を、更に大空へと広げていく宝石たちの直下では、遂に夜明けが、日本海を渡りきろうとしていた。止まることのない自転という地球の営みは、個人個人の想いや焦りなどに関わらず、ただ黙々と、夜を昼へと塗り換えるために己をまわす。

 超々高から見下ろす朝鮮半島が、高速で陽の光に包まれた。

 シャインダークのスピーカーを、此花こはなの通信が震わす。

「来たわ! 三二発! 西北西。タイプ、東風ドンフェン、スカッド!」

 此花の読みが当たった。

 東風は人民解放軍が、スカッドは旧ソ連が開発した、トラック運搬タイプの地対地ミサイルだ。

 運搬車そのものが発射台を兼ねるそのミサイルは、機動力に優れた運用が可能な、旧式だが優秀な兵器だ。スカッドは北朝鮮の主要な輸出商品としても有名で、主に中近東で、近縁種が量産、配備されている。

 だが、その射程は、日本全域を狙うには心許ない。

 東風では日本海を越えきれないし、スカッドでも、中部地方までしか届かない。北朝鮮に本気で日本を爆撃する意図があるならば、スカッドを発展させた弾道ミサイルである『ノドン』で、首都を狙う必要がある。

 つまり、

「二酸化硫黄か!」

 視界が急速に歪む。

 風を切り、空を蹴って、シャインダークは砲弾の勢いで宙を突き進んだ。

 偏西風が壁となって前進を軋ませる。

 目指すは半島の付け根、中華人民共和国との国境付近。

 勝負は、速度だ。

「全・出・力!」

 Gなど緩和しろ。

 空気抵抗なんて無視だ。

 縮地を。

 テレポートを。

 バイタルグロウブを見据えて飛び乗れ!

 瞬後、シャインダークの姿が、ブレた。

 通常の三倍のウィルゲムが、限界展開で最長辺五キロまで広がって空を占め、己とシャインダークの存在を入れ替えるという理屈を発揮。

 点から点へ。

 シャインダークを中心に共に跳ぶ五芒星が、展開するたびに、もっとも遠いウィルゲムとシャインダークの空間を強引に置換。

 移動、展開、置換のルーティンワークは、徐々に早く、そして滑らかに春告の身を大陸へと誘う。

 が、遅い。

 すでにミサイルは発射されている。

 相手の狙いが成層圏に二酸化硫黄を蒔き散らすだけなら、数分で事は済んでしまう。

 故に、

「行けよやっ!」

 春告は叫んだ。

 願った。

 最速を。

 間に合えと。

 理屈はどうでもいい。

 結果だけを求め。

 跳ぶ。空間を。

 跳躍、展開、置換。跳躍、展開、置換。

 跳躍展開、置換。

 間隔が狭まっていく。

 全てのウィルゲムが高速で明滅し、春告の『想い』を受けて最適解を導きだそうと演算を走らせる。

 各結晶構造の固有振動数限界までクロックを上げたウィルゲムたちは、三〇粒を並列処理して、春告の『本気』を糧にオーバークロックを発動。

 あらゆる可能性をシミュレーションしながら春告の想いを具現せんと、超振する。

 跳・展開・置換、跳・展・置、跳展置跳展置跳置跳置跳置置置置置…………

 そのルーティンが、限界を迎えた。

 まず、跳躍と五芒星の展開が同時処理される。

 展開とほぼ同時に、最遠距離のウィルゲムとシャインダークの置換がなる。

 置換された瞬間に五芒星が展開……するか否かのタイミングで置換が発動。

 ウィルゲムたちの超速演算が、やがて最小時間単位、プランク時間にまで迫る。

 それは光速を意味する時間。

 時空を制する原理。

 絶対不可侵なる光速等速理論を、しかしウィルゲムは越える事を願った!

 タキオンの領域まで加速せよ!!

 そうでなければ、春告の『想い』は叶えられぬ!!!

 ならば!!!!

 越えよ、時空を!!!!!

 直後、シャインダークは、消滅した。

 光速の領域に至り、ほぼ無限とも言える時間を得たウィルゲムたちは、その静止した時空で、ラプラスの悪魔と取引したのだ。

 限界時間単位、プランク。

 その、プランクとプランクの、狭間の利用を。

 極限までゼロに近い時の……物体に電子、クオークという最小単位があるように、時間にも存在するプランクという最小単位の、その隙間にシャインダークを介入させる許可を。

 極限までゼロならば、それをどれだけ足しあわせても物理的に意味のある時間にはならないという、屁理屈を付与して。

 ウィルゲムたちは時空へ干渉する。


『シャインダークがミサイルを阻止するためには、発射直後の空間に、シャインダークが存在しなければならない』

 

 故に。


『シャインダークが、その時間にその空間にいたことに、せよ』


 因果律の逆転。

 過程があるから結果があるのではなく。

 結果のために過程が必要なら、必要な過程を捏造すれば良い。

 辻褄なんて勝手に合わせろ!

 間に合えば、他に、なにも、不要いらない!!

 それが亜空間移動なのか、観測者不在ゆえの超光速実現なのか、イデア投射から成る存在確率操作なのか、空間折り畳み理論なのか、ワームホール設置なのか、外宇宙から飛来した超大型宇宙生物のチャクラが空に編んだオーガニック経路なのかは分からない。

 ただ結果として、春告の想いをウィルゲムたちは具現する。

 ミサイル発射直後の空へ、シャインダークを現出させて。

 時空すら突き抜けて。

 物理時空を支配する神は、シャインダークが因果律を満たしてそこに到達したのではなく、その時、その場所に『初めからあったモノ』として、シャインダークを処理した。

 逆巻かれる因果律に時空を乱されるくらいなら、因果律を無視する特例を与えて時空への影響を最小限に抑える政治取引。

 だから、時は逆巻かれる。

 ミサイルを阻止するために、春告はその場所に、いなければならなかったのだから。

「来たわ! 三二発! 西北西。タイプ、東風ドンフェン、スカッド!」

 正当な時間を満たすために、此花の通信が定刻通りに春告の鼓膜を揺らし。

 なずなから、ミサイル発射地点と、その予測経路が網膜に投影され。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 シャインダークが、吼えた。

 既に五芒星は展開している。

 二重の虹色の円を描いて回転するウィルゲムたちに、外宇宙からの超大型生命体が生んだ抗体アンチボディが、計算高い政治家ガバナーが発射した核ミサイルを阻止したイメージを、春告が伝える。

「彼らが三機編隊でトライアングルを組んだなら!」

 直後、ミサイルが向かう上空に、虹色の幕が生まれた。

「こっちは、五芒星だ!

 チャクラ・ペンタグラム!!」

 時差ゼロで、虹の幕に地対地ミサイルの群が突き刺さる。

 それは物理的な壁として空を飛翔する物体に干渉せず、しかし空を飛ぶための燃料の燃焼という現象に介入した。

 虹の幕に触れたミサイルの全てから、推進剤の光が奪われる。

 のみならず、起爆に要する化学反応すら、弾頭から奪われた。

 爆発できぬ、鉄の塊。

 虹をくぐり抜けたあらゆるミサイルは、燃料を消費し尽くした物体へと強制的に変換された。

 その際に燃やし尽くされた燃料から発生したエネルギーは、全てナノマシンで構成された虹の膜に吸収され、それはウィルゲムを通じて時空の神へと、『シャインダークをこの空間に存在させた』辻褄合わせのためのエネルギーとして返済される。

 大空を指向した飛翔体は、三二発、全て活動を停止した。

 落下する。

 不発に終わった花火が、人知れず夜空へ消えるように。

 ミサイルたちが、望まれた役目を果たせず、眼下の海へと落ちていく。  

「……やった……」

 結果的にウィルゲムが選んだ方法が、人工物を無に帰すナノマシンの散布によるエネルギー吸収、だったが気にしない。

「やっ、た!」

 全てのミサイルは沈黙した。

 眼前の大地を凝視するが、第二波が放たれる気配はない。

 そもそも、地上の人間に、ミサイルが停止した原因を推し量ることすら不可能だ。

 あらゆる人工物を無に帰するナノマシンによる干渉など、まだ物語の内でしか語られない。

「やったぁぁぁ!」

 喝采を大空に。

 全身が喜びを放った。

 出来るなどと自惚れていたわけではない。

 この瞬間まで、春告は自分が生きていることすら忘れていた。

 ただ、ミサイルを止める。

 それを想うだけの部品に成りきっていた。

 本気。

 真剣。

 無我。

 だからこそ、ウィルゲムが彼に応えた。

 自分の命すら顧みることを忘れた春告を、気に入ったからだ。

 魔術成すガイアギア。

 選ばれた者に力貸す意志ウィル持つゲム。  

 それは……司馬春告だけに与えられた特権ではない。

 春告もまた、此花にカドゥケウスを与えられた、いちオペレーターに過ぎない。

 まして、この打ち上げ花火が、過去の此花が提案した残り火であるのなら。

 この空間に、それが此花の遺志であることを示す者が存在しなければならない。

 ガイアギア。

 ウィルゲムによって具現化する、意志を現実に変換した鎧。

 かつての此花に協力し、此花が消えた後もその計画を実行へと移すべく活動していた者。

 同じガイアギアを操る、相対者。

 果たしてそれは、

『警告! 地上から飛来物』

 薺から注意が喚起された直後に、ミサイル発射地点から一直線に、春告を目指して飛び上がってくる。

 カラフルで、無骨で、いかにも未来のサーキットカーか、宇宙を破壊する大帝に形状変化しそうな、ジェット戦闘機の姿をして。

「マスターメガ……」

 最後まで口にする前に、それはシャインダークの視界を埋め尽くした。

 でかい。

 前回のアーノルドは、格好こそ宇宙生命体でも人間サイズだったが、今回のガイアギア(仮)は、サイズも含めて原作準拠だ。

(トランスフォーマーなのは此花の趣味なのか?)

 どう間違っても人民解放軍の新兵器などではないことは自明で、

(中国なら、まずは中華キヤノンだよなぁ)

 思う間にも、銀河ギャラクシー軍隊フォースな破壊大帝に酷似したジェット戦闘機が、空中で軌道を変えてシャインダークの周囲を回り始める。

 そこに、友好的な接触を求めるほど、春告とてお人好しではない。

 だから、三重の五芒星は、展開したままだ。

 先のナノマシンを本気で展開すれば、地上のあらゆる文明を破壊し尽くすことも可能だと分かっていればこそ、暴走だけはしまいと胸に深く刻んで、ジェット戦闘機の軌道を見据え……それは空気抵抗など完全無視して、全く重さを意識させないCG的な表現のままに、滑らかに人型へと変形した。

 


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