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第4話 強襲!! 世界で一番宝石を愛する男!

「おーい、ハル。生きてるか、てめぇ」

 目が覚めると、宙づりだった。

 持ち上げられた右腕が、というか右肩が猛烈に痛みを主張し、地に足の着かない状態を脳が理解するより早く、眼前に目つきの悪い青年の、気の抜けたコーラのような表情がドアップで迫っていて、

「あ、わっ、いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 二メートルの長身を誇る青年に警告抜きで手を離されれば、まともに受け身もとれずに春告はるつぐは居間の床に激突した。

「おぉ、元気そうでなによりだ」

 意地悪とか皮肉とかではなく、本心から笑顔で春告の無事を喜ぶその青年に、

近衛このえさん、なんで、今日?」

 覚醒したての春告の脳は、疑問だけを吐き出した。

「おう。ただいま、ハル。お前が喧嘩売って負けたって聞いて、山から降りてきたぜ」

 ニカッと白い歯を輝かせ、しかし二週間近く山の中だけで生活をしていた近衛との接近遭遇は、さわやかさとは程遠い、生々しい獣臭を春告に運ぶ。

「とりあえず、シャワー浴びて下さいよっ!」

 あと、髭っ!

「んだよ。心配して帰ってきてやったんだからよ、行き別れた兄弟との再会ぐらいの暑い抱擁で迎えてくれても良さげじゃね?」

 だが、一歩を近づいてきた近衛のジーパンからこぼれ落ちるのは、どこで付けてきたのかも分からない草花や土の粉や虫の死骸で、

「あぁ! もう、外! 外でモップ!」

 本気で暴れる五秒前の春告に、日焼けの黒い肌をクシャッと畳んだ近衛の表情は無性に豊かで、

「ふははっ! ハルめ、どうせまた落ち込んでたろ! やばい、離れろ! きゃつのネガティブダウンダイブが鬱るっ!」

「鬱るかっ!」

 自分より一回り近い年上の青年のバイオリズムに乗っかってしまえば、いつまでも此花のことで悩んでなどいられないのが、十代の少年の特権である。




 農業用に地下水を汲み上げている井戸端で、薙原なぎはら近衛が大胆に全裸で水浴びをしている間に、司馬春告にはどうしてもやらなければならない、使命があった。

 焼き飯作りだ。

 ご飯は通常の五倍。卵を五個同時使い。冷蔵庫に残っているありったけの野菜と、安っぽければ安っぽいほど良いというこだわりに即した豚コマ肉をこれでもかと投入して、味付けはシンプルイズベスト、ソルトオンリー。試しに旨味成分を隠し味に加えただけで怒られた春告は以後、ブラックペッパーすら近衛に振りかけさせて、一食作るだけで右握力がバカになりそうな焼き飯は、近衛の帰還には無くてはならない物だと厳命されていた。

 薙原近衛は、それを、飲む。飲むように食す。咀嚼する時間すら惜しいと全力で焼き飯に挑む姿は後光すら感じさせ、見ているだけで面白い食事というのもあるのだという事を、春告は労働の対価として堪能させられる。

 それは今日も変わらず、

「ごっつぉさんでした!」

 バンッと空気を破裂させて、両手を眼前で打ち鳴らす近衛の前の皿は、米粒一つ残さず綺麗サッパリ完全完食。

「三分五秒でした」

 「いただきます」がスタートピストルなら、ゴールテープは「ごちそうさま」。

「くぁぁぁっ! 三分の壁は厚いなっ!」

 いや、充分早いから。むしろ健康に悪いから。というか丹誠込めてお米を作ってる農家に謝れ、味わず飲み込んでごめんなさいって謝れ。

 春告の半眼は決して近衛を誉めてはいなかったが、近衛は相手の無言を肯定と断定して疑わない希有な才能を持っている。

 此花こはなとは別ベクトルで、聞く耳持たずの言っても無駄人種。

「で、だ。青少年よ」

 二時間足らずの睡眠を無理矢理起こされた春告は、焼き飯作りという重労働にホトホト疲れはてていたが、そんな事を気にしないのが近衛イズム。

「腹も膨れたところで、お兄さんに十代の熱く迸るブレーキレスでブッルゥゥゥゥゥな主張をブチ撒けてみてもいいかもよ?」

「いや、というか。昨日徹夜したんですっごく眠いんですけど、今」

「うん。で。なにがあったの」

 聞いちゃいねぇ。

 こうなったら諦めるしか道はなく、このアパートに来てから、パラメータ『忍耐』だけが強化されていっている気がする春告だったが、近衛という男がもともと、鉱石好きが高じて年がら年中鉱山に籠もりっきりの変人である以上、まっとうな精神回路では太刀打ちできるものではない。

 国内外を問わず世界中で鉱山を掘りまくるのが生業の近衛は、一度山に潜ると、気に入ったウィルゲムが手にはいるまで何ヶ月でも下山しないと言う、アウトドアスキルの有段者である。

 その近衛をして、二週間足らずでアパートに戻ってきたのは異例中の異例と言っても過言ではなく、春告の思っている以上に、此花にとってアーノルドとの一戦は、痛手だったのではなかろうかと、心の端が少しだけ痛む春告だったが、

「最初から説明しなくちゃいけないんですよね」

 当然のことながら、一度山に潜った近衛に、ネットサーフィンはおろか、社会経済のニュース知識を期待してはいけない。こういった用事でもなければ、夏場は高山こうざんに避暑を兼ねて引き籠もるのが薙原近衛という男である。

「いや、お前のウィルゲム渡してくれ。直接聞くから」

 あぁ、と春告は近衛の特異を思い出した。

 ウィル《Will》ゲム《Gem》とは、その名を意味するとおりに、意志を持っている宝石だ。ただし、宝石と意志を疎通するには常人には無理な話で、薙原近衛は石好きが高じて会話が可能になったのか、会話が成立するから鉱石バカになったのか、とにかく常人にはないスキルを所有していたが故の、変人生活を送っている青年だ。

 春告が自分のウィルゲムが入っているポチ袋をそのまま近衛に差し出せば、受け取った近衛はポチ袋の中身を全部テーブルの上にぶち撒けて、

「あぁあぁ、どいつもこいつも疲労の極みだな、こりゃ。ちゃんと太陽光と流水でけがれを祓えって言っといただろ?」

 春告をキッと睨んだかと思えば、一瞬後には相好を崩して摘み上げた日長石に頬ずりを始めていた。

「おうおう、可哀想になぁ。お前たちの意志を尊重した結果とはいえ、満足に手入れもしてくれない主人に会わせてしまってごめんよ」

 一体、石と人との間にどんな会話が成立しているのかは不明だが、近衛の言動は自分の子供に対する父親の溺愛そのものであり、

(たとえ物でも、こんだけ愛してもらったら、喜ぶだろうなぁ)

 カドゥケウスを通してガイアギアに変身するようになって数ヶ月。自分に力を与えてくれる魔術に感謝を忘れた覚えはないが、目の前の近衛のように、態度として愛情を示したことはなかったと、春告は自戒する。

(でも……事情を知らない人が見たら、フィギュアを愛でる変態と変わらなく見えるだろうな)

 何しろ近衛は、口の中に入れて味わうのが究極の石愛と信じて実行する男だ。油断してると春告のウィルゲムが唾液まみれになる可能性もあり、そういう意味では監視の目をゆるめることは出来ない。

 瑪瑙めのう《アゲート》、琥珀こはく《アンバー》、柘榴石ざくろいし《ガーネット》、紅玉髄べにぎょくずい《カルセドニー》、珊瑚さんご《コーラル》、日長石にっちょうせき《サンストーン》、月長石げっちょうせき《ムーンストーン》、翡翠ひすい《ジェダイト》、真珠しんじゅ《パール》、瑠璃るり《ラピスラズリ》。 

 春告のカドゥケウスを構成するウィルゲムは、此花の趣味もあって十粒全て、和名の響きで選ばれている。昨日のように条件によっては宝石の置換もするため、各二三個が袋の中には入っていた。

(近衛さんだったら、全部個体識別出来るんだろうな)

 春告も変身に必要なため、種類による見分けだけは付くようになったが、それでも触った感触だけで分かるとか、モース硬度の違いで見分けるだとか、各石の輝きが全然違うなどという変態的識別方法は会得していない。もちろん、近衛推奨の、味識別など言語道断である。

(でも、各石の特徴を覚えて、せめてローテーション組むくらいの工夫は必要だろうなぁ。本当は石個々の相性もあって、違う真珠を使うと微妙に力が曲がったりするし……)

 もちろん、近衛が認めたウィルゲムである以上、不良や故障はあり得ないが、それでも各石によって、含まれる成分の違いや、出土状況の違いで性格に差があるのだという。

「ま、人間と同じだと思って接してやれば、間違いねえ」

 そのための石の喜ぶ手入れなども近衛からレクチャーを受けていたが、毎日のように出勤が重なれば、なかなかメンテナンスにまで気が回らないものだ。

「ふぅむ。なるほどな。だいたいの事情は分かった」

 時間にして十五分ほどだろうか。近衛は全ての石との会話を終了させると、全て得心したとばかりの会心の笑顔で春告と向き合った。

「こいつらの主張を伝えよう。週休二日制の導入と、定期メンテナンスの充実、およびメンテナンス設備の拡充を要求するものである」

「時期外れの春闘ですかっ! というか、近衛さんははどっちの味方ですか!」

「俺は交渉人だ。金次第で動く」

(違う、それ交渉人違う。ネゴシエーターに謝れ)

 一瞬で近衛に場の空気を握られた、というか、帰ってきてからこっちずっと、振り回されっぱなしだ、と春告はようやく気づく。

「だいたい、近衛さん、問答無用で石の味方でしょ!」

「心外な。俺はただの通訳だ。石たちの主張を代弁しているに過ぎない」

「だったら、僕の言葉も通訳してください。ここ最近の激務、特に昨日の活動に関しては、心の底からの感謝と、そして謝罪を。今日は緊急以外の出動はないだろうから、せめて近衛さんに、たっぷりと検査と修復と洗浄を受けて欲しい、と」

「石たちは少年の手入れが希望だと言っている」

 即答だった。

「つか、一回通訳して下さいよ!」

「彼らは人語を解するぞ、当たり前だろ」

「一方通行すぎる」

「だったら、石の言葉を体得するべきだな。まずは舌で直接、磁気振動を読みとる訓練を」

「積極拒絶します」

 春告は全意志を瞳に込めた。

 クーラーの効き始めた涼しい居間に、全く必然性も必要性もない視線光線の交差火花がバチバチ散る。

「なら仕方がない。せめてこのウィルゲムは、涼代すずしろ嬢に預けるか」

「なんで、ここでなずなの名前が?」

「なぜって、彼女も一応魔女の素質があるからな。変身こそしないが、カドゥケウスは渡しているぞ」

 春告にとって、初耳情報だった。

「というか、会ったことあるんですか、薺に?」

「そりゃ、会わなきゃウィルゲムが選べないだろう」

 春告の驚きぶりに、近衛の方が付いていけない。

「というか、実在したんだ、薺」

「なんだなんだ、その、火竜の逆鱗を初めて手にしたときのような反応は」

「いや、むしろ、未だに見たことのない一角竜の心臓と同格の存在なんだけど」

「? でも、ハルが来てからも、何回か俺は会ってるぞ、ここで」

「…………は?」

「いや、ハルが居ない時に、涼代、部屋から出て、ここでウィルゲムの手入れ一緒にしたんだって」

 春告は、両手で頭を抱え込んだ。

 絶望が胸を締め付ける。

「……僕、なんか嫌われるようなこと、したのか?」

「どうやら、言ってはいけないことを言ってしまったらしいな。少年、忘れろ。全ては俺の口から出任せだ。恨むなら俺の唇を恨め。いや、むしろ、俺の唇を奪え! さぁ、ハリー、ハリー、ハリー、ハリィィィィ!」

「なんで僕以外女性ばっかっていう境遇で日常送ってながら、あえて年上の同性の唇を求めなきゃならんですか!」

「……いや、だってハル、夜這いの一つもしないんだろ?」

「この家で、もし万が一そんなことをしたとして……その次の瞬間に僕の首は胴体と繋がっていますかね?」

「いや、首は繋がっていると思うぞ……達磨になってる可能性は否定できないが」

 男二人、女性陣(主に此花)の容赦のなさに関しては、絶大な信頼を置いているが故に、クーラー以上の冷気を、その背筋に感じた。

「じ、冗談でも縁起が悪い話だったな。えっと、なんでこんな話題に……」

「いや、これいじょう僕の傷を抉らないで下さい。

 それより、どうだったんです? ウィルゲム達の記憶、覗いたんでしょ? あのガイアギア、近衛さんは見たことありますか?」

 此花という恐怖の具現が、二人の共通話題を復活させた。

 むしろ、この話題こそが本筋だ。

「いや……あんなオプテ○マスみたいな奴、見たことないな。だいたいあれ、ガイアギアなのか?」

「此花の知り合いで、カドゥケウスを使っているっていうのなら、十中八九間違いないでしょ? 第一、此花が昔の知り合いだって認めているんですから」

「だとして、なぁ」

 近衛は、琥珀の一つをつまみ上げると、それを額の前にかざしてクルクルと回しながら覗き込んだ。外からの光が透き通って、近衛の額に黄色い半透明の影が落ちる。

「駄目だな。こいつらは、俺が掘って此花に渡した石だ。つまり、あのガイアギアのおっさんは、俺と出会うより前の此花の知り合いって事になる」

「じゃ、聞き方を変えますけど……」

 そう前置きして、春告は両肘をテーブルの上につけると、両手を組み、その組まれた中指に顎を乗せる形で、肝心の問いを発した。

「近衛さんは、此花がガイアギアを作った理由、知っていますか?」

 長い、長い沈黙が、二人の間に生まれた。

 時を止めたかのような春告の発言に、しかし屋外の蝉の声だけが、まるで秒針のように止まらない時の流れを主張する。

 クーラーの効果があまねく行き渡ってきた居間にあって、二人はその首筋に、玉の汗を浮かばせる。

「近衛、さん」

 喉の奥から絞り出したかのように、春告の声は、およそ日本語の響きをなさなかった。

「あぁ、皆まで、言うんじゃない」

 対する近衛も、春告に負けず及ばず、病床から最後の言葉を投げかけるよりも儚い音を、肺から吐き出す。

(僕ら、手足もがれるんですかね)

(いや、あの魔女のことだ……真ん中の足だけって線も、有りうるな)

 二人の呼吸器は今、生存ギリギリのラインまで、その機能を休止させられていた。

 疑う隙は、微塵もない。

 犯人は、此花だ。

 あの別れの後、よりによって魔女のテリトリー内でその過去を暴き出そうなど、間抜けにも程がある愚挙であったことを、春告は身動きの取れぬまま……朝食を運ばれなかった薺がしびれを切らして此花の部屋の扉を叩き、

「あ、薺! え? きゃぁ! ご、ごめん、ごめんなさい。わっしが悪かった、許せ、許せ、怒るな、というか振り上げ……ぎゃぁぁ!」

 此花の悲鳴という、興味深いにも程があるドタバタを、よりによって薺が引き起こしたことに苦笑を覚えながら、

(薺って、腹が減ったら凶暴になるんだ、気をつけよう)

と、微動だに出来ぬ中で見当外れなことに焦点を当てながら、夏の日の午前を過ごしたのだった。



 

 



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