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第3話 疑惑っ?! 揺れる正義に想う過去

「わしに謝るために徹夜で起きてたぁ?!

 そなたバカか? そこまでバカか? またはアホか? このドたわけ!

 何のためにガイアギアに外部カメラつけてると思ってんじゃい!

 ずっとハルを撮影していたんだから、通信が一時的に故障しようと、ガイアギアが動いていれば生きてるなんて分かるだろが。

 こっちはな、なずなと二人、そちが浜辺に流れ着いて目を覚ますまで、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっとモニターとニラメッコしてたわ。

 もういい加減、目も疲れたわ。

 帰ってこれることだけ確認したわ。

 何でその上、いつ帰ってくるかも分からない馬鹿を待ち続けなきゃならんか!

 もう、信じられんわ!

 昨日で最後の戦いってわけでもないんじゃから、じっくり寝て体力を回復させるのがハルの仕事じゃろうが!

 今日、もいっかい赤道に飛べって言われる可能性は、これっぽっちも考えなかったんかい?

 あぁ、もう! 昼間は別人みたくわがままになったかと思ったら、夜にはヘタレに逆戻りか。

 とりあえず、寝ろ! 動くな! 口開くな。息止めてろ!」

「それじゃ、窒息しちゃうって」

 望んだ以上の罵倒を得られた。

 口を挟む隙もないマシンガン叱責に、帰ってきたばかりのふきのが苦笑いで最低限のツッコミを入れる。

 ぐうの音も封じられた春告はるつぐはアウアウと顎を震わせる他なく、昨日の反省もどこかに吹き飛んで、ただ一直線に自己嫌悪のダウンスパイラルに蹴り落とされる。

「どうせ動けないんじゃから、これでも見て反省してろ!」

 此花こはなが居間の公共パソコンをプロジェクターに繋いだ。

 白い壁に投影された画面に、此花が徹夜で編集したという、『宇宙うつ守人もりびと』の第二話(ニカニカ動画投稿前)が流れる。

『衝撃! 南海に散るヒーロー? 赤熱化は三倍の奇跡を生む?!』

 やたら長ったらしいサブタイトルが嫌味だった。

 春告が動けないので、シリアルの簡素な朝食をとりながら、此花、ふきの、草香そうか、春告の四人は、プロジェクターを取り巻くような格好で、壁に映った動画に注目する。

 此花のストーリーでは、シャインダークは敵の野望を阻止するために、赤道直下にやってきたことになっている。

 いきなり、違和感があった。

「これ、誰の声?」

 第一話では此花が担当していたナレーションが、聞いたこともないアニメ声に変わっている。

「薺」

「うぇ?」

 予想外に可愛い声だった。日常離れした高音が、南海の眩しい太陽の効果を引き出して、想像以上の明るさを演出する。心の琴線をくすぐるような声を聞いているだけで、意味もなく頬が紅潮するのを感じた。

(やばい。声だけで、惚れる)

 なまじ顔を知らないだけに、超絶な破壊力だった。この声には、男の中の意地すらとろけさせる力がある。今すぐにでも二階に駆け上がって涼代すずしろとプレートがかけられた扉を開け放ち、生の薺の声を耳に挿入したい衝動に駆られたが、しかしそれは、傷ついた上に徹夜で消耗している現状では叶わない荒行だ。

「へぇ、こいつが、敵のガイアギア」

 アーノルドを初めて見るふきのが、興味津々で身を乗り出す。

「オレのより、ださいな」

「ま、ふきのの、さらに前の試作機だしの」

「へ? これも、此花が作ったのか?」

 此花は、質問をスルー。

 動画では、アーノルドの声がオミットされていて、シャインダークとは字幕で会話を交わしている。

「ねぇ、此花……気になったんだけど」

 その会話内容に、春告は突っ込まざるを得なかった。

「これ、シャインダークの方が、悪役じゃない?」

「まぁ、そういう見方もあるな」

「というか、そうとしか見えないんだけど」

 実は、それは昨日も疑問に感じたことだった。

 アーノルドがやろうとしていた事は、人工雲を作ることで太陽光を反射させ、熱の流入を抑えることによる、地球温暖化の緩和である。

 確かに、そうした気候介入がどんな地球的異常を引き起こすかは計り知れないが、基本的にはエコな理想だ。

 動画でもその設定は健在で、編集の妙というか、シャインダークが雲製造船(仮)を海に叩きつけて破壊しようとしているところを、アーノルドが発見した、という流れになっている。

 実際の睨み合いはそんなに長い時間ではなかったはずだが、動画では会話をさせるためか、静止画のカットインを入れて尺を稼いでいた。

「これじゃ、どう見たって、地球温暖化の解消を阻止するヒーローになっちゃわない?」

 第一話で二酸化炭素を吸収しておいて、第二話では他人のエコ活動を妨害する、矛盾する行為。

「ま、その通りなんだから、仕方あるまいて」

「へ?」

 爆弾発言に、此花以外の三人が固まった。

「その通りって、阻止しないの? 温暖化」

「誰がそんなことを言ったの?」

「てっきり、ハルって、そういう目的で拉致られたのかと思ってたよ」

 ふきのも驚き、

「詐欺」

 草香がグサリと容赦なく言った。

「いや、じゃ、もう面倒だから聞いちゃうけど……あのガイアギアと此花の関係って何? 昨日は昔の共同研究者とか言ってたけど、あのガイアギアも、船も、此花が作ったってことはさ……」

 言い終わるまでもなかった。

「うん。わしが裏切って、組織を抜けた」

 開いた口が塞がらない。

「え? じゃぁ、何? もしかして、向こうが正義の味方だったりする?」

 ふきのまで取り乱し、

「悪の女幹部?」

 草香が自分とふきのを指さして、首を傾げた。

「何をもって正義とするかは、難しい質問じゃがのぅ」

 此花は、韜晦とうかいした。

 これ以上は、今は語るつもりがないと、背中で主張して。

 その間にも映像の中では、交渉の決裂した二人が激突し、

「あれ? 向こうのスーツ、砕けてた?」

 春告は初めて、傷つき、逃げていくアーノルドの姿を見た。

「てっきり、完敗だと思ってた」

 確かに、海に殴り落とされたのはシャインダークの方だ。しかし、アーノルドもウィルゲムを破損し、おまけに右腕に深手を負っていた。

 五分、とまでは言わない。しかしこの結果なら、七三くらいの勝敗と言えないかと、春告は砕かれた自信をほんの少し、回復した。

 第二話は、シャインダークが海底に沈んだまま、『待て、次回!』と、やたら勢いの良い太字の筆文字を、夕焼けをバックに締めくくられた。

 ヒーロー物で、いきなり二話で主人公が生死不明扱いである。

「ヒキとしては、上手いけど……」

「あれだな、ハルに足りないのは、格闘技のセンスだな」

 ドラマとしての感想を述べた春告に、ふきのは戦闘内容の駄目出しで応じた。

「というかさ、海に潜って霧まで発生させて、なんで真正面から突っ込んだの、この青少年」

「単細胞に謀略なんて無理」

 草香の言葉が胸に突き刺さる。

「背後とか、真下とか、相手の左側とか、色々攻め口はあっただろうにさ」

「でも、それこそ、悪の手先のやり口なんじゃ……」

「あのな、ハル。今たまたま生きてるのは、ガイアギアの性能のお・か・げ。根本的に、君は負けたの。完敗。惨敗。ライフゼロ。地上装備でうかつに宇宙に飛び出して、マシンガンでボロボロにされたどっかの人参嫌いの宇宙世紀軍人と一緒。猛省なさい」

 ふきののデコピンが決まった。

 泣きそうなほど痛かった。

「勝てば官軍。負ければ賊軍。これ、国際社会の常識」

 草香の言葉は、いちいち切れ味鋭く、心の柔らかい部分を切り刻んでくれる。

「というか、白人の流儀」

「じゃ、日本人としては、合格ですか?」

 せめて、慰めの一言くらい欲しいと、春告は声をあげる。

「死して屍拾う者なし」

 情け容赦なくバッサリと、一刀両断されて春告は沈黙した。

「さて、寝よ寝よ」

 春告をいじりたおして、朝帰りのふきのが背伸びをした時には、黙々とプロジェクターを片づけていた此花が、居間を後にしようとしていた。

 ふきのも、草香も、その背中に声をかけない。

「ま、ハルも今日くらい、ゆっくりしてなって。その分、夕食は頑張ってくれよな」

「必要、熟考」

 女性陣は、全員、二階へと消えた。

 ソファで寝返りを打つ春告の耳に、今更ながら、蝉の声が聞こえてくる。

「正義の味方、かぁ」

 此花の爆弾発言をどう受け止めるべきか。

 草香の残した言葉は、確かに、うかつに結論を出すべきでないと、春告の胸に染み込んでいく。

 あの公園での出会い以来、春告は日々、此花の命令に踊らされていた。

 それはガイアギアの発現しかり、庭の畑の手入れしかり、大気から回収して貯蔵している二酸化炭素の処理しかり、日々の台所事情の課題解決しかり、薺のメモの買い出ししかり、だ。

 此花はそのそれぞれに、いちいち理由を説明したりはしなかった。手順と注意事項だけを指示して、その結果だけを評価した。

 スペースデブリの処理作業や、大気中の二酸化炭素の吸収作業を通じて、『単純な空の掃除』を『地球環境の正常化』だと判断したのは、極論すれば春告の独断である。

(でも、二酸化炭素は利益出ているからともかくとして)

 スペースデブリ対策は、完全にボランティアだ。

 そもそも宇宙に国境がなく、各デブリの処分に廃棄者責任が明確にされていない現状、いわゆるリサイクル料金的な予算計上でもなければ、デブリの処理に公金からの報償は出ないだろう。

 無論此花が裏で、NASAやJAXAやESAのお偉いさんと個人的なパイプを持っていたりすれば別だが、そうであれば、人工衛星の整備や、国際宇宙ステーションの外壁掃除のような仕事が発注されても良さそうなものである。此花も大手を振って、大金をむしりとるだろう。

(でも、台所事情は、ほんと庶民感覚なんだよね)

 食材の買い出しは春告に一任されているとはいえ、その購買範囲は近所のスーパーに限られ、それも特売推奨の要主婦スキル。予算は少ないのに女性陣の要望だけは多様で、質と量のせめぎ合いや、誰のリクエストを最優先するか、毎日のデザートのバラエティを豊富にするためには等々、頭を痛めて食卓を彩ってきたこの数ヶ月。純粋に食卓に乗せるための野菜作りも、ほとんど独学で実践して家計の足しに。

(基本、貧乏とは言わないけど、質素だしな、生活)

 悪の組織だったら裕福というのも偏見だが。

(でも、ふきのさんの活動は、問答無用で正義じゃないのか? 最近じゃひったくり犯も撃退してるし……まぁ、手段が苛烈で犯人半殺しだから、傷害容疑で指名手配されてるって噂だけど)

 疑問が渦を巻く。

 考えてみれば今まで、疑問にすら思っていなかったことに驚愕する。

(あれ? じゃ、なんで昨日、アーノルドさんに反攻したんだ?)

 自身こそに大儀があると思えばこそ、此花の命令に従って船を強奪しようとしたわけであり。

(そもそも、大前提が、間違ってた?)

 思考は沸騰し、度重なる価値観の揺り戻しが気分すらも悪くして、

「あ〜! 駄目だ! わっかんねぇ!」

 容量オーバー、思考フリーズ。判断材料が多岐に渡って春告のメモリを圧迫。並列処理に意識が追いつかず、知恵熱が臨界点に達したところで、

「あかん。眠い」

 激戦の末の徹夜に、肉体が強制終了を告げたのだった。






 

 



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