第1話 宇宙へ輝けニューヒーロー! 勝利のポーズはV?!
この小説には、『変身ヒーロー』が含まれます。
この小説には、『現代魔法』も含まれます。
なにげに、『機動戦士ガイア・ギア』がほんのり香ります。
実は『ハーレムもの』かもしれません。
でも、基本は『熱血』です(予定)。
読むだけで『エコ』になる可能性すらあります。
消えてしまいたい――跡形もなく、誰にも迷惑をかけず、まるで空気にとけ込むように。
瞼を閉じても、肌を突き刺す陽の光は闇を与えてくれず、風の止んだ午後の公園で、司馬春告は両手を広げて顔を覆いながら、強く願った。
香るはずの薫風もない五月の陽気は、晩春ではなく盛夏を思わせるほどに、濃くて強い。カッターシャツ越しに背中を刺激する芝生の感触には慣れても、地面から立ち上る蒸し暑い草いきれが、寝心地のよかった午前のそれと違って、春告を責め立てる。
明日から、どうするのか?
平日の公園に一人、朝から寝ころんで春告は、生まれて初めてのサボタージュへの後悔を覚えながら、
「このまま、消えたい」
本音が、こぼれた。
「では、消してやろうかの?」
「!」
返事は期待していなかった。
むしろ、眼を閉じるまで、周囲に人の気配など感じられなかった。
声の方向は頭上。聞こえたのは、甲高い音色に無邪気と幼さを残しながらも、教養と自信に満ちた大人の風格ある響き。
「なん……」
思わず目を開ければ、視界に飛び込んできた白い柱が二本。それらが上方に真っ赤な傘をまとって、イチゴ柄の純白の三角形の元に合流していた。
(パンツッ!)
思考が沸騰する。
(い、今更こんなベタな展開っていうか、こういうのは幼なじみとかそういう存在が屋上に呼びに来たときに発生するものであって、そうじゃなきゃ廊下の角で見知らぬ他人にぶつかった時の最悪のファーストインパクトくらいが関の山っていうか、僕の人生、有り難みがなくなるほどのパンモロとは縁がないっていうか、ぶっちゃけこんな近距離で女の子のパンツを見たのは幼稚園以来っていうか……)
「気に入らなかったかの?」
思考は一秒。瞬き一回。
「!」
見るまい、と視線を逸らそうとした春告は、そこに有りうべからざる存在を認め、今度は一切の遠慮をかなぐり捨てて、頭上の存在を凝視した。
(なぜ、ブルマ!)
すでに春告世代では、言い伝えに残る古の体操着であるはずの紺色の三角地帯が、わずか瞬き一つの時間に、少女の下半身を神々しく輝かせ、
(あ、はみ出……じゃなくてっ!)
その驚きは、数時間起きあがる気力を失っていた春告の上半身を、バネ仕掛けのように勢いよく飛び跳ねさせ、
「君は、誰?」
起き上がって尚、頭上にある相手の顔は、逆行の中、想像以上に幼い小学校高学年の少女の面形で、
「本心から消えたいのなら、手伝うぞ?」
言い訳するなら、この時、春告はその人生において、最低のモチベーション状態にあった。
いわゆる、軽い鬱だった。
故に彼が、その少女の口元に浮かんだ笑みを、妖艶な魔女のそれではなく、天使の慈愛のそれと勘違いをしてしまったことを、一体誰が責められようか。
そして、春告がどう答えたのか……。
「肝心な所を、忘れているよなぁ」
また、あの日のことを思い出してしまった。
(いや、彼女のパンツを思い出したかったわけじゃなく)
けれど、あの出会いから数ヶ月。
まったく様変わりしてしまった生活を思うに、どうしても数日に一度は、あの日の魔女との契約にまで、原因を遡るという習慣から抜け出せない。
なぜなら、今現在、司馬春告がいる場所が場所だからである。
成層圏。
低軌道(高度約三五十キロメートル〜千キロメートル)。
限りなく宇宙に近い場所。
かつてユーリィ・ガガーリンが「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」と言い、ともかくもわずか半世紀の内に、膨大な量の地球資産が打ち上げられては使い捨てられ、今やスペースデブリと呼ばれる殺傷性の極めて高い質量兵器が跳梁跋扈する魔窟。
そんな場所に、彼は、ただポツンと、生身でいる。
生身と言っても、裸ではない。
大気というフィルターを通過していない太陽光は強すぎて、直に浴びればどんな障害が起きるか検討もつかず、それでなくても、そこは宇宙で真空で絶対零度である。
故に、司馬春告は、白く輝く宇宙服っぽいものを、身にまとっていた。
宇宙服。いや、それは服と言うには、あまりにも輝きすぎていた。
四肢は少年のように細く、全体のシルエットは肩をいからせVラインを描くように鋭く、等身大のその姿を鏡で初めて見た春告は、
「メタルヒーロー」
いわゆる、子供向けの特撮ヒーロー番組の主人公のようなスーツだと、思わざるを得なかった。
ただし、そのガイアギアと呼ばれるスーツが特撮ヒーロー達と違うのは、ウィルゲムと呼ばれる特殊な宝石の力を使って顕現している、魔術的な何かである、という一点だ。
魔術。
そう、あの日春告にブルマという絶滅種を目の当たりにさせた赤いスカートを穿いてた女の子は、魔術使い――魔女だったのだ。
夢野此花、外見年齢十一歳。
それは春告を誘拐した極悪犯の名前であり、春告にガイアギアを託して仕事を与えてくれる雇い主の名前であり、春告が現在の生活を送っているアパートの家主の名前だった。
春告が宇宙に浮かんでいるのは、道楽でも観光でも罰ゲームでも宇宙追放刑でもなく、おそらく世界中で彼だけしか出来ないであろう『仕事』を、魔術的な力を駆使して遂行するためなのだ。
その仕事とは、スペースデブリ、および大気圏突入の危険性のある地球近傍天体の排除。
スペースデブリとは、言うなれば宇宙空間に捨てられた、ゴミ。ロケット打ち上げに際して廃棄された燃料タンクや、耐用年数が過ぎてお役ごめんになった人工衛星、および破壊もしくは破損によってぶちまけられた破片などなど。
それらは、宇宙空間という極めて大気の薄い場所を、秒速数キロ以上という尋常でない速度で飛び回っており……この世界が物理法則に支配されている限り、物質の持つエネルギーは、その速度の二乗に比例して……ゆえにどんな小さな物体であっても、超高速で動くものはすべて、宇宙船を簡単にスクラップに化す攻撃力を持っている。
重ねて言うが、人類が宇宙に進出して半世紀あまり。
その間に生産されたスペースデブリは、数千トンとも言われている。
広大な宇宙空間だからと言っても、実は軌道投入に最適な部分は限られていて、静止軌道などはすでに飽和状態に近い。
当然のことながらスペースデブリも、過去の打ち上げなどの軌道付近を超高速で飛び回っている可能性が高く……人類は、自分で自分の首を絞めるがごとく、大気の向こうに目に見えない小さな弾丸を無数にばらまいたも同然であり、現に国際宇宙ステーションも、甚大な被害こそ受けていないものの、ミリ単位の微笑デブリの衝突は、もはや日常茶飯事と考えられている。
もちろん、中には重力に引かれて、大気との摩擦熱で燃え尽きるものも多数ある。
そしてある程度視認できる大きなデブリは、夜間を通して全世界で監視され、その軌道なども解析されてカタログ化されている。
だが問題は、重力にも引かれず、視認も出来ない小さな破片が壊滅的な被害を叩き出す可能性があることであり……現時点においてどの宇宙機構も、スペースデブリへの根本的な対策、つまり宇宙の掃除を実施していない。
宇宙開発関係者にとってみれば、スペースデブリの回収のような仕事は、百害あって一理なし……ぶっちゃけてしまえば、経済的に大赤字。
以上のことを耳にタコができるまで夢野此花に教え込まれた春告は、疑問も質問も許されずに問答無用で大気圏外に送り出され、魔術を駆使して宇宙を掃除するというボランティアに従事している。
作業自体は、驚くほど単調だ。
地上にいるナビゲーターから送られてくる情報を元に、魔術的な力で対象を補足。あとはそれを破壊するか、大気圏に突入させるかを判断して、『念じ』る。
そうすれば、ガイアギアを構成している十粒のウィルゲムが、春告の『願い』を増幅変換して、力として顕現。『願い』に準じた結果をもたらすという魔術。
今日という日の三時間だけでも、数十個の微少デブリを処理した春告は、すでにベテランの域に達している。
(と言っても、同業者いないけど)
正直、疑問はいっぱいだ。
どうして春告なのか。
いったい此花は何者なのか。
どうして魔術を利用して、宇宙の掃除なんてしなければならないのか。
そもそも、魔術ってアリなのか。
だが現実として、魔術を駆使して宇宙を飛び回り、デブリの掃除にそれなりのやり甲斐を感じ始めているのも事実で。
(馴染みすぎだろ)
理由はある。
極めて単純な理由が。
ここには、他人がいないからだ。
誰の目も、気にする必要がない。
地上のナビゲーターからの指示があるとは言え、彼女は無言の指示を送るだけで、春告の行動には一切関知しようとしない。
故に一応のノルマはあっても、彼の行動自体は驚くほど自由であり、ほぼ半日を誰とも会話しないという生活ながらも、それを好ましいと思ってしまう嗜好が、春告にはあった。
人間には個性があると言いながら、ある特定のイメージの人間を是とする社会通念は、そのイメージから外れた人間を、異物もしくは劣等種という見方をする風習が、日本という社会には根強くある。
だとして、持って生まれた性格を、ねじ曲げてでも社会に迎合できる者もいれば、不器用であるが故に、社会の期待に対応できないものも、多数存在する。
司馬春告は、他人とのコミュニケーションを極めて忌避するという性格において現代社会に合っておらず……そんな彼の思考を理解する者も、周囲には皆無だった。
そうしたよくある不幸が、結果的にあの日の追い込まれた春告を生む原因となり……なんの因果か彼は、最も好ましい環境に、失踪という最悪な手段でたどり着いた。
そう、彼はいまだ、失踪扱い。
夢野此花によって、携帯電話は初日に物理的に破壊され、それ以外の一切の過去への接触も、厳しく禁止されたからだ。
「消えるって言うことは、そういうことじゃろう?」
詐欺だと思った。
それほどの覚悟を求めるならば、なぜ一番最初にきつく警告してくれなかったのか。
「言ったら、迷ったであろ?」
それは当たり前だ。
「迷ったら人間、今まで通りの生活を選ぶものじゃ……ハルはあのまま、地獄の底に沈んでデッドエンド。
どうせ死ぬ命なら、拾って有効活用されたほうが、マシであろ?」
夢野此花に口喧嘩を挑むのは、無謀というより無理だった。
彼女は魔女だ。
物理法則ですら『願い』でねじ曲げる魔術を駆使する、現代の魔女。
「あ、勘違いされる前に言っておくがの、わしの魔術は、科学と魔法の融合なんていう紛い物じゃないからの。
科学は科学。
魔術は魔術。
コインの表と裏には、それぞれ表としてのプライドと、裏としてのプライドがあるからな、勝手に一緒くたにするのは無礼というものじゃ」
春告が何か疑問を挟もうものなら、まったく関係ない方向から一方的に責められる。
結果的に、彼は彼女に屈した。
過去を振り返らず、日々を疑問に思わず、ただ淡々と求められた仕事を、黙々とこなし続けて。
(ま、少なくとも、この景色を堪能できるわけだし)
宇宙から見下ろす地球の美しさに、春告は飽きるということがなかった。
極地域を覆うオーロラや、赤道付近で大成長する積乱雲……夜の部分で地上を輝かせる都市の光、人の手に触れずにただ延々と広がる大草原……。
対して地球を背にすれば、宝石を散りばめたような、という形容にあてはまる星の海が果てしなく広がっている。
命綱もなく、その広大というには陳腐すぎる無限の空間を、春告は縦横無尽に動き回られるという特権を駆使して、思う存分羽をのばしている。
(結局、此花に逆らってまで家に連絡しないのは……今の暮らしをそれなりに、気に入ってるからなんだろうな)
母は、心配しているのだろうか?
自信がない。
少なくとも、通っていた高校の裏サイトを見た限りでは、春告の失踪は同情を誘うものではなく、笑い飛ばされて翌日には興味を失われる程度の扱いでしかなく……春告は以降、そのサイトを巡回先から削除した。
(駄目だ。考えるな)
この思考は、下向きの螺旋。
考えれば考えるほど、自己嫌悪のスパイラルが始まることは、過去に何百回と繰り返してきた愚考だから、その始まりの段階で断ち切る術を、今の春告は知っていた。
(自分を追いつめてまで、乗り越えなきゃいけない課題なんて、ないんだ)
そう此花は、春告に諭した。
「勝ち目のない戦を挑んだって仕方がないじゃろう。
ハルがどれだけ頑張ろうと、誰も誉めてなどくれんし、正当な評価を下してもくれない。
結果を出そうと、歯を食いしばろうと、それを評価してくれん場所では、ゼロと一緒じゃ。
いつまでもそんな場所にしがみついて消耗する前に、ちゃんと自分を必要として、評価してくれる場所に移動した方が、結果的にみんな幸せになれるもんじゃ」
それが、彼女が、春告を前の生活から失踪させた根本の理由だった。
「社会全体を変えたって、あそこでのハルに、幸せなんてなかったからの」
そうだろうな、と、理屈ではなく感情で理解してしまったから、春告は今日も真面目に、宇宙の掃除に励んでいる。
『作戦開始三十分前』
と、網膜投影式モニターの片隅に、ナビゲーターの涼代薺からの指示が映し出される。
(了解)
彼女からの指示はいつも一方通行で、春告には受諾の意志を返す権利もない。
それでも仕事に支障をきたさないのは、彼女の指示が的確で無駄がないことも去ることながら、お互いが言葉を交わすことなく、姿を見ることすらなしで、信頼しあっているからだろうと、春告は勝手に妄想していた。
(というか、本当に薺っていう人間がいるのかどうかすら、怪しいんだけど)
薺のことを此花から紹介されたのは、失踪二日目のこと。
『涼代』というプレートがかけられた扉の前で、一方的に名乗らされ、
「彼女、恥ずかしがり屋だからさ。この部屋から出られないんだよね」
「せめて、声くらい、聞けないの?」
「何か用事があったら、ドアの下からメモを滑らせるように」
「いや、せめてメールとか」
「以上。これから仲良くするように」
一方的だった。とは言え、夢野此花のする事が、一方的でなかった試しがないのだけれど。
そしてそれから数ヶ月、今に至るも春告は、涼代薺という同年代の少女を、その目で確認したことがない。
共有のトイレや風呂でバッティングするという嬉し恥ずかしトラブルどころか、声すら聞いたことがなく、唯一その部屋に何かがいるらしいという証拠が、三食の食事が消費されていることと、食器トレーの上にたまに『購入希望』と書かれたメモ用紙が置いてあることくらいで。
故に春告が薺個人について知っていることと言えば、イチゴ味の菓子が好きなくせに生の苺が嫌いと言うことと、時々薬局に買いにいかされる生理用品の商品名と、世の中にBLなる知らなくても生きていけた世界があって、その世界で消費される印刷物群が、高校生の財布にとっては少しばかり高価であり、どうやら表紙の絵柄や題名から察するに、それが同性愛を描いた成人指定の内容であり、薺がどのような絵柄の好みを持っているかということを、十数冊に及ぶ証拠物件から推測してしまったこと、くらいで。
果たして、彼女がどんな髪型で、どんな目をしていて、鼻の形も唇の色も知らず、背丈もスリーサイズも論外で、
(本当は此花の作った、魔術的な人工知能ってオチじゃないだろうな)
と、実は今でも疑っているものの、それでも開かれたところを知らない扉の向こうに、何がしかの存在を感じ取ってしまっているのも、事実なわけであり。
(ま、準備しよう)
作戦、という硬質な単語の響きに反して、春告がこれから行うことは、いつもの延長線上に過ぎない。
(目標が、ターゲットマーカーに入ったら、トリガー)
ただ今回の目標が、ちょっとばかりいつもより大きくて派手なことに、作戦という名前の意義がある。
此花曰く、ツングースカ爆発を引き起こしたのと同サイズの小惑星。
直径にして三十メートルほどの大きさの天体が、秒速八キロという猛スピードで、三十分後に地球へ最接近するという。
その距離、地表から約五万キロ。
当然、ツングースカ爆発のように、大気圏に突入して森一つを吹き飛ばすような危険性は、警告されていない。
だったら、放って置いてもいいんじゃないのか、という質問は、当然のように即座に却下された。
「絵的に面白いからな」
実行するのは春告である。
結局春告の抗議は取り上げられず、五十年後のニアミスの危機を回避するために、今日この場所で、少なくとも今後千年は接近しない程度に、相手の軌道をずらすことになったわけで。
「破壊しないの?」
「破壊なんてしたら、デブリを増やす危険があるじゃろ」
……問答無用の軌道変更だってどんな影響が出るのか分かったものでなかったが、此花の言動を学習済みの春告は、それ以上の反論を諦めて、そして今、ここいる。
まだ一万キロ以上彼方にある目標は、黙視できない。試しに光学ズームで目標を補足しても、数多の星粒の一つとしか、認識できなかった。
この宇宙にありふれた、塵に等しい小天体。
もし大気圏に突入すれば、途中で燃え尽きることなく、上手くいって海洋へ、次に運が良ければ無人の広野で空中爆発……最悪の事態で、都市部にてクレーター爆誕。
現在確認されているだけでも、四千個強の地球近傍小天体の一つ。
まだ発見から二日しか経っておらず、地上のどの宇宙機構も対応できずに傍観するしかない存在。
名前すらないその天体が、今回地球へ衝突しなかったのは、気まぐれ以外の何者でもない。
そんな危機が、この宇宙にはありふれている。
ただの一個で、全生命を脅かせられる……数千年に一度の確率で訪れる、この宇宙では極めてありふれた小天体。
(試しに、核ミサイル基地とかに落としてみたら、面白いんじゃね?)
たった一人の気まぐれに、全地球的な破壊力すら与えてくれる、ありふれた小天体。
そう、この地球を脅かすに、巨大なものなんて必要ない。
たった百メートル。
この太陽系に飛び交っている、数え切れないほどの小天体のたった一つ。
そんな程度の物で、春告の足下に輝いている世界は、脅かされる。
そんな脆弱な世界を……破壊してしまっても構わないと思っている自分が、内深くに確かに、居る。
「あ〜、ハル?」
珍しい。此花から、『量子力学的な通信』が届く。通常の無線装置を搭載していないガイアギアは、魔術的な通信装置を有していない相手とは、交信できないようになっている。
「力を発揮するときにな、格好良いポーズで頼むわ。レフトハンド隠し銃的な」
「えらく具体的な要求で」
「ボルテ○カ的でも良いんだが、そのスーツ、展開しないからの」
「古典的に、スペシウ○光線とか駄目ですか」
「その格好でシルバーレッドな宇宙人の必殺技は似合わんな」
ま、実際、何かの光線っぽいものが発射されるわけじゃない。
力の調整など、複雑な操作は全てウィルゲムと呼ばれる宝石群が自動で行ってくれる。春告が小天体に発する力も、『名状しがたい斥力的なもの』であって、なんらかの破壊を目的としたものじゃない。
「ま、ハルの好みにまかせた」
「シュビビ○ムとか叫ぶよ?」
「……ハル、年齢詐称してるだろ」
「それが分かる此花に言われたくない」
しかし、決めポーズの要請とは。夢野此花の思考の突飛さは今に始まったことではないけれど、相変わらず目的が不明だ。
(ま、やるけどね)
幼少時には、誰もが真似した、テレビの向こうの正義の味方。その必殺技ポーズは、三つ子の魂なんとやら、春告の筋肉の中にまだ、メモリーされて再現可能だ。
かくして、きっちり時間通りに、春告は仕事を遂行した。
此花にきつく、「格好良いポーズで」と念を押されたにも関わらず、あえて恥ずかしいネタポーズで。
彼のガイアギアが、Vの字を彷彿とさせるシルエットをしていたが故に。
……わずか二日後に、春告は自分の軽率な行いを、激しく後悔することになる。
よりによって、六七億人が閲覧可能な、インターネットの画面を前にして。
司馬春告の朝は早い、というより、日の出と同時。
既に盛夏。もしくは猛夏。畑仕事は涼しい内に行わないと、地獄の出汗責めに遭う。
かくして、アパートの隣にある畑で夏野菜の手入れをし、春告が入居するまで、「魔女だから」といった理由でピザばかり食していた女人たちに成り代わって、旬の野菜を洗って切ってサラダにした栄養バランスの取れた料理をこしらえて。
そのまま宇宙へ『出勤』することもあれば、たまには大気圏に留まって、魔術的な方法で二酸化炭素だけを大気中から濾しとるボランティアに奉仕したり。
ちなみにそうして集めた二酸化炭素は、特殊な装置でエタノールに変換したり、ドライアイスとして売りに出したり、ビニールハウスで植物の成長促進実験に使ったりと、存外色々活用されて、時には供給を需要が上回る日すらあり、意外にも週の半分は、二酸化炭素の回収作業を余儀なくされる。
その上、ほとんど毎日宇宙の掃除もしていれば、仕事の終わりは自然と夕方になってしまい、夕食の支度も春告の仕事となれば……下手な専業主婦よりも忙しい生活だ。
おかげで余分なことを考えなくて済むという効果もあるけれど、たまにはノンビリごろごろしたい程、分刻みのスケジュールは、特に真夏には厳しすぎて。
それでも、学校での飼い殺しのような生活よりはマシだと、日々充実という名の幸福を噛みしめていた春告は、夕食後、不意に此花に手招きされた。
嫌な予感しかしない。
「我ながら、会心の作でなぁ」
見た目、かわいらしい十一歳。実年齢不詳の魔女の『会心』が、春告にとっての『痛恨』であった例は十指に余る。
「また、何の悪巧みで?」
既に見る前から警戒態勢に入っている春告が、此花の指さす先に見た物は、居間に設置されている公共パソコンのモニターで、その画面には彼もよく利用している、無料の動画投稿サイト、『ニカニカ動画』が表示されていた。
「……宇宙の、さきもり?」
「うつのもりびと! ワザワザ守人をさきもりって読むな、このマニア!」
「宇宙を、うつって読ませるそっちの方がネタ古いだろ!」
軽い応酬はともかくとして、そこには誰かが投稿したであろう、『宇宙の守人』と題した投稿動画が、すでに読み込まれて再生スタンバイしていた。
春告の眼球が素早く動き、投稿者のコメントとおぼしき文字列を読みとる。
「アマチュア特撮番組? 地球の平和は宇宙から……成層圏の平和を守る新ヒーロー、シャインダークの活躍を、剋目すべしって、まさかっ!」
「そ、うぷ主わし」
「何考えてんだよ!」
「まぁまぁ。評価は見てのお楽しみ」
春告の抗議も聞き流し、此花は神速でマウスを左クリック。
画面が切り替わってフルサイズで展開された動画は、宇宙の映像を背景に、主人公たるシャインダークの紹介から始まった。
「これ、スターウ○ーズじゃん?」
音源がもろパクリだった。
というか、下画面いっぱいに現れては、画面上中央部へ三角形に吸い込まれていくスクロール方法まで、まるっきり同じだった。
「まぁ、今時分、フリーソフトでこのくらいのスクロール作れるし」
……いくら無料公開のアマチュア作品とは言え、著作権法上問題じゃあるまいか。
「あ、突っ込まれてる」
春告の心配は、他人も同じらしい。『ニカニカ動画』の特色として、動画の進行にリアルタイムにコメントを付けられるシステムがあり、春告同様のツッコミが、早くも笑い顔と同時に複数寄せられていた。
「でも、クオリティ高いじゃろ?」
今時、パソコンで動画を編集するくらいは誰にでも片手間で出来る時代だが、それ故にコンピューターのスペックに左右されない『人間のセンス』が、映像作品の出来不出来に多大な影響を与える。
そういう意味では此花が投稿したこの作品は、画質も綺麗で、音も悪くなく……自然な編集で切り替わった画面に、自身のガイアギアが上半身アップ、ちょい下から撮したアングルで現れた瞬間、春告は開いた口が塞がらなかった。
(いつの間に!)
背景の地球の鮮明さから、その画像が宇宙で撮られたものであろうことは、合成痕があるかないかに関わらず、毎日のように見ている春告ならでは、一発で見抜いた。
デザインフォントで堂々と描かれた『宇宙の守人』の文字がファンファーレと共に起きあがって来たかと思うと、どこかで聞いたことのあるオープニングテーマが、最近では聞き馴染んでしまって「これはこれでアリかな」と思えるようになってしまった、『サイヴォーカル』なる歌声シンセサイザーの鈴音ミキの流暢な発声を乗せて、
「まずいっしょ! ていうか、『銀河列車987で行こう』の、鉄王がカッコいいバージョンの主題歌じゃん!」
「いやぁ、さすがに一から主題歌作ってる余裕無くてさぁ。ま、仮主題歌ってことで」
春告のツッコミを待つまでもなく、すでに画面は他の視聴者からのツッコミコメントで埋まっている。
『なんという神調教 主人公鉄王 もう三次元歌手いらね 金髪腹黒ヒロイン希望』
「出オチすぎる……」
「いっそ、メーテ○的な何かを用意しとく?」
此花なら放っておけば、宇宙空間で噴煙を上げる石炭機関車くらいノリノリで用意するだろうが、
「んなことより!」
問題なのは、宇宙空間をバックに、微少デブリを次々に叩き落とす、『シャインダーク』と命名された春告の動画が全世界に向けて配信されていることで。
「何やってんの!」
「弾幕薄い?」
「じゃなくて!」
春告が指さすモニター上では、早くも主人公であろう『シャインダーク』に対して、そのスーツの精巧さと、特撮とは思えない背景画像に対して、『なんというプロ合成 スーツ気合い入りすぎ 地球すげぇ 無重力ってCG?』などなど、掴みなネタのオープニングテーマでの笑いから一転、あまりに精巧すぎる画像へのコメントが寄せられていて。
「バレたらどうすんの!」
「このくらいで身元まで判明せんて。IDだって偽名で登録してるしの。せっかく『正義の味方』しとるんじゃから、みんなに知ってもらいたいじゃろ?」
その間にもオープニングが終了し、テロップと、どこかで聞いたことのある声のナレーションを背景に、シャインダークの動画は続く。
ストーリー的な流れは無く、無法地帯と化したスペースデブリあふれる宇宙と、高尚なスローガンだけが声高に叫ばれながら、実質急速に悪化している地球温暖化を憂いて、単身上空の浄化に勤める様子が、聞いているだけで血がたぎってくるような、熱血系なアニメーションのサウンドトラックに乗せて流れていく。
それは、編集の妙というほかない。
シャインダークの動きはBGMと見事な連携をしていて、ある意味プロモーションビデオの完成度を誇っていたし、ナレーションを担当する此花の声も、素人ながら抑揚ある喋りで、こちらも無意味なくらいに熱く台詞を吠え上げる。
そして短いながらも濃い内容は、最終的に地球へ衝突する小天体を迎え撃つという流れになり、
「ま・さ・か!」
どこかのゲーム画面から挿入されたとおぼしき、テラ連盟艦隊なる宇宙戦艦が、何故か無数の小惑星の襲来で撃墜されていくなかで、
「今こそ、解き放て!
全ガイアエナジーを結集した、シャインダーク最大の必殺技!
シャイニング・ビクトリー・ブレイカァァァァァァァァァァァァァァ!」
暑苦しい台詞に乗せて、両腕を斜めに広げて『Vの字』を描いたシャインダークの股間の紳士部分から、野太いレーザービームが放たれる瞬間を、春告は見た。
(その発想は無かったわ!)
今こそ、あの時の此花の指示が納得いく。
栄えある第一話のクライマックス部分を、格好良い絵面で占めたかった演出者の意図を。
だが春告は、当然こんな結末を予想しておらず、自分の外観から想起したある漫画キャラクターを笑いネタとしてチョイスして……
「いやぁ、ここでオチを持ってくるとは。ある意味ギャグとしても売れるかものぅ!」
そして流れるエンディングテーマは、春告が選択したキャラクターの持ち歌たる『ヴェリーメロン大賛歌』であり……視聴者のコメントは皆、賛否両論、最後の最後の大オチに、全面笑いの嵐で第一話は幕を閉じたのだった。
「で、どうよ。会心の作だったじゃろ?」
痛恨の一撃だった。
今すぐ死にたくなった。
よりによって映像デビューが、あんなネタ動画になってしまうなんて。
「鬱だ……死のう」
「まて、こら!」
振り返って部屋に籠もろうとした春告の膝裏に、此花のつま先が突き刺さる。カクンと姿勢を崩した春告に飛びついた此花は、全体重を彼の首に回した両手に込めて、春告を見事に床に沈めた。
「せめて、食器の片づけをしろ」
「その程度なんだ、僕の命!」
「あと、まだデザート食べてない」
「かき氷くらい自分で作れるっしょ! てか、暑いよ!」
両手両足でしがみついていた此花を引き剥がして、
「なんで、やる前に説明してくんなかったのさ」
泣きそうな声で、春告が問う。
「だって、相談したら反対したじゃろ?」
当たり前だ。
「世の中、反対ばっかじゃ、上昇せんぞ?
とりあえずやってみる、チャレンジ精神を持たねばの」
「それ、悪徳宗教の常套句だから」
騙されたと思って飲んでみ、と勧められて飲んだのが薬物だったりしたら手遅れだ。
「というか、何が目的なの?」
「ん〜、エンターテインメントの提供? もしくは同人映像から、一躍メディアミックスの雄として成り上がるとか」
「ま・じ・め・に」
タンクトップに短パン姿な此花は、床の上に胡座をかいて言い訳を練り始める。
年齢設定が微妙なために、色んなところが膨らみかけで目のやり場に困る春告は、改めて先ほどの動画を始めから再生して……意外に、視聴者の反応が良いことに驚いていた。
「続編希望が多い」
「じゃろ?」
心の隙間に、此花が喜んで跳びついてくる。
「んでの、今度はもっと、カメラ映えするポーズでよろしく」
「調子に乗るな!」
顔を突き出して春告の肩に顎を乗せてきた此花の、額に手刀を一発。
せめてそのくらいの反撃で、
「苺氷、作ってくる」
「薺、苺嫌いだろ?」
「だから、どう返してくるのか、興味がある」
「ハル、根、暗ぁ」
「うるさいよ」
食器を片づけ、人数分のデザートを作り、いつものように『涼代』のプレートが掛かった二階の部屋にデザートを運んで、春告は薺の部屋の前に置かれた夕食のプレートに、いつものようにメモ用紙が置かれているのを目撃した。
『あのポーズは無い』
辛辣なまでの批評だった。
(というか、ネット環境あるなら、せめてメールくらい使ってくれよ)
なぜ、今のご時世に筆談なのか。
「薺、デザート置いておくから」
なぜ、此花と一緒にいるのか。
なぜ、部屋から出てこられないのか。
もしかして、薺もまた春告と同じように、社会から弾かれてしまった経験があるのか……。
お互いに知っていることは、あまりにも少ない。
それでも春告は、数少ない彼女の情報の一つである『苺嫌い』をネタに、はたして苺をカキ氷に混ぜ込んで練乳を垂らした苺氷をどう返してくるか、コミュニケーションを試みてみた。
(普通に食べて返してきたりしてなぁ)
その様子を見ることも叶わないけれど。
春告は綺麗に食べ終わっている夕食のプレートを受け取って、むさ苦しい熱気のこもる夏の夜の廊下を、それでもどこか晴れた心で、ゆっくりと進んでいった。階段を下りる途中、扉の開く音が聞こえ、デザートが持ち上げられるのを、微かに背中に感じながら。