オルゴールと天の川の魔法使い
「文弥。手、離しちゃダメだからね。あと、念のためにコレ持ってて」
ベガちゃんは、強めにぼくの手を握る。どうやら前回の件で、かなり心配させたみたいだ。反対の手でふところをさぐり、丸いものを渡してきた。
「これは?」
「羅針盤だよ。文弥にあげる。キミたち人間は、慣れない道を歩くと迷うから」
羅針盤を受け取ると、道が違って見えた。さっきまでは小さな星がかすかにまたたくだけだったが、今はいくつかの星がひときわ輝いている。まるで道しるべのように、行くべき先を示す。
青く輝く星をたどっていくと、道の先にこじんまりとした建物があった。暖かな明かりが灯り、外観もなんだかかわいらしい。
ドライフラワーが飾られたドアを、ベガちゃんが開ける。チリリン、と軽やかなベルの音がした。
「こんにちはー! リドさーん、いるー?」
「おや、ベガちゃん。今日はどのようなご用件でしょうか」
出迎えてくれたのは、二十代前半に見える男性だった。穏やかな雰囲気で中性的な、色素の薄い人だ。
室内は、雑貨店のようだった。女性向けがメインらしく、かわいらしいものが目につく。そのどれもに、キラリと輝く星や石があしらわれている。ベガちゃんの取引先なのだろう。
「んーとね……、オルゴールになる石と、装飾用にもいくつか欲しいかな。ハデスさまからの依頼なんだ」
「それはそれは。ちょうど良いお石はありましたかね」
「ベガ、ハデスさまから依頼受けるなんてやるじゃん」
リドさんと呼ばれた人が向かった通路から、少年が現れた。十歳程度の外見のせいか、こちらも中性的だ。
「では、ベガちゃんのお仕事にご協力してくださいますね、クォーツくん」
「んー。まあ、ボクもベガとは取引あるもんね。いいよ」
ベガちゃんと二人の仕事の話が一段落すると、少年の方が興味津々といった様子でぼくを見た。不思議な色合いの瞳が、好奇心に煌めいている。
「はじめまして、宵淵 文弥です。ベガちゃんの手伝いをしてます」
「文弥はね、わたしの自慢のパートナーだよ」
隣でベガちゃんが胸を張る。そう言ってくれたのが誇らしい。
「文弥、コッチはリドさんとクォーツ。二人とも、わたしの取引先なんだ」
「どうも、ペリドットと申します。ベガちゃんには星を集めてもらったり、今回のように小物の依頼の外注を受けております」
「ボクはクォーツ、魔法使いだよ。ベガの集める星は、ボクの魔法の素材にもなるんだ」
この夜空の世界は不思議な場所だが、魔法使いなんて存在もいるなんて。だけどぼくは、この世界を夢だとは思わない。
ベガちゃんの特別な仕事や、オルフェウスさんの魔法のような演奏を知っているから。
「それでね、リドさん。ハデスさまから奥様への贈り物なら、装飾用にはどんな石がいいかな」
「でしたら、ペリドットでしょうか。ベガちゃんのお得意な細工物にあしらうと、映えると思いますよ」
リドさんは穏やかにほほえむ。たずねると、ペリドットは石言葉に『夫婦間の幸福』というものがあるらしい。ここの雑貨を作っているだけあって、石や加工に詳しい。
「じゃあソレにするよ。あとはリドさんのオススメで」
「お任せくださいな。では、クォーツくん」
「ペリドットと、あとは何?」
「そうですね、華やかなものが良いでしょうから……。色とりどりの、ジルコンなんていかがでしょう」
「りょーかい」
クォーツくんが、腰にアクセサリーのようにぶら下げた瓶のふたをいくつか開ける。中に入っていたのは、ぼくも見慣れた星のかけらだ。
空中にこぼしたはずなのに、星は落ちずにそのまま彼のまわりをただよう。カラフルな星がいくつも煌めいていて、彼のまわりはまるで銀河だ。
「これで準備はできた。さあ、始めるよ」
星たちの中心で、クォーツくんは神秘的な笑みを浮かべる。その表情は、とても子供には見えない。見た目通りの歳ではないのかもしれない。
「……すごく、綺麗だ」
「キミも、星が好きなんだね」
ぼくに向けられたクォーツくんの目は、星を映してカラフルだ。そんな彼が片手を上げると、そこを中心にくるくると星が回る。
そうして回転がおさまると、星はいつの間にか透き通る石に姿を変えていた。ふわふわとただよう石は、差し出されたクォーツくんの両手に集まる。
「すごいでしょ? ボクの魔法」
「うん」
ぼくがうなずいたことに満足げなクォーツくんは、すっかり年相応に見えた。
「リド、これでいい?」
「ええ」
「でもさ、なんでジルコンなの? ボクは水晶の方が好きだな」
「ジルコンは、ダイヤモンドに近い屈折率を持っているのです。暗い冥府でも、輝ける子ですよ。加えて、たくさんの色の子たちがいて、華やかなのです」
確かに、クォーツくんの手の中にある石は色とりどりで、わずかな光でも華やかに煌めいている。
「オルゴールには、こちらのアメシストを使いましょう」
「紫水晶! やっぱり水晶はかわいいなぁ」
ジルコンと違って、アメシストは原石のままだ。柱状のそれがオルゴールの小箱の中に入っていたら、きっと神秘的な宝物に見える。
「リドさん、アメシストにはどんな意味があるの?」
「アメシストは、豊かな心を育んでくれるといいます。感受性豊かなこの子なら、オルフェウスくんの演奏を美しいまま閉じ込めてくれるでしょう。……では、仕上げを」
リドさんもまた、戸棚から小瓶を取り出す。あのこまかい星の砂は、流れ星だ。
それを振りかけて、リドさんは何かを小さく呟いた。応えるようにアメシストは一瞬輝いて、ふっと元に戻る。彼もまた魔法使いなのだと、ぼくは知る。
「はい。これでこの子は、一つの曲を秘めて、響かせるオルゴールです」
リドさんは、初夏の日差しを透かす若葉色の瞳でほほえむ。穏やかな笑みを絶やさない彼は、ペリドットの目をしている。
「アリガト、リドさん。クォーツも」
その後、織姫さまのためのアメシストをもう一つ用意してもらい、ぼくらはリドさんの雑貨店を去った。
「カンラン石って、隕石にも含まれてることがあるって授業で習ったよ」
カンラン石の宝石名は、ペリドットだ。
「文弥はさすがだね。たぶんリドさんがこの世界にいるのは、ソレが理由だよ。あとはこの世界が、キミたち人間が見る夢と繋がってるから、かな」
そう言うベガちゃんが別人に思えて、ぼくは彼女の手を掴む。
「でも、ベガちゃんたちは夢なんかじゃないでしょ。ぼくは、ここで過ごした時間がすごく大切で、ベガちゃんとオルフェウスさんのことだって……」
「わかってるよ、文弥。でも、そう思っててくれてうれしいな」
帰り道は、赤く光る星が道しるべだ。けれど今は、迷っても構わないから、ベガちゃんと目を合わせていたかった。
「ココに来た人間のほとんどは、夢だからっていつか忘れちゃうらしいけど……。文弥は、そんなことなかったもんね。何度でも、わたしの仕事を手伝ってくれた」
「これからも、そうだよ。いつでも声かけてよ。ぼくは、ベガちゃんの力になりたい」
「アリガト、文弥」
ぼくは意気地なしだ。本当は、もっと違うことを伝えたかったのに。ベガちゃんの力になりたいのも、本心ではある。あと一歩踏み込めないのが、ぼくの悪いところだ。
「ココまででいいよ。オルフェウスさん、たぶんすぐには都合つかないだろうから」
「……うん」
「完成品を引き渡す時には、また呼ぶね」
ゆらり、星空が揺らぐ。時間が来たら、ぼくは元の世界に帰らなきゃいけない。
「文弥。キミの言葉は、キミが思うよりも相手に届いてるんだよ。だからもっと、自信を持ってほしいな」
ほとんど消えた景色の中、ベガちゃんの声だけが最後に聞こえた。ぼくが何かを言う前に、来た時とはまた違う浮遊感に包まれる。
気づくとぼくが立っていたのは、夕暮れの駅前。もうすぐ、ここにも夜が来る。こちらとあちらでは、時間の流れが違うようなのだ。
握りしめたままだった羅針盤に視線を落とす。
「怒らせちゃったみたいだ……」
ベガちゃんの表情はよく見えなかったが、声は確かに怒っていた。とがめるというより、たしなめるようだった。
ぼくだって、理屈としてはわかる。頼りにしている相手が自信がなさそうな様子だったら、強く否定したくなる。逆の立場なら、きっとぼくもそうしただろう。
「でも、ぼくにできることって何……?」
ぼくは、ベガちゃんのように特別な役目は持っていない。オルフェウスさんの神がかった才能による技術も、七星先輩の知識と洞察力も、縁遠いものだ。
羅針盤を見たって、そこに答えはない。わかっていても、道しるべを期待せずにはいられなかった。