表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

オルゴールと天の川の魔法使い

「文弥。手、離しちゃダメだからね。あと、念のためにコレ持ってて」


 ベガちゃんは、強めにぼくの手を握る。どうやら前回の件で、かなり心配させたみたいだ。反対の手でふところをさぐり、丸いものを渡してきた。


「これは?」

「羅針盤だよ。文弥にあげる。キミたち人間は、慣れない道を歩くと迷うから」


 羅針盤を受け取ると、道が違って見えた。さっきまでは小さな星がかすかにまたたくだけだったが、今はいくつかの星がひときわ輝いている。まるで道しるべのように、行くべき先を示す。


 青く輝く星をたどっていくと、道の先にこじんまりとした建物があった。暖かな明かりが灯り、外観もなんだかかわいらしい。

 ドライフラワーが飾られたドアを、ベガちゃんが開ける。チリリン、と軽やかなベルの音がした。


「こんにちはー! リドさーん、いるー?」

「おや、ベガちゃん。今日はどのようなご用件でしょうか」


 出迎えてくれたのは、二十代前半に見える男性だった。穏やかな雰囲気で中性的な、色素の薄い人だ。

 室内は、雑貨店のようだった。女性向けがメインらしく、かわいらしいものが目につく。そのどれもに、キラリと輝く星や石があしらわれている。ベガちゃんの取引先なのだろう。


「んーとね……、オルゴールになる石と、装飾用にもいくつか欲しいかな。ハデスさまからの依頼なんだ」

「それはそれは。ちょうど良いお石はありましたかね」

「ベガ、ハデスさまから依頼受けるなんてやるじゃん」


 リドさんと呼ばれた人が向かった通路から、少年が現れた。十歳程度の外見のせいか、こちらも中性的だ。


「では、ベガちゃんのお仕事にご協力してくださいますね、クォーツくん」

「んー。まあ、ボクもベガとは取引あるもんね。いいよ」


 ベガちゃんと二人の仕事の話が一段落すると、少年の方が興味津々といった様子でぼくを見た。不思議な色合いの瞳が、好奇心に煌めいている。


「はじめまして、宵淵よいふち 文弥です。ベガちゃんの手伝いをしてます」

「文弥はね、わたしの自慢のパートナーだよ」


 隣でベガちゃんが胸を張る。そう言ってくれたのが誇らしい。


「文弥、コッチはリドさんとクォーツ。二人とも、わたしの取引先なんだ」

「どうも、ペリドットと申します。ベガちゃんには星を集めてもらったり、今回のように小物の依頼の外注を受けております」

「ボクはクォーツ、魔法使いだよ。ベガの集める星は、ボクの魔法の素材にもなるんだ」


 この夜空の世界は不思議な場所だが、魔法使いなんて存在もいるなんて。だけどぼくは、この世界を夢だとは思わない。

 ベガちゃんの特別な仕事や、オルフェウスさんの魔法のような演奏を知っているから。


「それでね、リドさん。ハデスさまから奥様への贈り物なら、装飾用にはどんな石がいいかな」

「でしたら、ペリドットでしょうか。ベガちゃんのお得意な細工物にあしらうと、映えると思いますよ」


 リドさんは穏やかにほほえむ。たずねると、ペリドットは石言葉に『夫婦間の幸福』というものがあるらしい。ここの雑貨を作っているだけあって、石や加工に詳しい。


「じゃあソレにするよ。あとはリドさんのオススメで」

「お任せくださいな。では、クォーツくん」

「ペリドットと、あとは何?」

「そうですね、華やかなものが良いでしょうから……。色とりどりの、ジルコンなんていかがでしょう」

「りょーかい」


 クォーツくんが、腰にアクセサリーのようにぶら下げた瓶のふたをいくつか開ける。中に入っていたのは、ぼくも見慣れた星のかけらだ。

 空中にこぼしたはずなのに、星は落ちずにそのまま彼のまわりをただよう。カラフルな星がいくつも煌めいていて、彼のまわりはまるで銀河だ。


「これで準備はできた。さあ、始めるよ」


 星たちの中心で、クォーツくんは神秘的な笑みを浮かべる。その表情は、とても子供には見えない。見た目通りの歳ではないのかもしれない。


「……すごく、綺麗だ」

「キミも、星が好きなんだね」


 ぼくに向けられたクォーツくんの目は、星を映してカラフルだ。そんな彼が片手を上げると、そこを中心にくるくると星が回る。

 そうして回転がおさまると、星はいつの間にか透き通る石に姿を変えていた。ふわふわとただよう石は、差し出されたクォーツくんの両手に集まる。


「すごいでしょ? ボクの魔法」

「うん」


 ぼくがうなずいたことに満足げなクォーツくんは、すっかり年相応に見えた。


「リド、これでいい?」

「ええ」

「でもさ、なんでジルコンなの? ボクは水晶の方が好きだな」

「ジルコンは、ダイヤモンドに近い屈折率を持っているのです。暗い冥府でも、輝ける子ですよ。加えて、たくさんの色の子たちがいて、華やかなのです」


 確かに、クォーツくんの手の中にある石は色とりどりで、わずかな光でも華やかに煌めいている。


「オルゴールには、こちらのアメシストを使いましょう」

紫水晶アメシスト! やっぱり水晶はかわいいなぁ」


 ジルコンと違って、アメシストは原石のままだ。柱状のそれがオルゴールの小箱の中に入っていたら、きっと神秘的な宝物に見える。


「リドさん、アメシストにはどんな意味があるの?」

「アメシストは、豊かな心を育んでくれるといいます。感受性豊かなこの子なら、オルフェウスくんの演奏を美しいまま閉じ込めてくれるでしょう。……では、仕上げを」


 リドさんもまた、戸棚から小瓶を取り出す。あのこまかい星の砂は、流れ星だ。

 それを振りかけて、リドさんは何かを小さく呟いた。応えるようにアメシストは一瞬輝いて、ふっと元に戻る。彼もまた魔法使いなのだと、ぼくは知る。


「はい。これでこの子は、一つの曲を秘めて、響かせるオルゴールです」


 リドさんは、初夏の日差しを透かす若葉色の瞳でほほえむ。穏やかな笑みを絶やさない彼は、ペリドットの目をしている。


「アリガト、リドさん。クォーツも」


 その後、織姫さまのためのアメシストをもう一つ用意してもらい、ぼくらはリドさんの雑貨店を去った。


「カンラン石って、隕石にも含まれてることがあるって授業で習ったよ」


 カンラン石の宝石名は、ペリドットだ。


「文弥はさすがだね。たぶんリドさんがこの世界にいるのは、ソレが理由だよ。あとはこの世界が、キミたち人間が見る夢と繋がってるから、かな」


 そう言うベガちゃんが別人に思えて、ぼくは彼女の手を掴む。


「でも、ベガちゃんたちは夢なんかじゃないでしょ。ぼくは、ここで過ごした時間がすごく大切で、ベガちゃんとオルフェウスさんのことだって……」

「わかってるよ、文弥。でも、そう思っててくれてうれしいな」


 帰り道は、赤く光る星が道しるべだ。けれど今は、迷っても構わないから、ベガちゃんと目を合わせていたかった。


「ココに来た人間のほとんどは、夢だからっていつか忘れちゃうらしいけど……。文弥は、そんなことなかったもんね。何度でも、わたしの仕事を手伝ってくれた」

「これからも、そうだよ。いつでも声かけてよ。ぼくは、ベガちゃんの力になりたい」

「アリガト、文弥」


 ぼくは意気地なしだ。本当は、もっと違うことを伝えたかったのに。ベガちゃんの力になりたいのも、本心ではある。あと一歩踏み込めないのが、ぼくの悪いところだ。


「ココまででいいよ。オルフェウスさん、たぶんすぐには都合つかないだろうから」

「……うん」

「完成品を引き渡す時には、また呼ぶね」


 ゆらり、星空が揺らぐ。時間が来たら、ぼくは元の世界に帰らなきゃいけない。


「文弥。キミの言葉は、キミが思うよりも相手に届いてるんだよ。だからもっと、自信を持ってほしいな」


 ほとんど消えた景色の中、ベガちゃんの声だけが最後に聞こえた。ぼくが何かを言う前に、来た時とはまた違う浮遊感に包まれる。

 気づくとぼくが立っていたのは、夕暮れの駅前。もうすぐ、ここにも夜が来る。こちらとあちらでは、時間の流れが違うようなのだ。


 握りしめたままだった羅針盤に視線を落とす。


「怒らせちゃったみたいだ……」


 ベガちゃんの表情はよく見えなかったが、声は確かに怒っていた。とがめるというより、たしなめるようだった。

 ぼくだって、理屈としてはわかる。頼りにしている相手が自信がなさそうな様子だったら、強く否定したくなる。逆の立場なら、きっとぼくもそうしただろう。


「でも、ぼくにできることって何……?」


 ぼくは、ベガちゃんのように特別な役目は持っていない。オルフェウスさんの神がかった才能による技術も、七星先輩の知識と洞察力も、縁遠いものだ。

 羅針盤を見たって、そこに答えはない。わかっていても、道しるべを期待せずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初夏の日差しを透かすと若葉色のペリドットの表現がすごく良いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ