第四話 他愛もない会話
第四話 他愛もない会話
この嵩臣という男は、色々な意味で残念な男である。見た目はとても良く、都でも美男として噂されるのだが、中身--つまり言動があまり良いとは言いにくいのである。桃姫と緋梅に会う度に手を握って、
「緋梅は相変わらず可愛いね。僕のお嫁さんにならないかい?」
こんな感じに口説いてくるのだ。
「ちょっと、嵩臣殿。緋梅の手を離してください!」
「ははっ、怒った桃姫も可愛いね」
「はいはい、そこまで。嵩臣殿が軟派者だってことは今に始まったことでもないんだし、いちいち相手にしてると疲れるよ」
白櫻の言葉にそれもそうかと言わんばかりに桃姫は頷き、緋梅を嵩臣から引き離しつつ、怒鳴るのをやめた。
「嵩臣殿、幾度となく言っていますが、そのように我々を口説くのはやめてください。もし、緋梅に変な虫けらがついたらどうするのですか。」
「その虫がつかないように、口説いてるじゃないか。」
「意味が分かりません!」
またしても口説き文句を言おうとする嵩臣と、それを緋梅に聞かせないように遠ざける桃姫に、されるがままの緋梅。それを呆れたように見る白櫻と静かに見ている水知。この他愛もない会話が庭園に響き渡る。
すると、静かに桃姫の腕の中でされるがままになっていた緋梅が言った。
「あの嵩臣殿。どうして毎回桃姫を口説いているのですか?もし桃姫と結ばれたいのなら、そのように軽く口説くのはどうかと思います。」
この言葉に時間が止まったかのように全員が固まった。その空気を感じ取った緋梅は首を傾げた。しかし、緋梅は至っては真面目に聞いていた。嵩臣の目を真っ直ぐに見つめて。
「――っふふ」
最初に口を開いたのは桃姫だった。緋梅を抱きしめたまま、笑いをこらえるように肩を震わせている。
「だってさ、嵩臣殿」
嵩臣の肩に手を置きながら白櫻も笑っている。そして、普段あまり表情が動かない水知も肩を震わせて、微笑している。嵩臣はというと、唖然としたまま動かない。その様子を見ていた緋梅は自分は何かおかしなことを言ったかと言わんばかりにまたしても首を傾げている。
「ほら、早く答えてあげなよ。」
「い、いや、えっと、それは・・・挨拶、みたいなものかな?」
「挨拶なら普通にすればよいのでは?」
完全に嵩臣は折れた。緋梅の純粋な疑問を前にして。白櫻と桃姫は我慢できずに声を出して笑っている。
そんな様子を水知は皆から数歩離れたところで見ていた。他愛もない会話をしている時の穏やかな感じが好きだった。自分自身、口数が少ないのは自覚していた。そして表情が固いことも。だが、この庭園に来ると違う。普段よりも表情が柔らかくなるのだ。そのことを知ったのは、数年前に桃姫が言った何気ない言葉がきっかけだった。
「水知殿もそのような顔をなさるのですね」
「そのような顔とは?」
「優しく笑っている顔です」
そう言われた時は理解できなかったが、今は違う。今ならはっきりと言える。
「俺はこの穏やかな日常が好きだ」
水知はこの穏やかな日常が続いてほしいと思った。この思いはあの日、幼い手を引いて、この庭園まで花便りを届けに来た日から、変わらない願いだった。きっとこれからも変わらないだろう。
一か月半ぶりの投降です!
今回の第四話では、第二話で登場してから一度もセリフがなかった水知にセリフがあります!しかも後半は水知視点でのお話になっています。
幼い手を引いてとは一体誰の事なのか・・・。それ後日発覚します。
それでは、次回の第五話のよろしくお願いします!