第二十一話 微笑ましい空間
第二十一話 微笑ましい空間
「そろそろ花便りを渡しに、庭園に行きましょうか。」
「はい。」
先代に促され、桃姫は桃園から庭園に向かった。その腕には、花便りと共に緋梅への贈り物もあった。
一方、庭園には、一足先に白櫻と先代の桜園の花護目―白櫻の祖父が来ていた。
花便りを受け取る花護目は、これまで花便りを貰った時期を元に予想を立て、庭園に通うようにしている。
受け取り場になっている庭園は、かつて花護目の役目を負っていた者が、いつでも気兼ねなく会えるようにと建てたのである。
「もう来ていらしたのですね。」
そう白櫻達に声をかけたのは、緋梅であった。
「おお、元気そうじゃのう。寒かったじゃろう。今、温かいお茶を用意するからのう。」
笑顔で緋梅を迎え入れた白櫻の祖父。緋梅が手伝いを申し出るが、桃姫達が来るまで白櫻の話し相手をしてくれと言って、庭園の屋敷の中へ入って行った。
「今日は一人なんだね。水知はどうしたんだい。」
「彼は今、都を離れているの。桃の花が散る頃じゃないと戻って来ないみたい。」
「そうなんだ。」
それから二人は、他愛もない話をしながら、桃姫達を待った。
白櫻は緋梅と他愛もない話をするのが好きであった。だが、桃園から花便りを受け取った後から桜の花が散る頃までは、桜園の大樹に付きっきりになるのに加え、緋梅自身も梅園からあまり出ない為、こういった話をするのはほとんどできなくなる。だからこそ、こうして話せる機会を白櫻は大切にしていた。
「それにしても、白櫻のおじい様、戻って来ないね。」
「言われてみれば。」
お茶を用意すると言って、屋敷の中へ入って行った祖父がなかなか戻って来ないので、二人で探しに行こうと立ち上がった。
すると、白櫻は視線を感じ、そちらに目を向けると、屋敷の部屋の隅の方で静かに座りながら、茶を飲んでいた己が祖父と目が合った。
「そこで何してんだよ、じいさん。」
「いやいや、仲睦まじくてのう。」
そう言って、祖父はお茶を一口飲んだ。
祖父の意味深な言葉に対して、意味を理解してしまった白櫻は肩を震わせながら耐えていた。そして、祖父の元へと勢いよく近づいていった。
「何が仲睦まじくてのうだ!いるなら声をかけろよ!」
「それじゃと悪いかと思って、ここで見てたんじゃよ。」
「いつもはそんなことしないだろうが!」
「まあまあ、よいではないか。」
「良くない!」
白櫻の言葉に祖父はなだめるかのように返すため、白櫻はムキになって言い返す。その繰り返しが、誰かの仲裁がないと続くのである。
しかし、このやり取りは周りからすれば、痴話喧嘩にしか見えないのである。
緋梅は呆気にとられ、二人の様子を縁側に座りながら見ていた。
「あらあら、随分と賑やかだことで。」
緋梅は声が聞こえた方に振り向くと、桃姫と先代の桃園の花護目がこちらに歩いてきていた。
「相変わらずなようね。」
そう言って、桃の花が描かれた衵扇という宮中の女性が用いている扇で口元を隠し、笑いながら先代の花護目が笑っているので、緋梅は思ったことを聞いた。
「・・・もしかして、聞こえていましたか。」
問いに対して、先代の花護目が衵扇で顔全体を隠し、肩を震わせたのを見て、緋梅は聞こえてたのだと察した。
花の章第二十一話を読んでくださり、ありがとうございます。
2023年一発目の投稿となりました。
それでは花の章ちょっこと説明書
今回は衵扇についてです。第二十一話で出てきたこの言葉ですが、平安時代、宮中で暮らす女性が用いていた扇です。これは女性が自身の顔を隠すために使われていたようです。ちなみに男性も檜扇と呼ばれる扇を使って、顔を隠したりしていたそうです。絵柄は松や梅などが描かれていたそうです。
今回は桃園の花護目がという事なので、桃にしました。
花の章「第二十一話 微笑ましい空間」を読んでくださりありがとうございます。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
第二十二話も読んでくださると幸いにございます。
そして、亀よりも遅い投稿で申し訳ありません。
2023年も物語を書いてまいりますので、何卒、宜しくお願い申し上げます。
藤弥伽




