第九十九話……激突! ハンスロルの戦い【後編】
雨が強くなる。
遠くの山に細い稲光も見えた。
「この爺!! この私と一騎打ちしようなぞ片腹痛いわ!」
このヘンシェル伯爵の発言に、周りにいるアーベルムの貴族たちは驚いた。なにしろ矢を受けた手負いの老人からの一騎打ちを、自らの主人は拒んだのである。しかも、相手は名のある老将である。
今回の戦いはアーベルムの主力が集結しており、なかでもこのモロゾフの面前までヘンシェルが率いてきた精鋭たちは、名誉を重んじる名のある貴族や騎士が多かった。
「奴を殺した奴には、金貨1000枚をやるぞ!!」
ヘンシェルは大声でそう言い、ゆっくりと周りを見渡した。
しかし誰もが困惑の顔色を浮かべていた。
しばらく誰も名乗りを挙げなかったが、一人の槍を持った勇気のある兵卒が進み出て、モロゾフの胴体めがけて槍を突き刺した。
「雑兵ではなく、総大将殿お相手を……がはっ」
言葉を続けようとするモロゾフの口からは、言葉の代わりに血がこぼれる。
「ええい! 奴の体に傷をつけたものは誰でも金貨をやるぞ! かかれ!!」
ヒステリックになるヘンシェルを見て、金貨欲しさに兵卒たちの槍は次々とモロゾフに突き刺さった。
「……」
いつまでも笑顔のまま床几の上から崩れ落ちない老将を不審に思ったアーベルム兵が調べると、老将は3枚もの厚手の胸当てを纏い、背中には木の杭が結ばれて動けないようになっていた。
――ズズゥゥゥーン
ヘンシェルが音のする方向を見ると、自らの本営の方角から火柱が上がっているのが見えた。彼はハンスロルの堅城に立て籠もるボルドーへの対策で、大きな石の弾を発射できる青銅製の大砲を用意してきていた。
その火薬がブタ達に襲われ爆発していたのだ。
それに合わせてブタ勢の総攻撃を合図する戦太鼓が響き始める。アーベルム側の兵士たちが逃げ出し、戦線が崩壊する様が誰の目から見ても明らかになっていった。
「ふふふ……、しかしこの幕舎の中には……」
老将モロゾフの後ろにはブタ側本営の幕舎があり、そこにヘンシェルは踏み入った。
「な? なんだこれは!?」
ヘンシェルが探していたリーリヤの姿は、なんと精巧に造られた人形だった。もちろんポコが造ったものである。
【16:30頃】
「退けぃ! 今一度体勢をたてなおすぞ!!」
火柱を確認していたアーベルムの勇者オーキンレックはたまらず後退を指示していた。
これに、我先にとアーベルムの兵士たちが逃げ出す。
「こら! 整然と退くのだ! 敵に付け込まれるぞ!」
後ろを振り返り、兵士を叱責することに気を取られているところに、
「御首頂戴仕る!!」
「!?」
獣人ザムエルの剣が一閃し、アーベルム最強の勇者オーキンレックの首は胴体から跳ね飛んだ。
「オーキンレック男爵、討ち取ったり!!」
獣人ザムエルの大声が響く。
アーベルムの兵たちは既に戦意を喪失していた。剣も捨て、主人たる貴族や騎士を置き去りにし、我先にと逃走しはじめた。
戦場にて踏みとどまる貴族や騎士は孤立し、次々に打ち取られていった。
ヴェロヴェマの指揮する地域も同様であり、アーベルム側は全体に総崩れとなっていた。
――ブタ側本営。
「小娘はどこだ!?」
ヘンシェルが必死に探すも、お目当てのリーリヤの姿はどこにも無かった。怒気を纏い幕舎から出ると、彼と彼の親衛隊はダース率いる部隊に囲まれていた。
「捕虜としての正式な待遇を要求する」
ヘンシェルの部下たちは剣を地面に置き、指揮官に無断で次々と降伏した。
「是非に及ばず」
ダースはそれを受け入れたが、ヘンシェルにだけは無数の矢が刺さった。
【18:30頃】
アーベルム側は全面潰走していた。勇者オーキンレック男爵も、総大将ヘンシェル伯爵も既にこの世の人ではなかった。
アーベルム側は渡ってきた川をもう一度渡り逃げねばならなかった。武器も食料も放棄していた兵卒たちと違い、貴族や騎士たちは高価な装備が重く格好の目標となった。
日が暮れてもブタ勢の追撃は熾烈を極め、やむ気配を見せなかった。
ブタ領軍務役アガートラムが定めた軍法によれば、押し太鼓が鳴っている間は決して退いてはならず、攻め続けなければならないと書かれていた。
【21:00頃】
ブタ勢の押し太鼓は未だに鳴っていた。
「ひずめ!!」
「!?」
ブタ勢は夜戦用の合言葉を日替わりで決めていた。今日は『ひずめ』に対して『ぶた』である。
松明の明かりと怒声が一晩中響いた。
朝日が昇るころ、ブタ勢はようやく元いた河原に戻ってきた。
戦利品をお互いに自慢する兵士たち。
商業で栄えた国の兵士たちから獲た戦利品はとても良かった。
ブタ側は沢山の被害を出したが、二倍以上の相手に勝利した。
執拗に追撃され生き残ったアーベルム側の兵士たちに『もう二度と戦いたくない相手』と心胆寒からしめた。
他にもアーベルムの貴族や騎士などの支配層だけで1500名の捕虜を得た。これは実質的な全滅的被害と言ってよく、政治的にも大きい戦略的大勝利だった。
――今日において、この戦いはリーリヤを奉じてブタが武勇と知略をもって大軍を打ち破った正義の戦いと語られている。
古戦場に流れる川はモロゾフと言うが、この名前の由来を知る者は、今はもういない。
モロゾフ川は今日も沢山の水利を周辺の村々に供している。
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当ブタコメディーは【にゃっぽり~と航空】様と【(非公式)アスキーアート同好会】様の提供でお送りしました。