疑惑の聖女
「それと最後に一つ連絡を。これは皆さんに関わることですが近々武器商を呼んで武具を揃えたいと思います。杖の選別から防具の調整まで行いますので予定を空けといてくださいね」
その後も滞りなく話は進み、最後にそう付け加えたところで全員の顔を窺う。話を始める前は皆緊張に顔を強張らせていたが、自分の役割を伝え聴いた今憑き物が落ちたような顔をしている。各々席を立つと、そのやる気に満ちた心が自信となって姿勢に表れていた。
「……」
――ただ一人、勇者としての存在意義が危ぶまれる少女を除いて
(やはり早急に何かしらの対策を講じなくては。今のまま迷宮に挑ませるのは余りに危険過ぎる)
それは実力面の問題は勿論のこと、このまま周りとの差が開いて人間関係が拗れないかの心配だった。徐々に取り残されていく彼女を疎ましく思わないとは限らない。
(しかし魔法が使えず、特殊能力に関しては発現の兆候すらないとなると果たして何が出来るか…)
これが勇者でなかったら他の道もあったのにと一人唸るアンドレーフ。
その傍らで彼が頭を悩ませているとは露とも知らず、話を聞き終えた一同はそれまで溜まっていた疲れと緊張を伸びで解していく。皆思い思いに口を開き、それと共に室内を安楽的な雰囲気が包むのであった。
「えーと、剣士が一人に魔法使いと弓兵が二人ずつ。盾役に拳闘士、それとパーティの中核を担う投擲士が一人ですか…」
そんな中、重戦士であることを明かされた勇者ユウトが一人ぶつくさ呟いている。
「悠斗くん、何をしているんですか」
「おぉMr.直哉。いえ何、少しおさらいをと思いまして」
何せ一気に説明されたものですからと理由を告げると、横から和人も参加し何時もの3人組が形成される。
「こうして振り返ってみると何というか…素人目線ではありますがバランスが良いなと。ポジションが被っているのがMs.ルルカ&茜の二人だけですし、貴方とMs.柚乃はタイプが違うようですからね」
「確かに。前衛と後衛が四人ずつで間に司令塔が一人ですからちょうど均衡が取れている感じですな。でもそれがどうしたので?」
深刻そうにしている理由が分からず、素直に問いかけてみる。
「いやぁ、偏りが無いのは確かに素晴らしいと思うのですが、その中に白魔術師的ポジションの方が居ないのがな~と思ってまして」
ゲームの知識を頼りにそんなことを言ってみる。彼の言う白魔術師とはRPGなどにおいて味方にバフを付けたり、傷を回復させる役目を持つキャラクターのことである。攻撃手段に乏しく敵からは早期撃破を狙われるが、どのパーティにも必ず一人はいる必須職業みたいなアレである。
特に今回の冒険では画面の中の操作キャラなど存在せず、自身の命がライフストックである為そういう役回りの者が何人居ようと困らないのだが、このパーティにはそれが無い。これではもし万が一命を危険に晒された際に、助かる望みが絶たれるのではないかと心配していた。
「ここ一週間城の様子を観察していましたが、皆さんその、何というか…ヒーラーというよりバーサーカーが似合う御人ばかりでその辺期待できそうにありませんし」
帝国が武力で成り上がった実力主義の国であるため、城に常駐している役人貴族なんかも武官が圧倒的大多数を占める。
だからこそアンドレーフのような者が重宝されるのだが、そんな彼も白魔術というより黒魔術の方が得意そう――というか保持属性的に絶対そう――なので望みとしては薄い。
「Mr.アンドレーフの事ですから何かしら対策はしてあるんでしょうが、これだけ勇者がいて回復役が居ないというのも少し心許なくて」
「あ…で、でも、それについては当てがありそうな感じでしたよ」
数も重要だが、やはり一番欲しいのは勇者のネームバリューにも負けない実力を持ったヒーラーだ。如何にも残念といった感じの面持ちでその事を伝えると、意外にも直哉が熱の籠った反論をしてきた。普段の弱気な部分をよく知る二人は、そんな彼の態度に疑問を抱く。
「当て、ですか? しかしそんなの誰が…」
「えっと、ほら、体力テストが終わって隣国の温泉について話していた時に――」
――そういえば聖女様にご協力を仰ぐのがまだでしたね。迷宮攻略が先の事とはいえ、顔見せしないというのも心証悪いでしょう――
「あの口ぶりからするにその聖女様にご依頼するのは確実…ですよね。あの時点でアンドレーフさんは自分たちの役職にある程度目星を付けていた筈ですから、あの、その…如何にもヒーラーって感じの聖女様がアテなのかな~、と」
所々で気の弱さが露呈するが、言いたいことは伝わる。乃ち回復のエキスパートと思われる聖女に、迷宮攻略の手助けを頼むのではないかと説明したかったのだ。
「そうでござったッ、確かに勇者の旅路に聖女は必須! そして女神に近しい聖女が容姿に恵まれているのも古来よりのテンプレ!」
「あわよくばラッキースケベ、いえ人生のゴールインを決めてこそ真の勇者!」
直哉の発言で盛り上がりを見せる中、それを盗み聞いていた他の面々も会話に加わってくる。
「へえ聖女様か。確かに一度お目通り願いたいかもね」
「ッ――、アンタ等爽弥のいる前でそういう話しないでよね! 本ッ当デリカシー無いんだから」
「全くです。怒りを通り越して軽蔑します」
爽弥が興味を示したことで怒りの矛先が三人へと向けられた。伊織と柚乃が非難の対象に罵詈雑言を浴びせようとするが、横から自分の名前を聞きつけたアンドレーフも一旦思考を中断し話に入り込む。
残りの面々は限界に近いみくるをルルカがおぶって部屋に運び、茜がそれを見届ける形で部屋を出たため現在この会議室に残っているのは彼等だけとなっている。
「おや聖女様に興味おありですか。噂の範疇でしか語れませんがわたくしに訊きたいことがあるなら是非」
「ちょッ、アンドレーフさんまで」
「善いではありませんか。ナオヤ殿の仰るように迷宮攻略には聖女様にお力添えを戴く所存です。今の内から説明しておいた方が後で円滑に事が進むと思うんです」
二人の様子から何を心配しているか粗方の予想は付くが、それを本人のいる前で出されては堪らない。仮に聖女本人は良くてもフィリアムの上層部がどう捉えるか予想が付かないからだ。
勿論勇者に直接何かするという訳ではないだろうが、最大の輸出国であり帝国の生命線とも云える国の印象を悪くする事だけは避けたかった。
「先ず聖女様の本名ですが、真の名をアルシェ=フィリアム……『救国の聖女姫』アルシェ=フィリアムと言います。最上位名を与えられた数少ない偉人の一人で、主に回復や祝福効果のある付与魔法を得意とされています」
「プリンセスコード?」
聞きなれない単語が耳に響き、軽く頭を捻る。
「拝命される二つ名の中でも最も名誉とされる称号のことです。文字の最後に『姫』を使うことを赦され、その者の功績が偉業と認められて初めて歴史に名が刻まれるのです」
他にも(結果的にだが)魔族を退け人々を救ったウラネスの『白銀姫』や、呼び方こそ違うが『精霊姫』と共に戦争を終結させた『英雄王』も最上位名持ちとされている。
「故に彼女らを言い表す際は本名ではなく二つ名で呼ぶのが慣例となっており、本人を前にした時以外で名前を呼ぶのは失礼とされています。称号の後に名前を付けた場合は話が別ですが」
「へえ、だからさっきから聖女様呼びなのね」
「き、厳しい決まりですな」
それだけ彼女らが為した偉業が凄まじいという事だ。その影響力は並の国家元首に匹敵するとされており、だからこそ名前で言うのが憚れる。
ここ帝国を治めるアルザード・ロ=ガルシアが他国から皇帝と呼ばれるように、国の象徴たる王の名は口にする事すら畏れ多いとされる。目上の方の名を安易に晒す行為は、その人物を軽んじていると捉えられてしまうのだ。
そしてそれらを満たす条件として主要国――今の社会情勢だと五大国がそれに当たる――の3分の2以上の賛成により可決される。
召喚されたばかりの彼等にはピンと来ないだろうが、現在そこに名を連ねるのがダリミルの長い歴史の中でも5人だけと伝えればこれが如何に厳しい条件か分かるだろう。それほどの偉業を彼もしくは彼女たちは為している。
「彼女の場合は女神さまに「聖女」の称号を与えられた唯一の人という事で名を授かりました。そしてその姉君であらされる巫女エリナ様も十ニのときに『巫女姫』の二つ名を得ています」
「へえ、姉妹で凄いんですね。というか巫女って僕達にも聞き馴染みのある言葉なんですけど、その国って僕達のいた世界に割と近いんじゃないですか?」
そう思って問いを重ねるが、彼等の故郷を知らないアンドレーフからすればお門違いも良いところ。どちらとも取れる相槌を打ち、曖昧に言葉を濁すしかない。
「さあどうなんでしょう。アトラス大森林を越えた更に先にある極東地域から来られたのが今は亡き王妃様でしたから。巫女の名を娘に託してしまわれたからには最早我々が知る術はありません」
「そうですか……ってちょっと待ってください、今王妃様って言いました? しかもその娘が巫女姫様ってことは、じゃあその姉妹である聖女様ってもしかして…」
思わず聞き流しそうになるが、そうは問屋が卸さない。もう一度、出来れば思い違いであって欲しいと願いながら訊き返すも、残念ながらそれは無慈悲に打ち捨てられる。
「……? ああ、聖女様はフィリアムの第2王女ですよ。お二人とも髪の色こそ違いますが血を同じくする姉妹であることは間違いありません。その下に弟君がいらっしゃるようで其方もそろそろ顔見せするのではと噂されてますがどうなんでしょう。運が良ければお目通りが叶うかもしれませんね」
「うわぁやっぱりそうかー! どうしよう急に緊張してきた」
異世界召喚なんて稀有な体験したから並大抵のことでは動じない自信があったが、流石にこれはキャパオーバーだ。
国民栄誉賞みたく名誉職的ポジションか何かだと思ったのに、ガチのお姫様が来てしまった。普通の日本人として育ってきた彼がいきなり国のトップの前に連れ出されるとなってはこうなるのも致し方無い。何処ぞのフリーダムが過ぎる皇帝はこの際置いておくとして、これが茜ならきっと白目を剥いて倒れたに違いない。
それに比べてアルシェの正体を正確に知りながらも普通に接している湊の図太さといったら。アイツも少しは遠慮しろ。
「き、きききっ来たッ、お姫様との邂逅イベント! それも聖女様との強制ダブルブッキング!?」
「おお落ち着け同志よ! そう、先ずは挨拶の確認からしっかりと…」
「人という字を5個書いて…アレ? 今何回目でしたっけ」
そして動揺が隠せないのは此方も同じだ。クリスマスと誕生日がいっぺんに来たように慌ただしくなり、何時にも増して姦しく熱を発する。それだけ取り乱しても会いたい気持ちが優先されるのだから、どれだけ彼らがその時を楽しみにしているのかが分かる。
「それでアンドレーフさん。アンドレーフさんから見てその王女様たちはどうなんですか」
「どう、とは。それは容姿に関わる質問と取って構わないでしょうか」
「ええそうです。贔屓目なしに一国の宰相を任されるアンドレーフさんがどう評価するのか私興味があります」
それとは対照的に伊織と柚乃が何時にも増して高圧的に詰め寄ってくる。
質問の内容が抽象的過ぎて一瞬何のことか迷ったが、彼女達が懸念する事項をすぐに思い出し会話の内容を補足する。彼女らに気圧された様子はなく、強大なライバルの予感にむしろ殺気立ってすらいた。
「非常に美しく、そして可憐な方々にございますよ。タイプこそ異なれどその美貌は大陸において並ぶ者無しと評されるほど秀でており、美醜に五月蠅いあのエルフですら嫉妬に涙を流したとの逸話があるぐらいですから」
「ふ、ふ~んそうなんだ~」
「……」
それが彼女らの求める答えでないのは重々承知だが、だからと言って嘘偽りを述べる訳にもいかない。先にも話したように彼女達の我儘で両国の関係が損なわれるなど有ってはいけないし、起こしてもいけない。仮にも助力を願い出る立場で敵対心を剥き出しにされては目も当てられず、その後関係の修復に奔走する日々と天秤に架ければ多少恨みを買ったところでお釣りが付く。
故に何か仕出かす前に予め釘を刺しておく。
「そんなに心配なら今の内に告白でもしといたらどうですか。ソウヤ殿は彼女がいる身で他の女性に懸想するような方でもないでしょうに」
「はい? 僕が何ですか」
「ちょッ、何言ってるんですかアンドレーフさん、私達別にそんなんじゃ――」
「ええ。確かに他の人より一緒にはいますがそれは小さい頃からの友情であって――」
この期に及んで認めようとしない事実に呆れ、取られても責任は負いませんよと再度念押しする。これが効果ある事なのかそうでないかは実証できないが、少なくとも揉め事を起こした際の保険にはなるだろうと無理矢理自分を納得させる。
(…そういえば。かの聖女様に立っているあの噂についても教えるべきでしょうか)
その時ふと頭の片隅をある考えが過り、しかし直ぐにそれを棄却する。
(いえ、喩え根も葉もない与太話だったとしても他国の王族を貶めるような発言は慎むべきです。何より幾ら想いを寄せているからといってそんな大事をする人達ではないでしょうしね)
ただの大臣でしかない自分が勇者にそんな事を吹き込んだと知られれば罷免は免れない。自分にはこれからも為すべきことがあるのだからと見切りをつけ、早々に思考を何時もの状態に戻す。
(ともあれ、今はこの場を収めるとしましょうか)
「さあこれで皆さんにお伝えしなければいけない事は全てです。夜分遅くに集まって戴いたこと、深く感謝を申し上げます。明日には個別プログラムが配布されると思うので、明後日からの訓練はそちらの指示に従ってくださいね」
人が疏らになった室内でそう声を上げると、それに随う形で残りも捌けていく。
……
…
フィリアムの王女姉妹には一つ、良くない噂がある。
正確には妹姫に関わる話であり、曰く稀代の聖女様は人を狂わせる力を持つと。
その美しさに当てられ数多くの男性が情欲に溺れた廃人と化し、嫉妬にかられた数多の令嬢の人生を狂わせた事実を、他ならぬ巫女姫が隠蔽したのではないかとの噂が。
フィリアムの第二王女が表に出てこないのは内政に干渉されるのを嫌ったからではなく、本当は彼女の持つ力が暴走しない為の口実だったのではないか。
そして仮に真実だった場合、そんな危険な人間に勇者を任せるべきではないとの声も。
ガルシア様ってよりは皇帝陛下って呼んだ方が良いよねっていうお話でした。
因みに爽弥が思い浮かべる聖女像はオルレアンの乙女ことジャンヌ・ダルクです。生まれは普通でも特別な立場に就かされたって意味で親近感を抱いていたけど実際は…って感じですね。
どうでもいい豆知識。
二つ名+様付けはこっちの世界で言う二重敬語にあたるのでこれも厳禁。でも略称ならOK
×救国の聖女姫様
〇聖女様、聖女姫様




