俺と甲賀
「んで、どうして俺たちを攻撃してきたんだ?」
俺たちは今、九頭竜さんの車で甲賀に向かっている。
「まあ、一言で言えば、【組織】からの連絡があったってことだな……今から命を狙われるって連絡が……」
「その組織ってのは……」
俺は突っ込むべきではないと分かりつつも、そのことを口走ってしまう。もしもこれが物語に大きく関わることならば、きっと九頭竜さんはここで殺されてしまうだろう。しかし、九頭竜さんは全く臆することなく言った。
「それが分からないんだ……とにかく、今から目の前に現れる人間には気をつけろと言うことぐらいしか言われなかったし……」
助手席にいた俺からは九頭竜さんが嘘をついているとは思えなかった。
「それじゃ、その言葉を鵜呑みにして自分たちを攻撃してきたんスか?」
「すまないとは思っている……しかし、自分の命ってやっぱり大切じゃない? 死んだら元も子もないって言うし」
「実際、九頭竜さんには子どもいるんスか?」
虎走が今不必要である質問を投げかけていた。まあ、こんなにフットワークの軽い人だからだいたい察しはつくけれど……
「無論、いないよ。俺は思うのさ、この能力ってのはいつまでも夢を捨てなかった人間に与えられた贈物なんだって。みんな一度はさ、妄想しただろう。自分に特殊能力があったらなーなんて。俺だって昔から考えてた……だからこうして夢が実現したんだろうなって……」
確かに言われてみればそうかもしれない。この異能の力は生まれつきではなかった。いつからか、自然と使える様になっていた。九頭竜さんの言う通り、夢を諦めないと言うことが発動条件なのだろうか……
「ちなみに好きなアニメってあります? ちなみに俺は毎クールごとに推しを変えるような浮気野郎なんですけど……」
「ひだ〇りスケッチだなあ。日常系アニメはいいぞ、社畜の心をきれいに洗い流してくれる。見ていると現実のことを忘れることができる……」
そうだ、大人になればだれだってつらい現実と向き合うことになる。その現実が辛いからこそ浄化してくれるものを希求する。アニメを見ているからなんだと言うのだ、アニメを見ているだけで犯罪者予備軍にするのはおかしいぞ!
「兄貴、何に怒ってるんスか? もうそろそろ着きそうッスよ!」
「そうだ! わた〇ん! わ〇てんの最終回がやってたんだ!」
俺はすかさずスマホを取り出して、動画サイトで最新話をチェックしようと検索した。
「おっ! わた〇ん良いよなあ! 俺も好きなんだ。みんなで見よう」
和気藹々とする車内、みんなアニメが好きなんだ……俺は外の世界に来てちょっと良かったなあなんて思い始めていた。
「お! 始まったぞ!」
「九頭竜さんは安全運転お願いするッス!」
わき見運転をしようとしていた九頭竜さんに釘をさす虎走、他が盛り上がっているのに見れないって辛いだろ……
「少しぐらいなら大丈夫……だよな?」
西野沢を直進し、甲賀の表示通り、県道49号を進む。しばらく道なりだから少々わき見をしたって大丈夫だろう。
「おー始まったッス! 自分、ひなたちゃん派ッス!」
「わかる、正直なところ、ひなたが一番可愛いと思うゾ!」
「口調、うつってるッスよ」
そうしているうちにOP無しでAパートが始まった。画面の中で小学生たちが学芸会で天使を演じている。
「あっ、これ最終回でミュージカルやって微妙になるやつじゃないッスか? ラ〇ライブサ〇シャインみたいな……」
「他作品の悪口はやめるんだ! ライバー達に〇されるぞ……」
そうして、俺たちはアニメを視聴しながら優雅なドライブを楽しんでいた。やっぱりみんなでアニメを見るのも悪くないな。
「いやー、最終回も良かったッスねー! Bパートで持ち直した感じッスね!」
「やっぱり、小学生は最高だぜ!」
それ言ったら逮捕されるッスよ、なんてことを虎走に言われつつ、俺たちは車内で充実した時間を過ごしていた。
「んで、九頭竜さん、そろそろ甲賀には着くッスよね?」
運転は九頭竜さんに一任していた俺たちだが、助手席からうかがう九頭竜さんの表情は少し曇っていた。
「それが……な……」
「何スか? 迷ったんスか?」
それが図星かのように思える挙動だったが、蓋を開けてみると事態はもっと深刻だった。
「抜けれないんだ……県道49号を……」
「それってどういう……」
それを言いかけて俺は即座に直感する。
「異能の力……」
「間違いないと思う……」
俺たちが楽しくアニメを視聴しているうちに、能力者の罠に嵌められてしまっていた!
「ふふっ……こんなに上手くいくなんて……肩透かしね」
火威、虎走、九頭竜の3名を確保。近いようで遠い所で、謎の女性は不敵な笑みを浮かべていた……
わた〇んの最終回……良かった……