赤音と自宅
一方、妹の赤音は……
「は~、甲賀に行くなんてやってらんないってーの」
あろうことか、家に滞在していた。そして、ポテイトチップスと清涼飲料水を準備してアニメを見ていた。
「埋もれてるけど、今期は魔法少女特殊戦あ〇か とかも面白いと思うんだけどなー」
まあ、今のクールがつまらないってのには同感だけど。まあうちの予想では次の春クールもつまらないと思うんだよね。
「お兄……死なないでちゃんとやってるかなあ……」
少し兄のことが気がかりになる妹。しかし、気にしたところで人は死ぬときは死ぬ。それが赤音には十分理解できていた。兄が一時の気の迷いで窓の外の景色を血と炎で真っ赤に染めてしまったように、生だとか死だとかもきっとだれか偉い人の裁量でしかないだろう。そのことが分かっていた。
「あー夕飯どうしよっかなー。ピザでも頼むか」
兄が不在で怠惰になっている妹は何気なくポケットからケータイを取り出し、宅配ピザを頼んだ。
「Lサイズ、1人で食べきれるかなー。まあ、食べれなかったら残したらいいっか」
独り言をぶつぶつと言いながら、メニューに目を落とす赤音。
「チーズたくさん乗ってるやつもいいし……明太マヨとかもおいしそうだし……」
――まあ、一つで4つの味食べれるやつにしようっと。
「どうも、ピザキャップです。ご注文お伺い致します」
「えーと、デリシャス4ってやつのLサイズ、一枚で」
電話の向こう側から注文を承る返事が返ってきたところで、赤音はスマホから手を離してもう一度テレビの画面に向かう。
「あー。なんだかんだ、やっぱりうちも後でお兄のところに行こっかなー。ヒマひま星人になっちゃってるし……」
早くもお兄シックになってしまっている妹であったが、その退屈もすぐに紛れてしまうことをまだ彼女は分かっていない。
――ピンポーン。
静寂の中、自宅のチャイムがはっきりと鳴った。何気ないその音は、今から始まる戦いのゴングだったと言える。
「どうもー。ピザキャップです。ピザお届けにあがりましたー」
「今行きまーす」
赤音が扉を開けたその瞬間、
「あなたを地獄へと配達しますよ……」
――《宅配伊太利》
「なッ……」
――《超絶魔術師機構》
詠唱無しで即座に異能を発動させる赤音。本来《超絶魔術師機構》は、あの長い詠唱は必要としない。しかしこの赤威兄妹はそれじゃ雰囲気が出ないからと言う理由で、呪文詠唱することを自らに課していた。しかし、それができないほどに、赤音は余裕がない切迫した状況に陥っていた。
「んで、あなたも異能力者管理なんてらの一員? うちはもうそう言うのお断りしてるんだけど……」
ってか、一週間は待ってくれるんじゃなかったっけ? なんだかんだ一週間後しか戦う覚悟はしてなかったんだけど……
「俺たちは、貴様のその能力《超絶魔術師機構》を奪いにやってきた! その能力はあまりにも強大すぎる!」
異能力者のピザ宅配人はそう言って、赤音の華奢な体躯をすっぽりと白い袋のようなもので包む。
「これが俺の能力、《宅配伊太利》だ!」
この異能力者、武曽 仁居弐はこの能力を持っているにも関わらず、あくせくとピザ屋の店員として働いてきた。その傍らで能力者同士で徒党を組み、強大な能力を持つ者をこの世から消し去ると言う「均衡推進隊」と言う団体で活動していた。
彼は根っからの真面目な性格で、言われたことは確実にこなす。きっと誰かがどこかで見てくれている、そう信じて彼は今も自分の正義を貫いて戦っている。座右の銘は、謹厳実直。
「君に恨みはないけれど、その能力はこの世界に不釣り合いなんだ。分かってくれるよね、火威 赤音」
その白い袋はまるでピザ生地のようにもっちりとしていて中で足掻けばあがくほど、そのが体にまとわりついてゆく。
「ダメだよ動いちゃあ。中で窒息してしまうからね……大人しくしてくれれば、命までは取らないから」
――能力と記憶を消して、また普通の一般人としての生活を保障してあげるから……
「のさ……その……」
赤音が中から武曽に語り掛ける声がかすかに聞こえる。
「あまり話すのもやめた方が……」
「命までは取らないからってのが、甘いって言ってるんだよ! この甘ちゃんがッ!」
赤音は能力《超絶魔術師機構》を使って相手の《宅配伊太利》が使用される前の状態に戻した。辺りを包んでいた白い袋はあっという間に消失し、もとの何もなかった玄関に戻る。
「さすが、異例の異能……さすがです」
《超絶魔術師機構》は武曽も言っていた通り、規格外の強さを誇る異能である。回復術は言うまでもなく、魔術師機構と言うことで、一般にイメージされる魔術の全てを再現可能なのである。それを使用者である赤音も知らないため、能力に制御がかかった状態であると言える。
「うちをどうにかしたいならさ、殺すつもりで来ないとさ。甘いって」
――そろそろ、うち、反撃するよ……
「《超絶魔術師機構》!」
――尖刃の風、塵芥となりし暴風。慙愧に堪えぬ斬撃。鮮烈の裂帛を与えよ」
武曽の体は赤音が起こしたウインドカッターによって、一瞬で切り刻まれた。血しぶきが辺り一面に飛び散り、武曽は遺言を残すことなく呆気なく逝ってしまった。肉塊はグシャリと大きな音を上げて重力に逆らうことなく床にべったりとへばりついている。
「まあ、ピザの具にはちょうどいいんじゃないかな」
これみよがしに両手をパンパンとはたく仕草をする赤音。それは、これで一件落着と言わんばかりの平静さであった。
宅配ピザ、頼んだこと無い。