赤音と甲賀
裸の王様と言う有名なお話がある。自分は本当に豪華な衣服を身にまとっていると思っていたが、実際は何もなかったと言う、権威者を揶揄する物語である。その王様の滑稽な姿を見て、なんて愚かだろうと思うかもしれない。
しかし、王様だってまさか、自分がそんな姿になっているなんてのは想像もしていなかっただろう。今の火威赤音だって、まさか自分の強大な能力《超絶魔術師機構》が失われているなんて気が付くはずもなかっただろうし、気が付くことなんてできなかった。
「ふふっ……魔法少女特殊戦あ〇かラジオやっぱり最高……」
電車に揺られながら、イヤホンでアニメのラジオを聴きながら笑顔をこぼす赤音。今の火威赤音はただのJKである。ごく一般的な量産型の凡人である。取るに足らないモブキャラクターである。そんな人間に異能力者が集まってくるはずもなく、新幹線を降りた後の赤音は何の問題もなく甲賀に到着することができた。
「滋賀県ってあんまりおいしいものってなさそうだなー。琵琶湖しかイメージないや……」
新幹線車内で刺激的な体験をした赤音であったが、今はすっかりこれから食べるお昼ごはんのことしか頭になかった。
スマホを片手に赤音は「甲賀 ランチ」で検索した。しばらくその場で美味しいお昼ごはんを食べるために、必死に画面を見つめる赤音。
「はーん。おそばがおいしいのかあ」
一位から三位までのランキングで蕎麦が出て来て、完全に蕎麦を食べる気持ちになっている赤音、そんな彼女に、
「何か探してるんですか?」
赤音は完全に自分だけの世界に没入していたため、人が近くまで来ていることに気が付かなかった。
「ひっ……」
自分でも分かるくらい肩が大きく上がってビクついてしまった赤音だったが、即座に思考を切り替えた。
きっとうちを抹殺しに来た刺客だろう……一体どんな能力を使うのか、しっかりと見極めないと……
先ほども言った通り、今の赤音はただの凡人である。だからこそ、異能力者が赤音に寄って来ると言うことは一切ない。
だからこの目の前にいる少女、結納 夕衣もごく普通の一般人である。しかし、赤音は猜疑心満点の瞳で彼女を見つめる。
「一体、うちに何の用? うちは今からランチを食べるって言う用事があるから……」
「誰かと食べるの? 私、おいしいお店知ってるよ」
ゴクリと喉が一瞬鳴ってしまったことは認めよう、しかし、これもきっとこの少女の作戦。きっとうちをはめてやろうと考えているに違いない。
「いや、結構です。どうしてもうちと食べたいなら自分の能力を公開するんだ……」
そう言って何気なくカマをかけることでうちが気が付いているぜってことを暗に伝える。これできっと、うちが優位に立てる。
「そうだなあ……私の能力は……」
いいぞ、このまま自分の能力をさらけ出すんだ。これでうちの《超絶魔術師機構》で一発けーおー決めてやる!
「だれとでも仲良くなれる能力……的な?」
何が……的な? だ。本当は能力を隠し持っているくせに。うちはこんな安っぽいフェイクに騙されるとでも思っているのか。まあ、今のところうちに危害を加えてきそうにないので、その嘘に付き合ってやろう。
心の中で色々と対話をしている赤音であったが完全に杞憂である。彼女、結納 夕衣は能力者でも何でもない。
「ランチ……ぐらいなら一緒に食べてあげてもいいよ」
「やったー、ありがとう!」
本気でぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ結納。この結納の能力(性格)は元気溌剌、誰とでも仲良くできる能力と言うのはあながち間違っていない。困っていそうな人間がいると放っておけない世話を焼いて焼きすぎるタイプの人間である。
だから今回もたまたま、火威赤音に手を差しのべただけで他意はない。
「じゃあ、このおそばやさんいこっかー」
結納に連れて行かれるがままの赤音。まあ、最悪の事態になる前に自分の《超絶魔術師機構》でどうにでもなるだろうと言う安心感があった。
―-実際はその《超絶魔術師機構》は新幹線ですっかり奪われてしまっているが……
「名前は?」
「結納 夕衣!」
――ユイユイでいいよ!
妙にフレンドリーな刺客だなと思いつつも、彼女の言う通りユイユイ呼びで彼女の名を呼ぶ赤音。
「うちは火威赤音」
――アカネでいいよ。
なんか、怪獣とか作って電脳世界で悪役やってそうな名前だね。
「それは新条のとこのアカネちゃんでしょ。うちは怪獣興味ないし」
グリッド〇ン見てるのかよ……と思いつつ、赤音たちは蕎麦屋に向かう。この結納との出会いが赤音の旅路にどう影響するのかはまだ誰にも分からなかった……