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悪役は難しい  作者: エリュシオン
テロリストを応援するお仕事
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プロローグ・足搔き

どの話が先なのか後なのか、このサイトの設定に彷徨っているこの頃です。

まだ子供の時に泥水を啜って生き残ったと孤児院の老人が言ってた。

どろみずって泥と水がぐるぐると混ぜたものなのって聞いたらそうだと答えた。どうしてわざわざ水に泥を入れるのって聞いた、だって泥は汚いって孤児院のおばさんが言ってた。服に着いたら跡が残るから泥に近づかないようにって。するといつものように大きな手で頭を撫でられた、地面にあるどろみずの水溜りしか水がないから、と。

キレイナミズにドロヲイレラレタ、って。

それが理解できない幼いわたし達は幸せなのだろう、と今ならわかる。

だとしても、わたしたちは分からないままで居たかった、泥水の味なんて、知りたくなかった。きれいな水を、飲みたかった。

その形容できない味がする度に自分たちは決まって死んでもおかしくない失敗をした。逆に言えば失敗したら死んでもおかしくないし泥水しか飲み物がない。

だからか、ちゃんとした水と食べ物がもらえる今回は失敗しない気がする。

気休めかもしれないし自分騙しかもしれない。

もう、まともで居られないから。

おかしいなことをするからまともでいたらやってられない。

そうやって自分に言い聞かせて精神の安定を保ってきた。

そんな関係ないことを考えるのは現実逃避だろうか、とわたしはため息をつく。

もうそろそろ春のはずなのに夜はまだ肌寒い。

初めて支給されたこの服がなければ凍死していたかもしれない。

それほど前の服はボロボロだった。

建物と建物の隙間に身を潜み、指示通りに偽物の跡を残し、敵をかく乱する。

頑張って新しい空気を肺に流し込む、けれど鼻と喉が少し痛い。

この場合無理やり空気を酸素を押し込むと呼ぶべきだろうか。

「ぷはっ!」

やってみたけど無理だった、涙目になる。

食道も痛い、多分この前の泥水を飲んだ時に傷がついたのだろう。今こそ普通に呼吸できるし水を飲めるけどこの島に来るまでは喉が潰れてまともに空気を吸うこともできなかった。それこそ生きた地獄だとわたしは断言できる。今度こそ死ずと思ったこともあった。

だから今こうして走っていることが信じられない夢みたいでいつ目が覚めてしまうんじゃないかと目覚めるたびに思った。

熱る体が少し冷え、震える足がまだ走れると確認すると深呼吸して硬い地面を蹴って走る。足を取り込む砂漠より地面が崩壊する沼より走りやすいと思うのは自分だけだろうか。

比較対象がそれしかないのはもう普通な場所というものを忘れてしまったから、なら今走っている道はその普通の部類に入るのかな。

こうしてしっかりとした地面が奔れるなんて贅沢だなと思ってしまう。

まあ、今は今で気を使わなければならないことがあるけどね。

頭に入っている本の内容を思い出す。

普段なら足音と気配を消すようにと読んだけど今は大丈夫。跡が残っていないと振り向いて目を細めて確認する。

まだ、うまくいっている。

街灯に照らされた道ではなく、さっき居た隙間のような小道を選んで走る。

走って走って走り続ける。

当然だ、今自分は追われているからだ。

止まったら一巻の終わりだ。

胸の奥に暴れる心臓が煩い。

夜だからか足を止めて耳をすませば小さな声が聞こえる。

「こっちだ、支部の方に行ったぞ!」

大の男の声だ、そしてそんな声を聴いて思わずに少しだけ口元を吊り上げる。

暖かい成功感が痛む胸を包む。

引っ掛かった、自分が残した偽りの情報に。

彼らは今は存在しない拠点へ向かっているわたしたちを追っているのだろう、と考えると自分の努力が報われた気がした。

なにせ足音をわざわざ違う方向から聞こえるように反射するデバイスも使ったから。

わたしが魔法が使えたらいいのにな、といつも思う。

そしてその想いがそのまま魔法が使えなくても戦えると教えてくれたその方の感謝に変わる。

「っ」

そんな喜びを糧にして再び走り出す。

たまに止まって明りのある方向を確認する。

どんなに急いでも急いではだめだ、と読んだ。

矛盾しているけど、理解はできる、今みたいに追われていても足跡とか自分が不利になる情報を残しちゃだめだ。

自分の情報を隠せ、相手の情報を探れ。

生き残るために情報は必要だ、と読んだ。

何時こんな悪夢から覚めるかはわからない、でも自分はまだ歩ける、まだ生きている、大切な家族の元へ帰るために。

ならば歩き続けよう、まだだ。

失敗する時間は、ない。


今はもう拠点、と言っていいのかわからないがいくつの建物に囲まれ隠された空間に着いたはずの家族たち、そこへ戻る前に敵を惑わす情報を残すという役割を引き受けたのは自分だ。

親友に止められたけどこの役は、情報に関する役は自分が適任だ。

前の時に、この街に、この島に来る前にそんなことを言われなかったのに、と最初首を傾げたがどうやら今回の上司は小心者らしい。

だって、指示に従えばいいのだ、貴様らゴミは、といつも怒鳴れるから、自分たちはもう死ぬっていつも思った。

毎回死んでもおかしくなかった。

そんな世界にわたしたちが生きているのだから。

世界は優しくない、寧ろ酷いなのだと自分みたいな十数才の子供の台詞じゃないといつも思うが。

実際補給らしい補給もないし、文字通り泥水を啜って果物を盗んでみんなで分けた。

そのせいで体は細いしいつも病気だ。まだ死んでいないのが不思議だ。

でもこの島に来て、今の上司の下についたときに状況が変わった。

何もかも変わった。

まずはその上司の態度だ。

どう見てもわたしたちを人間として見ていない上司がデフォルト、なら今度の上司はどうなんだろう、と家族たちと雑談したときに満場一致で言った、どうせ屑だろうと。

でも違った、本当に、予想以上というか、斜め上というべきか。

ここに来てからもう一週間以上立ったのに一度も会っていない、その手下らしきものも声もなにも知らないし会っていない。

本当に上司がいるのか?用済みになったからここに捨てられただけではないかと何度も思った。それで泣いた家族たちを何度も宥めた、自分も泣きたいけど我慢した。

ならなぜその人物は今回の上司とわかったのかというと簡単だ、名前だ。

この島に来る前に読んだ名前と同じで、さらにその最初の通信、手紙は暗号化した上でいつの間にかポケットの中に入っていた。その暗号化も組織がいつも使っている解読表とその人特製の解読表らしきものを正しい順序で使わないと解けない素敵な仕様だ。

正直に言ってわたしたちみたいな下っ端が解けるレベルではない。

だからこそだろうか、わたしが二日を使って解読したら食べ物とかの補給が届いた。

ご褒美、らしい。


「あんたは臆病なのよ」

これは自分と同年の家族であり親友のコメントだがそれは事実だと思っているし自分はこういうのが嫌いではない。以前と違って戦闘では役立たずでもそれ以外に役に立てるし、わたしが成功すれば危険な目に合わずに済むのだから。

意外に自分に向いている仕事だと思う、暗号解読とか情報操作とか。

ま、今回の上司の受け売りだけどね。


最後の跡、空っぽのボトルとか生活の痕跡を残し、偽りの拠点を仕上げる。

偽物を作るなら本物を混じっておけば八割大丈夫、と思う。

これも今の上司が言ったこと、というか指示の手紙に付いている偽物の情報を残す指南みたいなものに書いていた。

自分で書いたのだろうか?

変な人。

生活の必須品、水とか食品とかの残滓みたいなものを見つかりにくい、でも時間をかければ見つける場所に置き、地面の塵を掃いてある程度ここに居たという痕跡を残す。そしてそこから少し離れた所で似たような痕跡を残せば攪乱用の情報の完成だと。

ちなみにその残滓はわたしたちが本当の拠点から運んできたもので、偽物の場所に本物の残滓ってところかな。

噓に八割の真実を混ぜろ、と読んだ。


その指南にある戦場での例を見習って痕跡を残すと敵が面白いように引っ掛かった。最初の成功例はこの島に来てから四日目の出来事で、今になってわたしが休憩している時に大体逃げるための偽情報を考えるようになった。何を残せばいいのか、どこに残せばいいのか。

そう、逃げるの。死なないために、捕まらないために、失敗してもいい生活のために、世界が優しくなくても。わたしたちは弱いから、だから失敗しながら生きていくの。

疲れるけど、でもそのおかけで少し休める日々を過ごせた。

いつもみたいに何も言わないで自分で考えろではなく、日常の必須品もちゃんと与えてくれるし、使える隠れ家とかの情報も手紙に付いている。

なんていうかわたしたちが頑張ったらちゃんとしたご褒美をくれるって感じ。

だから、わたしはその会ったこともない上司をマスターって呼ぶことにした。親友はなんか胡散臭いとか言って嫌っているようだけど。

自分でも安くなったねって思ったけどそれだけわたしは余裕がないと思う。

ワラにもすがる思い、というかもしれない。

ありがとうございました。

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