プロローグ・予知夢
設定難しいですね、投稿って。
世界が色褪せる。
赤が、蒼が、黄が、消えてゆく、残ったのは白、黒と灰。
そんな無色の景色が目の前に広がっていた。
目の前に少女が泣いている。灰塗れの顔に涙が光の線を残して地に落ちていく。
綺麗、というより可愛い顔が涙と血で台無しにされたが、それでもと、彼女は冷静な声で問う。
「・・・やっぱり口封じですね?最初から分かっていました・・・」
そんな少女の確認にかける言葉を持ち合わせていない、かけることもない。
確かにこうなるとわかっていた。
泣いているこの子に事前にしっかりと説明した。
覚悟を決めるように、と。
少女は手を握り締める。そうしなければ恐怖に耐えられないのように、自分を襲う恐怖を無理やり内側に閉じ込めるように。
声は震えながらも冷静さを失っていないが目に恐怖を映していた。
「こうなるって、わかっちゃい、ました・・・」
思えばこの子にいろいろ教えた。
殺さずに生きる方法、殺さずに死なない方法、殺して生きる方法、殺して死なない方法。
その中にこの結論があった。
秘密を守れるのは死人だけだ。大した理論ではないが真理の一つである。
だから彼女を殺すのだ。例え相手は味方でも、情報を守るために排除する。
良くある話だ。
情報は戦闘の要なのだと、敵を知り自分を知り、相応な計画を立てる。
僅かでも勝率を上げるために、自分が死なないために。
そして自分の一番大事な情報の一つを知っている、いや、知ってしまったではなく自分でその答えにたどり着いたこの少女が情報を漏らさせないためにその命を奪う、つまり殺すのだ。
例えこの前にこの手で助けたとしても、やるしかないのだ。
用済みの駒を捨てるように、蜥蜴が尻尾を切り捨てるように、この子を殺す。
五年前のように失敗するのは御免だ。もう次がない。この体が、持たない。
だから今度は失敗する理由を隅から隅まで潰す、敵の選択肢を潰す、できるだけ少ない役者を舞台に引き寄せて、未来を限定させる。
ただ失敗しないために。臆病者らしく。
だから味方になった目の前に居る少女を殺してまで、失敗する可能性を排除する。
失敗というのはこういう小さな所から来るものと、知識にある。経験もある。
裏切り、と言われてもいい、怒られてもいい、恨まれてもいい。
実際彼女も了承したことだ。
彼女が自分を取り巻く世界を裏切った時に彼女にこう言った。
「他人を信じるのはいいがそれを理由に裏切られる準備をしないのはだめだ。人間らしく他人を切り捨てる準備をしろ、覚悟を決めるんだ。例え、相手が誰であろうと。自分が守ったものでも、自分を守ったものでも。」
例え、相手は自分であろうと、命の恩人であろうとも。
「・・・わかりました、マスター。」
その時、彼女は寂しそうな眼をしていた、気がする。
幼いその顔から目を逸らした。
自分の目的のために人を殺すのは罪だと、一般論は言う。
悪だ、と。
だが、自分には関係ない。
なぜならこれは自分のためではない、他の人間のためでもない、そもそもこうする理由は存在しないのだ、最初から。
強いて言えばこれは生存本能で、現象だ。現象に理由を問いても仕方がない。
行動する理由もないのに行動する、普通ではないこの行動こそ自分は欠陥品であることを証明している、産み落とされたものとしてはどうしようもない咎だ。
だからこそ、そのせいで死にかけた彼女のためにも自分は止まらない。現象が止まるのは決まって自壊するときなのだ。ならばこの身が壊れるまで歩き続けよう。
前に進むではなく、後ろに下がるのでもなく、新しい道を探すのでもなく。
「わた、し、は・・・」
少女は呟いて俯いた。
少し長い前髪が目を隠し、表情がよく見えない。
いつも彼女が方から顔を上げたから。その仰ぎ見る顔には笑顔が浮かんでいた。
その表情が、見えない。
たぶん、見てはだめだろう。見せたくないのだろう。
女は難しい、そう思った。
だからついさっきまで笑顔を浮かべたその顔を自分は見ない。
見ないように殺す。
自分の同類を、殺す。
同類になってしまったこの子を。
よって狙いはただ一つ。
人を殺すのにもっとも簡単な方法は心臓を潰すことだ。
いや、そもそも人を殺すというのは簡単なことだ、ある意味井戸から水を汲むよりも。
首を切る、動脈を切って失血させる、窒息させる、背骨を折る、ショック死。
とにかくいろいろだ。その全てを一通り自分の体で試したから間違いない。
だが効率的な方法はやはり心臓か頭を潰すことだろう。
しかし頭は小さすぎるから狙い辛いし、頭骨は意外に硬いし武器が駄目になるかもしれないし、胴体を両断するために必要な労力と結果が釣り合わない。
だから心臓を狙う、一番効率的だからだ。
あばら骨に気を付けば子供でも大の大人を殺せる。何より頭を潰すより首を切るよりきれいに殺せる。
「・・・かった・・・」
自分は沈黙のまま彼女の心臓を突き刺した。ゆっくりと赤い血が流れ出し服に染みが広がる。
そのまま手を引くと血が滝のように流れ出し、二人を赤く染め上げた。
命を象徴する血から温もりが伝わってくる。
そして血だけではなく、その小さなの体の温もりを直接に感じた。倒れていく細い体を受け止め、その頭を、撫でる。
その資格はないだろうと、優しくなでる、何時かの夜の時のように。
彼女を血塗れた手で腰に回して抱きしめる。
もうすぐ死ぬのに少女は叫ぶことなく、少し悲しい表情でこっちを見上げる。
自身が死ぬことが悲しいわけではなく、殺したこっちが哀れているのだろう。
今でも辛くないと言いたいかのように無理やり顔の筋肉を使って笑顔を作ってる。
その笑顔は歪んでいるのに、いつものように優しかった。
やはり彼女は優しすぎるのだ。
「やっぱり、マスター、は、笑った、ほう、が、わたし、スキ、です。」
ゆっくりと、彼女は両手を上げて自分の頬を手で包む。
その柔らかい手はもう震えていなかったが、冷たかった。
もう力が出ないのに固まった頬を動かして笑顔を作ろうとする。
だから、自分も笑えようと、した。
そうしないと心配させてしまうから。
嬉しい、の笑顔って、どんな顔、なのかな?
あの時、教えてもらったのに。
忘れた、みたいだ。
景色が歪んでゆく。
この断片の、夢の終わりを教える歪み。そして意識が灰色の水底へ、沈んで行く。
これは夢だが、手の感触は嫌になるほどリアルだ。
実際人を殺したことのある人間にしか分からない特別な感触。最近ご無沙汰したこの感触は、なのに昨日の出来事のように明確に思い出せる。
忘れたと言わせない、とでも言うかのように、両手を縛る。
もうすぐこれは夢ではなくなる。
彼女を、殺すことになる。彼女を、殺さなければならない。何のためになのかも思いつかずに、ただその儚き命を奪う。
定められたレールを走る車のように。
その命は無意味だ、と宣言するかのように。
その未来だけは変わらない。変えたくても変えられない。
命を奪っているこっちのイノチの方が無意味だというのに、止まらない。
世界は色付いていく。
赤が、蒼が、黄が。
帰ってくる。
これは、夢。
予知夢、と呼ばれる碌でもない欠陥品の欠陥だ。
また失敗する。
また失う。
また。
ああ。
救いがないな。
ありがとうございます。