(10)
今度は誰にもぶつからないよう、細心の注意を払って――と。
目的の場所が近くなってきて、おれはふうと大きく息を吐いた。
……あれ? 人だかりが出来ている?
すごいな。この前来た時には、こんなに人気の店じゃなかったはずなのに。
まさか美結さんが目当てじゃって思ったけど、見たところ若い女の子ばかりだし、やっぱりみんな甘いものが好きなのかな?
おれはあまり得意ではなくて、でも、美結さんが甘いもの好きだし同じ感覚を共有したくて、少しでも好きになろうと努力はしているんだけど。
不思議と、美結さんが作ってくれた甘いもの(?)は小さい頃から食べられたんだよね。
なんでだろう?
ふふ、と思わず笑みがこぼれてしまったら、「はうあ……っ」「ふああああ」「もう無理……」っていろいろな声が聞こえてきて。
「?」
敵意も悪意も感じないから、何かしらの対処は必要なさそうだけれど。
ゆっくり見渡してみれば、隣の人にもたれかかっていたり、腰が抜けたのかその場で座りこんでいたり、焦った誰かにどこかへ連れていかれていたり。
急に、体調でも悪くなったのかな?
手を貸した方が良さそうだ、もし必要ならすぐに治療を、と思って近づこうとすると、みんな示し合わせたようにどこかへさささと立ち去って行ってしまう。
えっと……
移動ができるってことは、大丈夫ってことかな?
救助者どころか誰もいなくなってしまったし、とりあえず本来の目的を果たそうと、おれは店に向かうことにした。
十人くらいの列の最後尾に並んで、近くの窓から中を覗きこんでみる。
あれ?
ところどころ空いた席が見えるし、店内が混みあっているわけではなさそうだ。人の出入りもそれほどあるわけじゃないし、どうしてこんなに並んでいるのかわからない。
聞いた方が早いかな?
前に並んでいる二人組の女の子。見た感じ、美結さんと同じか、もしかしたら年下かもしれない彼女たちに、「あの、ちょっといい?」と声をかける。
「えっ」
「ひ……っ」
振り返ってきた二人が、おれを見て絶句する。
しまった。いきなり知らない男に話しかけられて、怖がらせてしまったかもしれない。
おれは、慌てて笑顔を作ると。
「あ……、急に声をかけてごめんね。きみ達、ここでどれくらい並んでいるの?」
「いいいい、いいえ! なな、並んでいるわけでは!」
「どど、どうぞお先に!」
「え、でもきみ達は……」
「わ、私達は、通りすがっただけなので! 気にせずに、どうぞ」
「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて」
通りがかっただけなら、先に行かせて貰っても問題はないかな?
「ありがとう」と二人にお礼を言うと、右側の女の子が額に手を当ててフラッと倒れこんでいく。
「はうぅ……」
「! ちょ、ちょっと!」
左側の女の子が、慌てて隣の子を支える。
反射的におれも両手を伸ばして、「きみ、大丈夫?」と声をかけると、左側の女の子が「だだ、大丈夫ですから!」と代わりに答えてきた。
「昨日、あまり寝つけなかったって言ってたし、ただの寝不足だと思うので!」
寝不足?
そう聞いて、あまり思い出したくない過去がよみがえってきたおれは、苦いものを浮かべた。
「そうなんだ。駄目だよ、寝不足は。おれも身に覚えがあるからさ、いろいろ大変なことになる前にちゃんと寝るように伝えておいてね?」
「は、はいぃい。じゃ、じゃあ私たちはこれで」
「お大事に」
「し、失礼しますうう……!」
左側の女の子が、右側の女の子を引きずるようにしてどこかへ立ち去っていく。
寝不足か……。おれも前科があるし、気をつけないとな。
「……あれ?」
気づけば、並んでいたはずの人だかりは消えていて。
きょろきょろと辺りを見渡してみても、その場にいるのはおれだけのようだった。
いつの間にか、みんな中に入ったのかな? なら、次はおれの番だけど……
ここに、かか彼女が――
そう思っただけで、おれの全身が徐々に強張ってきて、自分でも動きがぎこちなくなってくるのがわかる。冷えてくる指先と、喉がじわりと乾いて貼りつく感覚。
ああ、そうか。
「これが、緊張か……」
口にして、さらに実感する。
こういうときくらいしか感じたことがないし、あまり慣れていないから、ちょっと自信がないんだけれど。
深呼吸を繰り返すのと同時に右手を握って開いて、具合を確認して。うん、少しはマシになったかな?
よし、行こう。
「いらっしゃいませ――」
緊張しながら店内に入ると、そんな声。
昨日からずっと耳にしたくてたまらなかった声に、自然とおれの目が引き寄せられていって、その持ち主にぶつかる。
思わず口元が綻んでしまうのが自分でもわかるけど、引き締められるわけがない。
「お、お好きな席にどうぞ」
彼女らしい、引きつったような笑い。すぐに視線が逸らされて、店の奥の方へと移動していってしまう。残念だけど、仕方がないか。




