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『い、いや、そのあの……っ』

『そんな顔をされたら、おれだってどうしていいかわからなくなるのに』


 真っ赤なりんごみたいになった、美結さん。

 どんな味がするんだろう? 食べて、みたいな……


 惹かれるように、おれは彼女に指を伸ばしていく。


『ひ、うひぃいいいい!』


 触れるか触れないかの位置にあった唇から、そんな奇妙な音が飛び出していって。

 不意をつかれて動きを止めたおれは、目を何度も瞬いてから、ぷっと吹きだしてしまった。


『って美結さん、なにその声。そんな変わった声でもかわいいのは……、ふふふっ。卑怯すぎるでしょ』

『……っきみは、なんでいつもいつも、そういうことをサラリと……!』

『美結さんだから。そんなの、当然じゃないか』


 おれは別に、感じたことをそのまま伝えているだけなのに。


 不思議に思っていると、美結さんが『~~~~っ』と声にならない声をあげて、ビシッとおれの方を指さしてきた。


『つ、ついこの前まで8歳児だったなんて、やっぱり嘘でしょーー!』

『え? なら、確認してみる? それなりに鍛えてはいるし、身長も伸びたから、もうあの頃とは全然違うはずだけど。美結さんになら――、その、は、恥ずかしいけど……お、おれのぜ、全部を見せてあげる』

『! けけけけけけ、けっこ……です!』

『え? 結婚? も、もちろん! 美結さんとなら、いつでもよろこんで!』

『ちちちちちがああう!』

『あ、でもおれの裸なんて、一緒に生活している間に何度も見る機会があっただろうし、そう珍しいものでもなくなったんじゃない? さすがにもう、見慣れちゃったよね』

『なな、なんでそんな残念そうなの? み、見慣れてないし! おおお同じ部屋にいても、違うとこ見てたし! てか、さっきから私の話、ちゃんと聞いてくれていますか……!?』

『もちろん、聞いてるよ。美結さんとの結婚なら、いつでもよろこんで』

『やっぱり聞いてないじゃない!!』


 至近距離から、ぬいぐるみが投げつけられてくる。

 ボフ、とそれを胸元で受け止めているうちに、美結さんはソファーから立ち上がって、その場で地団駄を踏み始めていた。


 なんでそんなに悔しがっている(?)のかわからないけど、とりあえずかわいいから観察しておこう。観察日記、また再開しようかな? なんて、ぬいぐるみを元の場所に戻しながら考えていると。


 あ、目が合った。

 ニコ、と微笑むと、さらに『むきぃいいい!』って叫び出されてしまって。


 なんだこれ、超かわいい。


『と、とにきゃ……かく! また無理して、倒れたりしないでよね!』

『そう言う美結さんの方こそ、変なトラブルに巻きこまれがちな体質なんだから、十分に気をつけてね』


 もう一度、確認するようにおれを指さしながら移動していく美結さんについて、おれもソファーから立ち上がった。


 色とりどりの料理が並んだテーブルのいつもの席に腰を落ちつけると、向かい側に座った彼女が両手を広げてくる。


『そ、それは確かに否定しきれないけど! ま、まあ、いいわ。ほら、冷めないうちに一緒に食べましょ。きみが来てくれるって言うから、…………んだから』

『え?』

『な、何でもない! さあ、どれから食べようかなあ。ムフフフ。どれもこれも、自信作なんだから!』

『……うん、そうだね。確かに、どれも美味しそうだ。頂きます』


 おれがまず最初に手にしたのは、一番近くに置いてあった、紫の輪になった野菜みたいなものに、黄色い果肉のようなものが――


 ドンッ、と衝撃が全身に伝わってきて、おれはハッと我に返った。


「! す、すみません。ちょっと、ぼうっとしていて」


 反射的に伸ばしていた右手が、ぶつかった相手の背中を抱き留めていて。


 灰色の髪を一つにきれいにまとめた、細身の女の人。背中が少し曲がっていて、温和そうな顔立ちは、おれのおじいちゃんを彷彿とさせる。


 おれはそっと支えながら、「大丈夫ですか、おばあさん」と声をかけた。


「ああ、こちらこそすまないね。あいたたたた……」

「どこか怪我を? 少し、失礼しますね」


 おれは、おばあさんが押さえている患部に巻き戻りの力を使いながら、抱き上げる。すごく軽くて、おじいちゃんもこんな感じだったのかな? と頭をよぎっていって。


 そういえばおれは、おじいちゃんに何もしてあげられなかった。おだやかな微笑と一緒に、貰ってばかりだったな……


 「おやまあ」と目を丸くするおばあさんに、おれは笑顔を向けた。


「どちらに行かれるつもりでしたか? このまま、お送りします」

「あらあらやだやだ……そんなの悪いわあ。その服、お城の騎士様じゃないのかね」


 おばあさんの指摘に、おれは「ええ、そうです」と頷く。


「でも、おれのせいで怪我をさせてしまったので、せめてお送りするくらいはさせてください」

「お仕事とかで、急いでいたんじゃないの? 私はただ、娘と孫娘の顔を見に行くだけだから、そんなに急いでいないのよ」

「そうなんですね。おれも任務で急いでいたわけじゃなくて……。あ……っと、せっかくなので案内して貰ってもいいですか? 確か、こちらの方に向かっていましたよね?」

「ええ、そうだけれど……」

「気にしないでください。じゃあ、ゆっくり移動しますから」


 そう伝えて、おれはなるべくおばあさんの負担にならないように歩き始める。


 ごめん、美結さん。

 少しだけ、会いに行くのが遅くなりそうだ。

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