(5)
この国に戻ってきて、おれは美結さんの家に寄ってから城に戻ると伝えると、じゃ先に行っているぞとさっさと移動を始めた背中を見送ったのがついさっきのこと。
イレイズは、「あら、そうなの?」と頬に手を当てた。
「おかしいわね。まだ、帰ってきたという報告は受けていないわ」
「そうなんだ。また勝手に、どこかで休んでいるのかもしれないね」
「……仕方のない子ね、もう。ただでさえ、エレメンタルナイツは人数が少ない上に、今は一人欠けている状態だから、人手が足りなさすぎて困っていることばかりなのに。もっと熱心に業務に励んで貰わないといけないわね、とても心苦しいのだけれど」
ふう、と悩ましげに吐息を漏らしたイレイズが、どこからか分厚い書類の束を取り出して、ドンッ――と執務机に置く。
それを誰に回すつもりなのか容易に想像がついてしまって、おれは苦笑した。
逃げられないようにするため、だろうけど。
まあ、自業自得かな?
書類の束を下から上へと眺めていたイレイズの青い瞳が、今度はおれの方に流されてくる。
「帰ってきて早々で悪いのだけれど、アキト。あなたにも、次の仕事を頼んでも良いかしら?」
「もちろん。次はなに?」
「ふふ、助かるわ。じゃあ、ちょっとこちらに来てくれる?」
イレイズに手招きされておれが近づいていくと、机に広げられる世界地図。そこの一点を示しながら、彼女が次の仕事の説明を始める。
「――で、ここまで出向いて欲しいの」
イレイズが指している場所と、その周り、そしておれの能力の範囲を照らし合わせて、おれは最短のルートを頭の中ではじき出すと、とある街のところをトントンと人差し指で叩いた。
「なら、ティグローで馬を借りて移動するのが一番早いかな?」
「そうね。ティグローに寄るのなら、その近辺でもう二つほど頼みたい案件があるのだけれど」
「なに?」
イレイズが、封筒に入った書類を差し出してくる。
受け取って中身を確認してみれば、一つは付近の捜索。それほど人が踏み入っていない地域も対象になっているようで、何が起きるか不明なこともあってそれなりの戦力が欲しいんだとか。もう一つは、ある場所からある場所までの護衛の依頼だけど。
捜索はまあいいとして、おれはイレイズに問いかけた。
「ただの護衛なら、ティグローに駐屯している兵士たちに任せたらいいんじゃないの? そんなに、危険な道中にはならないと思うんだけど」
「普通はそうでしょうね。でも今回の場合、重要なのは護衛対象の方。恩というものは、売れるときに売っておいて損はないでしょう?」
「ああ、そういうことか。了解」
「さすがね、アキト。理解が早くて助かるわ、ふふっ。取りかかる順序や方法に関しては、あなたに一任するから。でも、あまり手荒な真似はしないようにね」
手荒な真似、か。
この前のティグローの騒動みたいなことが起きなければ、大丈夫だと思うけれど。
「善処はするよ。じゃあ、早速行ってくる」
「あなたの働きに期待しているわ。くれぐれも気をつけてね、アキト」
「ありがとう。それじゃ――」
そう言って、おれはイレイズに背を向けると部屋の出入口へ移動した。
おれの部屋に戻って、いろいろと準備をしないと。
今後の予定を、頭の中で組み立てていると。
「あ、それともう一つ」
「ん?」
イレイズの声に、おれは扉の取っ手に手をかけながら顔だけで振り返った。
「夕方くらいに団長が戻ってくるそうだから、それに合わせて定例の報告会をやる予定よ」
「団長が? わかった。それまでには戻るようにするよ」
「お願いね」
その言葉に頷くと、おれはナイツの部屋を立ち去った。
夕方。
イレイズから依頼された仕事を全部クリアして、おれは城に戻ってきた。
団長が帰ってくるって聞いていたし、早めに終わらせたんだけど、どうやら訪問先で捕まったらしく、遅くなるとつい先ほど連絡があったそうで。
また宴会にでも誘われたんだろうな、とおれは苦笑してしまう。
空いた時間にナイツの執務部屋で残務処理や書類整理をしながら、「これが一通り終わったら、少し休憩してきてもいいかな?」とイレイズに尋ねると、「ええ、もちろん。いってらっしゃい」と笑顔で返された。
「……よし、こんなものかな」
最後の書類にペンを走らせて一息ついた背後から、サリューの「はああ!?」という絶叫が響いてきて。
振り返ると、ようやく戻ってきたらしいサリューに、イレイズが笑顔で書類の束を渡しているところだった。
あ。昼に用意していたやつだ、あれ。
「本当に全部こなしたのか、あいつ」って聞こえてくるけど、おれに割り振られた仕事はきみの半分もないんだけどね、サリュー。
「ご愁傷様」
イレイズとサリューの会話を背後で聞きながら執務部屋を抜け出して、冒頭に戻るわけなんだけど。
『私、明日から元の世界で言うところのアルバイトに行こうと思っているの』
つい、この前。久しぶりに早く帰ることが出来て、かか彼女の家に立ち寄ったときに切り出してきた、かか彼女の言葉が蘇ってくる。
突然のことに、おれは夕食の手伝いの手を止めて首を傾げた。




