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(3)

「淹れたての紅茶にンな大量にミルクを入れたら、紅茶どころかミルクティーすらも通り越した別物になっちまってるんじゃねえのか、それ。しかも、こぼれかけているぞ」

「あ、ほんとだ。まだ、そんなに入れていないと思ったんだけど」


 おれは傾けていた瓶を元に戻してから、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。

 二杯目はもう少し紅茶の量を減らした方がいいかな、なんて考えていたら、「おいおい」と嘆息するのが聞こえてきて。


「それじゃ、お子様仕様のぬるいモーニングミルクティーどころか、ただの微妙な温度のミルクだろうが」


 ティーカップを口に当てながら、サリューが指摘してくる。

 おれも同じようにティーカップを持ち上げて、口元に持っていく。


「朝は、ミルクをたっぷり取るのが習慣になっちゃってて」


 一口飲むと、広がるミルク一色の味とほんのちょっとだけ紅茶の風味。

 うん。ちゃんと紅茶だ。


「あー言われてみれば、そうだな。今更だが、ナイツで朝食を摂っているときもミルクばっかり飲んでたな、おまえ。何か意味でもあるのか?」


 尋ねられている途中で、軽食が運ばれてきた。「お待たせしました」と、カートを押してきた女性の店員さんが笑顔を向けてくる。


 サリューは「ああ」とそっけない返事で、あごを引くだけ。

 おれは「ありがとう」と感謝の気持ちをこめて、店員さんの目を真っすぐに見た。


 挨拶は、相手の目を見てちゃんとしないとね。

 小学校でもそう教わったし、かか彼女にも注意されたことがあるから、気をつけるようにしてる。


 すると、店員さんの肌という肌が見る間に真っ赤になっていく。口をパクパクさせていたかと思うと、おれが「どうしたの、大丈夫」と声をかけるよりも先に、すごい勢いで店の奥へと戻って行ってしまった。


 え、あれ……?


 ぽつん、と残されたカート。

 どうしてこうなったのかわけがわからなくて、サリューの方に目を向ければ、「あーあ」という顔を返される。


 「おれ、何かした?」と視線で問えば、「知るかよ」とばかりに目を逸らされるし。


「あ、忘れていたものでもあって取りに行ったのかな?」

「違うと思うぞ」


 閃いた予想も半眼のサリューにあっさりと否定されて、やっぱり疑問だけが沸いてくるけど、さっきの店員さんがすぐに戻ってくる気配もなさそうだし、仕方ないとおれは置き去りのカートから軽食をテーブルへ移動させた。


 色とりどりの野菜サラダとハムエッグ、それにきれいな焼き目のついたトースト。

 早速、トーストにたっぷりのジャムを塗り始めるサリュー。


 おれはまず、ハムエッグにナイフを入れながら、さっき聞かれていたことを何となく思い出して。


「さっきの、ミルクをたくさん飲む意味についてなんだけど」


 そう切り出せば、トーストにかじりついていたサリューが「ああ、そういえば」と親指を舐めあげる。


「そんな話もしていたな」

「うん。意味というか……、もっと背を伸ばしていい男にならないといけないからさ」

「はあ? 背なんて、オレとそう変わらないだろ? それだけありゃあ、十分じゃねえか」

「いや、おれなんてまだまだだよ。もっといい男になって、美結さんが望んでくれるような彼女に相応しい男にならなきゃいけないんだ」

「……あのチンクシャ女、どんだけ男の理想が高いんだよ」


 盛大なため息をついたサリューが、やれやれといった様子で前髪をかきあげる。

 理想? そういえば、ちゃんと聞いたことがなかったかもしれない。


 『10年くらい経って、あっくんがめちゃくちゃカッコイイ男の人になっていたら』。

 初めて、求婚したときに出された条件。それが、かか彼女の理想だって、勝手に思いこんでいたけど。


 あれから、一応は10年経った。

 きみの理想に、おれは少しでも近づくことが出来たのかな――?


「なんだかんだで、上手くやっているようだな」

「えっ? あ……、うん」


 上手く、やって……?

 そんなことを聞かれて、なんとなくこれまでのことを振り返ってしまう。


 ! ちょ、ちょっと待った……!


「なんだ? 急に口を押えて、黙りこんだな」

「いや、だって……。ナイツの仕事を終わらせてあの家に行ったら――、ずっと憧れていた女性ひとが待っていてくれるんだよ? それだけで奇蹟だと思わないか、サリュー」

「……知らねえよ。仮にそうだとしても、奇蹟のくせに簡単に起きすぎだろうが。そんだけ起きまくっていたらもう奇蹟じゃねえよ、それ」

「奇蹟じゃ、ない……!? そ、そっか。奇蹟も積み重ねていけば、ありきたりな日常になって、ごく普通の当たり前になっていくってこと?」

「オレに聞くな」


「じゃ、じゃあ、奇蹟が当たり前になった世界で、当たり前だったことが奇蹟になるのが、それが普通の日常なのだとしたら、え、あれ……? 美結さんとの出会いは、ごく普通の奇蹟だった……?」

「……何言ってんのか、まったくわかんねえよ。てかおまえ……、相変わらずあの女が絡むとからっきしのポンコツになるよな」

「ああああ。思い出しただけで……、駄目だ……」


 いろいろな美結さんが、目の前に浮かんでは消えていく。一気に恥ずかしくなってきたおれは、両手で顔を覆った。

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