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 10年前は、こんな感情なんて知らなかった。ただ、一緒にいるだけで嬉しかったし、楽しかったし、ドキドキしてしょうがなかった。

 笑っているところを見るのも好きだったし、ちょっと悪戯して困らせるのも、変わった挙動に吹きだしてしまうのも、全部全部。


 たぶんあの頃は、どうしてドキドキするのか、完全には理解していなかっただろうけど。

 ――ドキドキするのは今も変わらないか、とおれは小さく笑った。


 でも、ナイツの仕事は不規則なものばかりで、毎日決まった時間に帰れるわけじゃないから、かか彼女の家に立ち寄れない、会えない日ももちろんあって。


 前に、かか彼女を初めてこの世界に連れて来たとき、おれの力不足のせいで一人にしてしまって、寂しい怖い思いをさせてしまった。それなのに、おれは……

 だけど、ナイツの仕事もやりがいがあるし、頼られるのももちろん嬉しい。この力がだれかの役に立てるのなら、これ以上幸せなことはない。この力は――、本来なら忌むべきもののはずだったから。


 どうしようもないやるせなさが込みあがってきて、それを振り払うようにおれは足を速めていくと、いつの間にか目的の場所へ向かって走り始めていた。




 6.2、彼のとある一日




 朝。


「! おい、アキ! そっち行ったぞ!」

「了解。仕留める」


 サリューの緊迫した声に答えてから、おれは腰につるしていた剣を引き抜くと、その勢いのまま横に薙ぎ払った。断末魔と一緒に消えていく黒い影を突っ切るようにして、跳躍。炎に包まれた槍を構えたサリューの後方へ、おれは着地した。


 サリューが背中合わせで、「ははっ」と楽しそうに笑うのが聞こえてくる。


「ようやくお出ましのようだな」

「そうだね。朝までこの辺を張っていた甲斐があったよ」

「とっとと終わらせて、熱いモーニングティーでも飲みに行くとしようぜ」

「同感だけど、熱いのは苦手だな」

「じゃ、おまえはお子様仕様の、ぬるいやつ……な!」


 サリューの手にした炎の槍が、轟音を引き連れて一閃される。


 『行き交う商人や旅人たちを容赦なく襲う黒い集団を何とかして欲しい』。

 一般兵たちから上がってきて、イレイズから正式に受けたこの依頼、とりあえずこれで完了でいいのかな?


 前もって聞いていた情報から野盗の類かと予想していたけど、動きがどうも――


「そういやおまえのその剣、だいぶ鈍らになってきてんじゃねえか? いつから使ってんだよ、それ」


 背中越しにサリューに指摘されて、「え?」とおれは自分の剣を凝視した。

 記憶を遡ってみるけど、漠然と浮かんできたのはどこかで拾ったんだっけ? それくらいしか思い出せずに、おれは首を振る。


「いつだったかな……ごめん、覚えがない。でもまだ、全然使えるから問題ないよ。戻ったら、久しぶりに手入れでもしてみようかな?」


 襲いかかってきた黒い影を横に薙ぎ払って、柄を握りなおす。


 言われてみれば、この柄の部分もだいぶすり減っているような気がする。手に馴染みすぎて、滑りも悪くなってきているし――そんなことを思っていると、「はあああ」と大きくため息をつかれるのが聞こえてきて。


「手入れというか、おまえの場合ただ元の状態に戻すだけだろ?」

「うん。まあ……、元の状態をきちんと記憶しておかないと、完全には無理だけどね」

「ンな不安定なものに頼るより、おまえの場合はもう少しマシな得物を持ったらどうだ? その方が切れ味も良くなるだろうし、長持ちもするだろ」

「うーん? 剣は使えたらそれでいいし、道具にそれほどこだわりはないんだよね」

「はっ、そーかよ。相変わらず、自分のことに関しては希薄すぎるくらいに無頓着だよなあ、おまえ」


 そう言って、サリューがおれの背中をばねにして高く跳びあがった。


 そんなに、切れ味が悪くなっていたかな?

 疑問に思いながら、自暴自棄になったようにこっちに飛びかかってきた黒の一体を切り伏せる。


 ――確かに、剣を振るったときの手ごたえが、斬るというより殴るという感覚に近くなっている気がするな。別に屠れればどちらでも構わないけど、慣れない反動でそこからの動きに支障が出ないとも限らないか。


 能力を使うより、新しい剣を適当に見繕った方が早いかなと少し面倒に感じていると、サリューの雄たけびが耳に響いてくる。

 次の一撃で決めるつもりだ、と思ったおれは大きく後方へ跳躍した。


炎燼一閃衝爆震波フレイムバーティストウィーバー!!」


 その瞬間、眼下の大地が一瞬で炎の海に包まれていった。


 一通りの制圧を終えて、町に戻ってきたおれとサリューは、休憩がてら入口近くのオープンテラスになっているカフェに入って、モーニングティーと軽い朝食を頼んだ。


 客はおれたちだけのようで、すぐに運ばれてきたティーポットと二つのティーカップ。

 サリューは砂糖を山盛りで二杯。おれは、紅茶と一緒に頼んだ瓶に入っているものを何の疑いもなしにドバドバと投入していく。


「……なあ」

「ん、どうかした?」


 テーブルに頬杖をついたサリューが、じとっとした眼差しをこちらに向けてくる。

 おれのティーカップ――淡い赤茶色だったはずの中身は、気づけば真っ白に変わっていた――を指さして。

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