(7)
「嫌い、なんだ」
「だ、だれもそんなこと言ってないじゃない!」
「だれって、だれ? それが美結さんっていう保証は、どこにもないし」
「うわ……、いきなりネガティブサイドにおちたわね」
「もともと、そんなにポジティブな方じゃないし」
「常にキラキラオーラをまとっているくせに、なにをおっしゃいますやら」
「キラキラオーラ?」
「キラキラしているオーラ」
「そのままだね」
「うん、私が見ているそのままだもの」
「おれのこと、嫌い?」
「……また、戻ってきたわね」
「答えてくれないってことは、やっぱり……」
みるみるうちに悲しさMAXの表情になっていく秋斗くんに、私は耐え切れずに叫んでいた。
「ああもうっ、嫌いなわけないでしょ!?」
一歩前に進み出た私の手が即座にとられ、彼のさわやかキラキラ笑顔が迫ってくる。
これ! これよ、キラキラオーラ!
って、し、しまった……!
「よかった。じゃあ、いいってことだよね?」
「い、いいって、なにが!? てか、変わり身はやっ」
「おれと結婚してくれても」
「だから、なんでそうなるのよ!!」
にぎられていた手をふりはらって、私はそのまま頭をおさえた。
ああああ、もう! なんなのよ!
私だけこんな悶々としているなんて、だんだん馬鹿らしくなってきたんだけど!
そもそもですよ?
プロポーズは何度もされたけど、なんでこのひと私と結婚したいの?
家が金持ちってわけでもないし、親がお偉いさんというわけでもない。結婚したところで、メリットがあるようにも思えない。
なんか、どうでもよくなってきた!
「だって美結さん、おれのこと嫌いじゃないんでしょ? だったら、す、好きってこと……」
「ええ、そうよ!」
気づけば、私はそう口走っていた。
あ。
「……え?」
固まる秋斗くんに、私は「な、なによ」とあわてて言いつくろった。
「いいでしょ、別に」
「えっ、あ、うん……」
ハッと我に返った彼が、さっきまでの余裕ぶりはどこへいったのか、そわそわした態度になる。藍色の瞳が所在なさげに宙をさまよって、ようやく私をとらえた。
「じゃ、じゃあ、本当におれと結婚してくれ――」
「結婚はまだ無理!」
「どうして? おれのこと、好きになってくれたんじゃないの? だったら……」
切なげにゆがんでいく秋斗くんの整った顔に、私はビシッと指をさした。
「き、きみにとっては、たぶん残念なお知らせがあります! 耳をかっぽじって、よーくききなさい!」
「残念な、て……」
秋斗くんの表情が、一瞬で凍りつく。
今にも崩れていきそうなそれに、少しだけ罪悪感がわくけど、ええい! もう、どうにでもなれ!
決意をこめて、私は彼を真っすぐに見つめ返した。
「きみのこと……! す、好きを通り越して、だ、だい……きになっちゃいましたから! だから、あの宣戦布告は無効になるはずでしょ!? 好きになったらっていう条件だったし、つまりきみとは結婚できな――ひゃあっ!?」
我ながら情けなさすぎる悲鳴が、飛び出してしまう。
だ、だって、いきなり抱きしめられるなんて、思わなかったんだもの!
「……だ」
耳元をかすめていったそれに、私の全身がさらにこわばっていく。
「好きだよ、美結さん。ずっと前から、もうどうしようもないくらい……、きみのことが大好きだ」
「わ、わ、わかったから! わかったから、こんなところで、だだっ抱きついてこないで……! 耳元で、甘ったるくささやいてこないで……! 耳がっ、とけるっ、から……っ」
「じゃあ、こんなところじゃなかったらいい?」
「そそ、そういう問題でもないでしょうがっ」
楽しげに笑う声に、私は必死に反論する。
ここでもどこでもそこでもあそこでも、こういうことは勘弁してください……っ。
もぞもぞと逃げ出そうとするけど、逆に強く抱き寄せられてしまって、もうどうしていいのか……
「美結さん」
急に名前を呼ばれて、私の肩がおもしろいくらいにはねあがる。
「な、なに?」
「いろいろ……、可愛すぎ」
「っ!? ばばっばっだれがっ」
思いっきりかみまくるし、自分でもなにが言いたいのかよくわからないし、なんなのよお。
あきらめと同時に脱力していくと、頭の方も少しは落ち着いてくれたのか、回転してくれるようになる。
えっと。ちょっと、信じられないんだけど……
「……秋斗くんって、私のこと好きだったの?」
「そうだよ。八歳より前から、ずっと。って美結さん、もしかして気づいていなかったの?」
「全然」
「じゃあおれがどうしてきみにプロポーズしたのか、わかっていなかったの?」
「全然」
「自分で言うのもなんだけど、おれの態度って結構わかりやすかったと思うよ?」
「全然」
「……プッ、クククッ」
背中を丸めた秋斗くんが小さく吹きだし、それはいつしか大きな笑いに変わった。
い、意味わかんないし!




