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(6)

 あれから、どれくらい経ったんだろう?


 今日もいつものように制服に着替えて、朝ごはんを食べて、準備をしてから自宅をあとにする。

 変わらない日々に帰ってきて、こっちも変わらない二軒隣の家。


 あっちの世界の出来事とか、やっぱり夢だったのかな、なんてぼんやりと考えていたら、制服のポケットからすっかり忘れていたあんこ飴がでてきてラッキー! と、早速つつみをとってパクッと口の中へ。


「おいしー。幸せー」


 ゆるむ頬に手をあてながら、私は慣れたように通学路を歩いていく。


 そういえば――、どうしているのかしら?

 あまり思い出したくないんだけど、つい浮かんでしまった藍色の眼差し。


 あれから、全然会っていない。私からはコンタクトが取れないんだし、たまには会いに来てくれてもいいと思うんだけど、な。うん、たまには。……声くらい、ききたくなるじゃない。

 ちょっとだけらしくない感傷にひたっていると、ふと気づいて私は足をとめた。


 ちょうど、そう。ここは、ゆるやかな坂道になっている中間地点のあたり。


「結婚してください」


 その場所で、私は久しぶりにそのセリフをきくことになったのだった。




「――あの、誰かと間違っていませんか?」


 私の問いかけに、彼は不思議そうな顔をしてから小さく笑った。


「いや。きみは、相原美結さんでしょ?」

「そうですけど……、どうして私の名前を知っているんですか?」


 そういえば、あのときはあからさまにあやしく思ったんだっけ。

 それはそうだよね。だれだかよくわからないひとから、いきなりプロポーズされたんだもの。


「幼なじみだからね、きみとおれは」


 徹夜した次の日に直視するのがつらい太陽のような笑みと一緒に、彼が答えてくる。

 私はあきれながら、かばんをもたない方の手を腰にあてた。


「――よく、覚えているわね」

「フフッ、美結さんこそ」

「それはそうよ。衝撃的だったもの、いろいろと」

「おれもだよ」


 その割には、私と違って平然としていたような気もするけど。

 私はかばんを持ち変えると、目の前の彼――秋斗くんにむき直った。


「久しぶりじゃない。またこんな風に待ち伏せされるなんて、思ってもいなかった」

「そう? おれは結構、気にいってるんだけどな」

「悪趣味」

「きみにだけはね」

「うぐ……っ」


 ポツリと意地悪くつぶやけば極上の微笑が返されて、私は言葉をのみこむハメになる。

 ああもう。相変わらずの、このペース。


 私は場の主導権を取り戻そうと、自分の髪をかきあげた。


「それで、今日はなんの用? その服、前の団服とはちょっと違う感じね、どうしたの?」

「こっちは、正装用の団服なんだ。今回、初めて一人で着たんだけど。美結さんに、ネクタイの結び方を教えてもらっておいてよかった」


 襟元を整えながら、秋斗くんがほほえんでくる。

 えっと。結び方なんて、いつ教えたっけ?


 ……そっか。私がコーディネートした執事っぽい格好をさせたときに、わからないって言うから結んであげたんだ。

 しげしげと、私はネクタイを凝視する。


 うん、なかなかきれいな形。


「そういえば、そうだった。初めてにしては、うまく結べてるじゃない」

「ありがとう。美結さんのおかげだよ」

「私は一回きみにやってあげただけで、お礼を言われるほどじゃないんだけど」

「それがよかったんだよ。だから、ありがとう」


 一回しかやっていないのに、二回もお礼を言われてしまった。

 『次はたぶん、一人でできると思う』って、本当だったし。さすが、完璧超人。


「それでね、美結さん。用件は、最初に言わせてもらったんだけど」


 ああ。あれはただのテンプレ――もとい、デジャブじゃなかったのね。

 短く息をはいて、私は彼から視線をそらしながらぼそっとたずねた。


「……私がきみのことを好きになるまで、我慢するって言ってなかった?」

「言った」


 はっきりと言い切る彼に、私はもう一度嘆息した。


「じゃあ、どうして?」

「美結さんは、おれのこと――嫌い?」

「は、はあ……!? な、なにを急に」


 突然のストレートすぎる質問に目を見開きながら、私ははじかれたように後退した。


 なんで、急にそんなこときいてくるの!?

 とまどう私に歩み寄ってきた彼は、どこか思いつめたような表情で一気にたたみかけてくる。


「嫌い? それとも――、好き? どっち?」

「どっちって、そ、その二択だけっておかしいでしょ!? 間はないの!?」

「じゃあ、嫌い?」

「……」


 だから、どうしてそっちなのよ……!

 思わず、かばんを持つ手に力がこもってしまう。

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