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(15)

 それからルーの第二の力だったのか、どこからかあらわれた無数の刃に四方八方から攻撃されて、元の犬っころに戻ったルーが床につぶれるように意識を失って、ようやく静かになった。


 ルーを倒した勝者が、私の方へ歩み寄ってくる。その藍色の瞳は、所在なさげにきょろきょろと辺りをさまよい、うつむいた。


「……ごめん、美結さん」

「戻ってきたとたん、なんでいきなり謝るの?」

「だって、知らないうちにきみのファーストもセカンドもおれが奪っちゃっていたみたいだし……」

「ええ、そうね。しかも、覚えていないとかありえないでしょ、普通」

「ごめん……」


 しゅん、とうなだれる秋斗くんに、私は短く嘆息してから自分の髪を耳にかけた。


「まあ、いいわ。そのうち、ちゃんと……してくれたら」

「え?」

「な、なんでもない!」


 わ、私、サラッとなにを言っちゃっているの!?

 いかんいかん、なんか目の前のひとに影響されてきていない、私!?


 自分がありえなくて、私は両頬をおさえながらその場にしゃがみこんだ。


「美結さん、大丈夫? 気分が悪いなら、おれが運んであげるけど」

「! だ、大丈夫、大丈夫だってば!」


 じょ、冗談じゃない。

 この状態で、お、お姫様抱っこなんてされたら、きっとまた日付と時間が飛んでしまう……!


 げんなりとなりながら、私は両足に力をこめた。

 スッと差し出されてきた手に素直につかまって、なんとか立ちあがる。


 手の持ち主に「ありがと」と言うと、「どういたしまして」とさわやかに返されて、私はもう一度床にくずれおちるところだった。


「帰ろうか、美結さん」

「え? 新居は、もういいの?」

「うん。さすがに、こんなところには住めないでしょ?」

「そ、そうね。こ、ここは広すぎて生活しにくそうだもの」


 よ、よかった。

 ホッと安堵して、私は秋斗くんと来た道を戻り始めた。


 途中でルーの存在を思い出したけど、ここまで一人(?)で来たみたいだし、自分でなんとかするかな? むしろ、もともとこのお城がルーの家みたいだし、置いていっても問題ないよね。


 大広間を抜けた先の廊下で、私は気になっていたことにふれてみることにした。


「――もし嫌だったら、答えなくてもいいんだけどね」

「ん?」


 隣を歩いている秋斗くんが、こちらに顔をむけてくる。

 私は少しだけ迷ってから、「あのね」と切り出した。


「『10年』を差し出すって決めたあと、秋斗くんはどうしていたの?」

「ああ……、うん」


 前にむき直りながら、秋斗くんが指先を口元にあてた。


「その話をおれにしてくれたのは、あっちの世界にきたクレッシーだったんだ。なにもできない、なにもわからないおれのかわりに、いろいろと段取りや後処理をしてくれた。しばらくの間、幼いおれの面倒をみてくれたのも、クレッシー。『10年』を差し出したあとは……、思っていたより大変だったかな?」

「そうなの?」

「うん。まず、見た目におどろいた。いきなり、10年後の自分と対面するわけだし」

「そっか。10年後の自分なんて、想像つかないものね」

「フフッ。10年後の美結さんか」

「私の10年後っていったら、25よ? 完全におばさんだわ」


 ふう、と私は肩をすくめる。

 「そう?」と秋斗くんが、微笑を浮かべた。


「今よりも大人っぽくなって、きれいになっているんだろうな」

「なっ……」


 一気に頬が熱くなって、私は言葉を失ってしまう。


 な、なんでこう、このひとは恥ずかしげもなく、こういうことをサラリと言ってくるの……

 頭痛がしてきて、私はこめかみを指先でおさえた。


「それでね。10年後の自分と対面して、すぐにそのギャップに気づいたんだ」

「ギャップ?」

「うん。見た目は大人なのに、頭の中身は小学三年生――つまり、八歳のままだったんだよ」


 そ、それって見た目は子供、頭脳は――

 いやいやいや。


「じゃ、じゃあ、今の秋斗くんって、私の知っているあっくんそのものだったの?」

「うーん、どうなんだろう? 厳密には、そのままじゃないとは思うんだけど、同じように感じる?」

「いや、それは……や、やっぱりどこか違っているというか、うん」


 『あっくん』時代は、こんなに手慣れた感じでもなかったし、物腰もやわらかくなかったし、余裕たっぷりのキラキラオーラなんてふりまいてなかったし、結論。


 変わりすぎ……、でしょうが。

 どう見ても、八歳の子供にはとうてい思えませんよ……

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