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「ルーでしょ! 勝手にいなくなったと思ったら、またいつの間にかついてきていたのね。しかも、このタイミングって……。どこにいるの? 出てきなさいよ」


 さっきから声だけがひびいて、姿はどこにも見当たらない。

 どうせ、その辺に隠れているんだろうけど。


「クククッ! 我が身が見たいか? そうか、やっとオレ様の崇高な存在に心酔する気になったか。よかろう、オレ様はとても気分がいい。今までの無礼はとりあえず置いてやって、その愚鈍な目と記憶にくっきりはっきり焼きつけるがいい! この、オレ様の今の姿を!」


 姿って、いつもの銀色の犬っころ――


「え……」

「!」


 私の呆けた声と、秋斗くんの短く息をはく音がかさなった。


 暗闇の中からあらわれた、腰くらいの高さの子供。私も秋斗くんも見慣れすぎているほど見慣れているその子が、不敵に笑う。

 ううん。こんな邪悪な表情、私の知っているあの子じゃない……! 頭ではそう思う、そう思える。けれど。


「どういう、こと? なんで、なんで……?」


 私はとまどいながら、その子と秋斗くんを交互に見比べる。

 だってその子は、私の知っている『あっくん』そのものだったから。


 銀色のサラサラの短い髪と、吸いこまれそうなほどきれいな藍色の瞳。前にお城で見た、あの子にそっくり。というより、そのものだった。


 ルーが、あのときの『あっくん』だったの?

 どうして、あの姿に? 犬っころの姿は? どっちが本当の姿? そもそも、本当の姿ってどっちかなの?


 あまりの混乱に言葉が出ない私の横から、秋斗くんが進み出ていく。私をかばうように左手を伸ばしながら、腰の鞘から剣をスッと引き抜き、抑揚のない声を発する。


「……きみは、だれ?」

「クククッ、だれとは心外だな。貴様の脆弱な思考能力でも、薄々感づいているのだろう?」

「……」


 無言の秋斗くんの横顔が、かたくこわばった。

 私が声をかけるよりも先に、銀髪のあっくんが音もなく秋斗くんに近づいて、下から彼をのぞきこむ。


「――オレ様は、貴様だよ。正確には、貴様に捨てられた貴様自身の時間」


 冷たくゆがんだ藍色の瞳が、秋斗くんを鋭くにらみつける。


「おれが捨てた……、時間?」


 同じ色の両目が、困惑にゆらめく。

 秋斗くんが捨てた、秋斗くんの時間ってどういうこと?


 さっきから、わけがわからない!


「そうだ。そしてここから、貴様の時間はオレ様の時間になる。クククッ! この前は、随分と世話になったな。時空に選ばれし者、勇者あんこ」

「あんこ?」


 呼ばれた当人の秋斗くんが、眉を寄せる。

 同時に私も、「は?」と目をしばたかせた。


 なんでここで、あんこが出てくるの?

 話題にされちゃうと、無性に食べたくなってきたんですけど。あんこたっぷりのマドレーヌとか食べたいぃぃ。


「貴様のことだろう、勇者あんこよ。そこのペタコが先日言っていた。ペタコの世界を救ってくれる、それがあんこだと。世界を救う、すなわちこの世界でいうところの勇者だろう?」

「そうかもしれないけど、おれはあんこじゃない」

「そうなのか? 貴様がペタコが好きだという――」

「ちょ、ちょっと!! なに言ってるの!?」


 私はあわてて、ルーのセリフをさえぎる。

 なんで? なんで、そんな展開になるの!?


 幼いあっくんの横顔が、私の方にいぶかしげにむけられた。


「なにって、貴様が言ったのではないか。あんこが好きだと。あんこが世界を救ってくれると」

「い、言ったけど! それとこれとは、まったく! 全然! 関係ないでしょうが!」


 藍色の瞳がスッと細められて、その口が一度ひらいてすぐに閉じられた。言葉のかわりに出されたのは、短い吐息。


「……まあいい。とりあえず、話を戻そう。――この前は、随分と世話になったな。時空に選ばれし者、勇者あ……キト」


 あ。今、あんこって言おうとした。


「その呼び方は……。まさかきみは――、魔王ルールヴィス……!?」


 秋斗くんが、驚愕の声をあげる。

 さっきの流れは無視して、シリアスモードに戻そうと――いや、これがこの人の素よね……たぶん。


 私がげんなりしている間にも、二人の真剣な(?)会話は続いていく。


「クククッ、そうだ。我は、魔王。時空に選ばれし勇者の対極の存在。時空をこの身に具現せし者」


 ま、魔王ですって?

 あの犬っころにしか見えなかったルーが、この世界の魔物の王?


 ルー=魔王=『あっくん』って、どういうこと? そもそも、魔王は秋斗くんが倒したんじゃなかったの?


「あのとき、倒したと思っていたんだけどな。どうりで、あれからも魔物の勢いがとまらなかったわけだね」

「あれくらい、オレ様には蜜蜂が腕にとまったくらいにしか感じなかったわ」

「そうなんだ。それにしても、この前とは全然見た目が違うね? 見覚えがありすぎるよ、その姿は……!」


 秋斗くんが、抜き身の剣を一閃する。空中をないだ一撃を跳躍してよけた銀髪のあっくん――魔王ルーは、「ククククッ」と不気味に笑った。


 それを打ち壊すように、立て続けに秋斗くんの剣がふられる。すべてを紙一重でかいくぐる、魔王ルー。


 私の目には秋斗くんとあっくんが戦っているようにしか見えなくて、複雑な心境を押しこめるために私は胸元で手をにぎった。

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