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「美結さん、無事? 足の具合は?」


 って、いきなりそれ?

 私は脱力感におそわれながら、苦笑した。


「……起きて、すぐに私の心配? 大丈夫よ、ちょっと歩きにくいけど」


 不安そうな秋斗くんの前で、私は軽くジャンプをしてみせる。


「ね? ほら、全然――きゃっ!?」

「! 危ない!」


 突然の激痛に、私の足がガクンと均衡を失う。

 秋斗くんが立ち上がるのと腕を引かれたのは、ほぼ同時だったような気がする。


 世界がクラリとまわって、硬いなにかに受けとめられる。硬い、て言っても壁とか床とかそういう無機質なかたさじゃなくて、つつまれるような硬さ――はっ! この感じは、もしかしなくても――


 見覚えのあるエレナイの服をドアップ状態でとらえながら、私はゆるゆると顔をあげていった。その先で、心配そうに見おろしてくる藍色の瞳とぶつかる。


「……!!」

「大丈夫、美結さん?」

「だだ、大丈夫! 大丈夫だけど、このままだと大丈夫じゃなくなりそうなんで、は、早く離して……!」

「! 大変じゃないか」

「そうなんです、大変なんです。だから――ひゃあっ!」


 悲鳴とともに、私の身体が宙に浮いた。


 背中と膝の裏に、力強い腕の感触。ああああ……、この感覚はもう身に染みてしまっている。さめざめと内心で涙を流すけど、こうなってしまったら私の逃げ場はない。


「すぐに、休めるところに移動するから。それまで、もう少し我慢しておいてね」

「わ、私よりも、そっちの方が病人じゃない! さっきも倒れたばっかりなのに、また悪化したらどうするのよ。私のことはいいから、おろ、おろして!」

「いくら美結さんの頼みでも、それはできない」


 私を軽々と抱きかかえた秋斗くんが、ゆっくりと歩き出した。どうしようもなくなった私は、おとなしく身を縮ませる。


 本当に、平気なんだろうか。最初に倒れた時よりかは確かにマシな感じはするけど、やっぱりまだ顔色がよくない。


 「ねえ、秋斗くん」と、私は彼を呼んだ。


「なに?」

「なんで、来てくれたの? 動ける状態じゃなかったはずでしょう?」

「おれのせいで美結さんが危険な目にあうかもしれないなんて、じっとしていられるわけがない。美結さんを守れないのなら、おれには生きている意味すらなくなるんだから」

「そ、そこまで言わなくても……」

「それだけ、おれにとってきみの存在は大きいものなんだよ。フフッ、そろそろ伝わって欲しいんだけど」


 そう言って、殺人光線(流し目)をこちらに送ってくる。

 私はそれから逃れるために、口元が完全にゆがんでいるだろう顔を必死にひきはがす。


「美結さんこそ、どうしてあんな無茶をしたの? 昔からたまーに無茶なことはしていたけど、今回のはその比じゃない」

「ああ、うん……ごめんなさい。自分でもね、よくわからなくて。勝手に足が動いちゃったというか」


 あごに手をあてながら、私は首をかたむけた。

 「勝手に?」と、いぶかしんでくる秋斗くんにうなずいて、そのまま人差し指を立てる。


「ただ単純に、なんだけど」

「うん」


 そう、それは至極簡単な理由。


「秋斗くんを、傷つけられたくなかった。できることなら、私も秋斗くんの役に立ちたかったの」

「おれの?」

「そう、きみの」

「なんで?」

「わかんない」


 私は、素直にかぶりをふる。

 少し考えこむように秋斗くんが藍色の視線をさまよわせてから、私にクスッと微笑してきた。


「それって、おれは喜んでいいのかな?」

「うーん? 役に立つどころか、迷惑かけて終わっちゃったけどね」

「迷惑? そんなの、一度も考えたことない。むしろきみにかけられる迷惑なら、よろこんで受けるのに」

「うぐっ」


 私は、声をつまらせてしまう。

 一瞬、なんの冗談かと思ったけど、その表情はまぎれもない本気そのもので。


 ゆるゆると動きがとまり、まっすぐできれいな二つの藍色が熱っぽく私を見つめてくる。私の心臓が、小さくはねた。


「美結さんとこうやってまた話すことができて、本当によかった」

「……大げさだってば」

「ううん。きみがそばにいてくれるだけで、おれは本来の力を――いや、それ以上のものを発揮することができるんだ。だから――、これからも」


 秋斗くんのセリフが、そこで途切れる。

 その先を早くきかせて欲しい気もするし、きくのが怖いような気もするし、ものすごく複雑な気持ち。


 私がジッと見つめていると、彼はちょっと照れたような困ったような表情を浮かべた。


「あ、あのね、美結さん。その……、おれが渡した、指輪なんだけど……」

「う、うん」


 なんで今さら緊張してしまうの、私。

 このいい感じになってしまった雰囲気に、(指じゃないけど)身に着けていることがバレてしまった、指輪。うっかり戻すのを忘れていたから、現在進行形で揺れているのよね、胸元で……


 今までの傾向だと、きっとまた言ってくるんじゃないかな。


 『指輪を受け取ってくれていたってことは、そ、そういうことだよね? 美結さん、おれと結婚してください!』みたいな感じに。


 今回はどう返事しようか、悩む。いろいろと条件をつけて逃げてきたけれど、さすがにそろそろネタがきつい。それに、私にも心境の変化というものがあったわけで……


 考えこんでいる間にも、秋斗くんの唇が薄く開かれていく。


 「あの、その……」とためらう彼に、相変わらずこういうことに関しては口下手だなあと苦笑してしまう。さっきまでサラリと殺し文句を並べ立てていた人物と、同一だとは思えない。


 ああ、えっと。そんなことより、私もちゃんとした答えを用意しておかないと。えーっと、えーっと。


 ようやく意を決したのか、彼が深く息を吸い告げてきた。


「指輪……! 返してもらって、いいかな?」

「……へ?」


 真剣な顔とまなざしではっきりきっぱりとそう言われて、完全に意表をつかれた私は『へ』の形に口をあけたまま、彼の腕の上で硬直してしまったのだった。

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