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 ……って、あれ?

 全然、痛くない。


 おそるおそる両目をあけてみれば、私をかばう、視界いっぱいに広がった長身の背中。見覚えのありすぎるそれに、私は息をのんだ。


 うそ……、だってフラグ……


「あんたは……! いつの間に? どこから、入ってきた系だよ?」

「普通に、そこの扉から。鍵がしてあったみたいだけど、特に問題はなかったよ」

「はあ? 扉も鍵も、開けた形跡すらない系じゃん」

「騒ぎになるのも面倒だから、すぐに戻しておいたんだ」


 淡々と抑揚のない声で話す、目の前の彼。


 なん、で……、なんできみが、ここに?

 だってきみは、こんなところにこられる身体じゃ……!


 私の驚愕が伝わったのか、彼は顔だけをこちらにむけて微笑してきた。


「……ごめん。また、遅くなって」


 彼の表情が、一瞬で険しくなる。


「その、足の怪我……」


 ポツリとつぶやいたかと思えば、ギリリッとにぎっている剣の柄に力がこめられていく。


 彼が、ゆっくりと駆け出した。すぐさま速さをまとった抜き身の剣が、迷うことなくセディスにふりおろされていく。横によけたセディスを追って、彼もまた跳躍した。


 ガキイッ、ガキイッ、ガキイッ、と剣と鞭の柄が何度も切り結ぶ。


「マジむかつき系新人! ボクのセンスを理解できるとか、ちょっとは見どころがあるやつだと思っていたけど、あんた、これがどういうことかわかっているんだろうな!? 同志であるエレメンタルナイツに刃をむけるということは、すなわち反逆の罪!」

「反逆? そんなの、関係ない。彼女に敵意をむけた時点で、きみの末路は決まったんだ」


 彼――秋斗くんが、静かに告げる。


「おれは別に、エレメンタルナイツを敵にまわそうがどうでもいい。だけど彼女を――、美結さんを傷つけたものは、だれであろうと容赦はしない!」

「……っ、いつもと別人すぎる系じゃん……っ」


 秋斗くんの鬼気迫るような表情に、セディスのうめきが重なる。


 再び、二人の攻防が始まった。

 秋斗くんの剣と、セディスの鞭。有利なのは、やっぱり長さがある鞭の方。かいくぐって秋斗くんが接近しようとするたび、セディスがうまく鞭をつかって距離をとる。


 あんなむかつくやつでも、やっぱりエレメンタルナイツ。普通に強い……!


「でも……」


 秋斗くんの戦いを間近で見るのはこれで二度目だけど、前回みたいな冴えが全然ない。素人同然の私でも動きが目で追えてしまうんだから、やっぱり体調がよくないんだ。


 ううん、それよりもなんか嫌。前にも感じた表現できないものがこみあげてきて、私はなにかに背中を押されるように飛びだした。


「ほら、ほら、ほらほら! そろそろ、降参とか考える系じゃないの? 実践で戦うのは初めてだけど、まさかこれっぽっちの強さしかなかったなんてさ。それでよく、エレメンタルナイツに入ってこれた系だよね。それくらいの剣の腕前じゃ、ボクには到底かなわないってわかったでしょ!?」

「くっ……」


 防戦一方になっている秋斗くんが、苦しげな息をもらす。

 グラリ、と彼の態勢がゆがむのが見えて、私は思わず手を伸ばした。


「秋斗くん!」

「! 駄目だ、美結さん!」


 秋斗くんの意識が、一瞬こちらにむけられる。その隙を、セディスが見逃すはずがない。


「ボクに立てついた系なんだから、それ相応の報いは受けるべきだよね? 裏切った後輩を、ボクが泣く泣くとめた結果、ちょっと手加減できずにっていうシナリオ追加系で。だからとっとと――死ねよ!」


 鋭い鞭の一撃が、うなりをあげてふりおろされる。


「やめてぇぇえっ!!」


 声をふりしぼりながら、私は秋斗くんの前に躍りでた。


 瞬間。真っ白になる視界と、声にならない絶叫、そしてガラスが粉々に割れたような――耳ざわりな音。来るはずの衝撃に身構えていたのに、それはいつになってもおとずれない。

 白いままの辺りを見わたしながら、すぐに納得してしまった。


 そっか、秋斗くんがやってくれたのね。また、私の方が守られちゃった。

 当人をふりかえれば、驚きを浮かべた表情が返される。


「美結さん、これって……」

「秋斗くんが、いつもの不思議な力を使って助けてくれたんじゃないの?」

「ううん。おれは、何もしていない。むしろ、美結さんから白い光が飛び出していったと思う」

「え? ……あっ」


 そこで、気がついた。


 私の胸元には、銀のチェーンにつながれたリング。そこにつけられた七色に光る宝石が、白い輝きをはなっていた。

 秋斗くんも気づいたらしい、藍色の瞳が大きく見開かれていく。


「それ、前におれがあげた……。そっか、持っていてくれたんだ」

「あ、いや、これは!」


 しまった! 返そうと思って常に身に着けていたのを、すっかり忘れていた!


 あわてて指輪をにぎりしめたけど……、今さら遅いよね? こわごわと秋斗くんをうかがいみて、私は硬直してしまった。


「ありがとう、美結さん。もう、大丈夫だから。すぐに――、終わらせる」


 そう言って私にむけてきたのは、すごく久しぶりな気がする彼特有のあの笑顔。全身に電流がはしっていく感覚に、私はつかんでいた指輪を放した。


 なんだかんだ言っても、秋斗くんにはこの笑みがよく似合う。いつでもこんな風に笑っていて欲しいと思うのは――あれ? 私、なんでそんなことを?


 ぼんやりする私の前で、秋斗くんの姿が忽然と消え失せる。


「ちょっ待ちなよ! そんな反則級な話、きいてない系だし!!」


 次に秋斗くんをとらえたときには、セディスがわめきながら一撃で切り伏せられていて、私は嘆息してしまった。

 さっきまでの苦戦は、なんだったのよ。ヒーローは苦境にたたされてからの反撃で強敵を倒す、お約束はお約束だけれど。


 フラ、と秋斗くんがよろめいた。


 いけない! 私は、はじかれたように駆け出した。両足が今頃になって痛みを訴えてきて少しふらつくけど、我慢! スローモーションで倒れこんでくる彼に、懸命に両手を伸ばす。


「わっと」


 ドサッ、という重みが両腕に一気にかかってきた。


 お、おもっ……

 見た目は細身なのに、やっぱり男の人なんだと実感してしまう。


 完全には受けとめきれなかった私は、デジャブをひしひしと感じながらも、一緒になって床に座りこんでいく。前回パニックになってしまった分、今回の私は自分でも驚くくらい冷静そのものだった。


「まったく……、いきなりあらわれたかと思ったら、結局こうなるわけね」


 どうしよう? 助けを呼ぼうにも、ここは完全防音らしいし。

 サリューがそのうち戻ってきてくれるだろうから、それまで休ませてあげればいいかな?


 膝の上に頭を乗っけて、もう既に眠りに落ちちゃっている幼馴染に、私はあきれたような安堵したような息を吐いた。


 無理しすぎ、悪化したらどうするの、どうしてきたの、どうやってここまできたの、いろいろな言葉や質問が浮かんでくる。けど。


「……お疲れさま」


 私は全部を押しこんで、一言だけそう声をかけた。

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