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「ひっ!」


 しゃがみこんだ私の上を鋭い攻撃がかすめていき、壁が細く深くえぐられていく。


 突然のことに私は腰がぬけそうになるけど、唇をかんで自分を叱咤すると、壁沿いに走り出した。

 途中、ずり落ちてきたルーの口をふさぐように腕にかかえれば、ウーウーとうなってくるけど、今はかまっている場合じゃない!


 休む間もなく続けられる鞭の連撃に、私の息はすぐにあがってしまう。


「早く逃げないと、ボクの鞭の餌食になっちゃう系だよ? ほら、もっと逃げまどえって! ほら、ほら、ほら!」

「きゃあっ」


 反射的に、悲鳴が口をつく。

 「へえ」とセディスくん――セディスが、恍惚としたやばい眼差しで見おろしてくる。


「案外、カワイイ声をしているじゃん。ちょっと昂ってきそう系なんだけど。ヤバイなあ、抑えられなくなるかも。クククッ、あんたを今ここで消しちゃえば――、何もかも隠滅されて全部きれいになる系だよね? 逆上したあの男にあんたが殺されて、ボクがそれをとめようとしたけれど、当たりどころが悪くてこの男も死んでしまう系と。筋書きは、ザッとこんなところにしようかなあ?」


 あの男、と入口付近で気を失って倒れている元・タル男さんが指さされた。

 そんな筋書きを作ろうとしているってことは、やっぱりこの人が……!?


「せっかくだし、ゆっくりとなぶり殺してあげるよ」

「え、遠慮させて頂きます!」


 丁重にお断りしてから、私は力いっぱい床を蹴った。


「おい、ペタコ! どうなってやがる!?」


 さっき悲鳴をあげたときに、私のゆるんだ手から脱走したらしいルーが、隣を並走してくる。


「ルー、叫んじゃ駄目! 今、ちょっとヤバイ状きょ――ひゃっ!」


 私がかがんだ拍子に、ルーが肩に飛び乗ってきた。


 グルル、と喉の奥からうなり声をもらしながら、「気づいているか、貴様。まあ、無理だろうが」と前触れもなくたずねてくる。「なにが?」と足を動かしたままききかえせば、「フン、愚か者め」と返ってきた。


「このオレ様の神聖なる耳が、しっかりときき覚えている。貴様の脆弱な耳ではきこえなかっただろうが、あのコロシアムで黒装束の男と話していた声と一緒のものだ」

「え?」

「フフン、オレ様の神的聴覚を甘くみるなよ」


 私には二人が会っているとしかわからなかったけど、ルーにはその会話がきこえていたんだ。


 ルーの言っていることが本当なら、やっぱりあの人、コロシアムにいたんだ……! コロシアムにいた理由はなに? 秋斗くんみたいに、任務で潜入していたの? ううん、秋斗くんはそんなこと言ってなかった。なら、なら――


「ねえ、なにを話していたか教え……! ルー、危ない!」

「んなっ!? ――へぎゃぶっ」


 正面から襲いかかってきた鞭をさけようと、とっさにルーを部屋の隅の方へ力いっぱい投げる。


 ドシャッという痛そうな音と、つぶれたような声。ズルズルズル、と顔面をこすりつけるように落下していき、ポテとうつぶせのまま動かなくなってしまったルーを横目にしながら、ちょっと強く投げすぎちゃったかなと私は頬をかく。


 って、それにしても! 私のターゲットが、さっき町長と一緒に出ていった男にうつる。


「サリュー! 早く戻ってきてよ!」


 ここを出ていってから、そこそこの時間が経ちましたよ! まだ、尋問は終わらないんですか?

 なにかあれば呼べ、て言われたから、息切れする中がんばってボリュームを大きくして呼んでみましたけど! うんともすんとも、反応がないんですがー!


 代わりに返されたのは、フフフという不気味な笑いだった。


「残念なお知らせだけど、この部屋はね、入口の扉を閉めてしまえば完全防音になる系なんだよ。ほら、窓もないじゃん? 町長さんに頼んで、ボクの趣味にピッタリあうようにしてもらった系でさ。ここでなら、どんなことをしても外には絶対にきこえない。だから助けを呼ぼうとしても、無駄な努力系なの」


 ペロ、とセディスが恍惚の表情で鞭の柄に舌をはわせる。

 うげえ……、完全に目がイッちゃってる。ただでさえあの目力だし、こ、こわすぎる。


 はあはあ、と私は膝に手をあてながらうなだれた。

 それにしても、しんどい。こんなに走ったのは、中学のマラソン大会以来かも――


「! あっ」


 注意が散漫になっていたときに、足元にきた一撃。なんとかよけた私は、自分の足にからまってバランスをくずしてしまう。そのまま床に両手をついた私は、あわてて顔をあげた。


 「アハハハハ!」という高笑いに混じって、セディスの手がふりおろされる。空を裂いて近づいてくる刃の群れから逃げようとして、私はかたまってしまった。


 ヤバ、足が動かない……!

 腕を突っ張って、なんとか移動しようとするけど、ダメ……力が入らない。


「っ」


 激痛が、両足から伝わってきた。


 両方のふくらはぎにうっ血と打撲痕がくっきりと浮かんでいて、まずいと思う間もなく、私の前と左右の床に鞭がうたれる。後方しか逃げ場がなくて、尻もちをついたままうしろへさがっていって――壁に追いやられてしまった。


 これは、相当ヤバイ……


「あれ、もう終わり系なの? もっと遊ばせてくれると思ったんだけどなあ」


 楽しげに見おろしてくるレモン色の瞳を、私は真っすぐににらみつけてやった。


 もし――もし、私になにかあったとしても、さっきのあらすじ通りにはならないんだから。だってきっと、そう簡単に彼が終わらせるはずがないもの。


 そうでしょ?


「その目、気に食わない系だね。この状況でも、まったく絶望していないじゃん」

「自分でもビックリなんですけど、意外と……平気です」

「アハハ、強がりもいいところだね。でも、その意気に免じて助けてあげてもいいけど?」

「え?」


 まさかの申し出に、私はギュと唇をかんだ。

 だって、そんなこと――


 ニイッ、とセディスがゆがんだ笑みを浮かべた。


「なんて、そんなこと言うわけないじゃん。アハハハ! ちょっとは、絶望してくれた?」

「…………」

「なんだ、全然じゃん。ざーんねん。まあ、退屈しのぎにはなったよ。それじゃあね、名前も知らないアタワルちゃん。今度はこっちの――刃のある方でめった刺し系で、ただのモノ言わない肉の塊にしてあげるよ」

「……!」


 私は、ギュッと目を閉じた。


 ヒロインの大ピンチ。さっそうと助けにあらわれるヒーローは、今回もきっとフラグを回収してはくれない。まあ、しょうがないよね。


 今はまだ夢の中、かな。いい夢でもみてる?

 ねえ……、私の幼馴染くん?

 最後にそのヒーローが――、私の脳裏で微笑した。


 ガキィイインッ! 耳をつんざいていく、金属同士がぶつかりあうような音。激しい衝撃に、私は全身をかたくした。

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