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「婚約指輪、これでどうかな?」


 や、やっぱり!?

 私は、自分の口元が嫌でも引きつるのがわかってしまった。


 ま、まさか本当に持ってきちゃうとは……


「宝石自体はね、あっちの世界のドラゴンの王が持っていたからすぐに倒して手に入れたんだけど、それを指輪に加工するのに手間取っちゃって……。遅くなって、ごめん」


 かすかに眉を寄せながら、超イケがそう謝ってくる。


 えっと。あの、ですね。

 私の気のせいならいいんですが、この人さり気に今、ものすごいことをサラリと言いませんでした?


「ドラゴンの王を……、倒した?」


 うめくようにたずねる私に、超イケは素直に「うん」と返事をしてきた。


「『彼』に相談したら、『この世界で一番高価な宝石は、ドラゴンの王が持っている』って教えてくれたからさ。持ち主に多大な幸運と守護をもたらしてくれる、て。でも、宝石の価値なんておれにはよくわからないし、早くこっちに戻ってきて美結さんに会いたかったから、それに決めたんだ。魔物の中では三本の指くらいに入る強さだったらしいし、少してこずったけど問題なかった」


 問題なかったって、いや、そういうレベルの話じゃないような……


 簡単に倒したみたいにきこえるけど、ドラゴンって……、漫画とか小説とか映画とかでよくボス級の扱いをされている、あのドラゴンのことよね?


「ドラゴンって、ファンタジーの世界に出てくる翼のあるトカゲみたいな顔のやつ? めちゃくちゃ大きくて凶暴な……。そんなヤバイのがいるの?」

「ああ、うん。あっちの世界はね、こっちと違って魔物がいるんだよ。ほら、ゲームであるでしょ? ロールプレイングゲーム。あんな感じにお城もあるし、もちろん王様やお姫様、魔王だって存在する。そんな世界なんだけど……。美結さん、わかる?」

「全然」


 即答する私。

 いきなり異世界の話をされても、ああそうですか、と簡単にうなずけるわけがない。


 私もそれなりにゲームをかじった経験はあるけれど、そんな世界が現実に存在しているなんて、信じられなさすぎる。


 でも……、と私は彼の服装をまじまじと凝視した。


 異民族風の、動きやすそうな上下の服。これに剣を装備していたら、確かにゲームに出てきそうな格好なんだよね。

 さしずめ、運命に導かれた仲間をひきつれて、さっそうと魔王を倒しに行く勇者様――


 私の視線に気づいたらしい、彼はちょっと恥ずかしそうに頭をかくと、手にしていた小箱を更に差し出してきた。


「おれからの気持ち、受け取ってくれるよね? 美結さん」

「あ、えっと……」

「もらって、くれないの?」


 しゅん、と肩を落とし、一気に憂いにしずんでいく超イケ。その悲しそうな顔に、昔、小さなあっくんに意地悪をしてしまったときにわきおこった感情が、ふつふつと私の心を占め始める。


 いやいやいや。だからって!

 う、受け取ってしまえば、一歩結婚に近づいてしまう。それじゃあ、元も子もないじゃない! 今は耐えろ、耐えるんだ。


 私は、グッと拳を強くにぎった。


「あいにくだけど、もらえない。異世界のものときいて、なおさらよ。それを私が持つことになったとして、こっちの世界に絶対に影響がないとはいえないじゃないの」


 そう、ここで負けてしまうわけにはいかない。


 たとえ、超イケの整ったフェイスがどんどん崩れていって、目をそむけるタイミングを完全に逃してしまったとしても。


 そう簡単に、受け取るわけには――


「そ、そんな顔されても……、もらうわけには……!」


 私のふりしぼった声に、超イケの顔がますます暗くなっていく。


 受け取る、わけには――っ

 受け、と……


 …………

 ………………

 だ、だめ……っもうむり……っ!


 そう思った瞬間、私は彼から小箱をひったくっていた。


 突然のことに、何が起きたのか理解できなかったらしい、呆然となる彼。自分の空になった手と私をゆっくり交互に見つめ――、その藍色の瞳が一瞬で喜びにつつまれた。


「受け取ってくれたってことは、美結さん……! おれとけっ――」

「結婚はまだ無理!」


 今にも抱きついてきそうな彼に、私は右のてのひらを突きつけた。同時に、視線を彼からサッとずらす。


 だって、きっとまた、さっきみたいな顔で私を見ているに違いないんだもの……!


「もし、仮によ? か、仮に私とあなたが、けけ、結婚したとしても、住む新居がないわ。そ、そうよ! それに、生活する上での収入はどうするの? 私は高校生だし、収入はゼロ。むしろ、学費とかでいろいろマイナスになるのに、あなたも見るからに働いている風には思えないもの。先行き不安な、け、けけ結婚生活になりそうなのに、けけけけ結婚なんて出来るわけないでしょ!?」


 異様に『け』が多い私のまくしたてを、超イケは目をパチクリさせながらきいていた。

 その表情が、見る間にパアッと輝いていく。


 な、なんで!? この顔は、嫌な予感しかしないんだけど……!


 思わずあとずさりする私の両肩がガシッとつかまれ、その衝撃で私の手にしていたかばんが地面に落下する。


「美結さん……、おれ、嬉しいよ」

「はい?」


 嬉しい? どこをどう解釈したら、その単語が出てくるのでしょうか。


 私は、至極まっとうにお断りをしたつもりなんですが――


「嬉しいけど、同時に自分がすごく恥ずかしいよ」


 さっきの自分の答えを思い返していると、彼の澄んだ声がひびいてくる。

 再び真剣な眼差しをむけられ、私は不覚にもドキッとしてしまった。


「今の今まで美結さんと結婚することしか頭になくて、本当にごめん。美結さんは、そのあとのことまでちゃんと考えてくれていたのに」


 は?


「いやあの、それは……!」

「安心していいよ、美結さん。おれ、今すぐあっちの世界で就職して、きみを養えるように準備してくるから!」


 私が割って入らせた声もそこそこに流して、彼は落ちたままだった私のかばんを私に押しつけると、「じゃあ、またね」と背をむけて走り始める。


 ファンタジーの世界? で何になるつもり? というか就職するのって――、あっちの世界でなの?


 呼び止めてたずねる余裕すらなく、ものすごいスピードで小さくなってしまった彼を茫然自失の状態で見送っていた私は、一度、二度とまばたきをくりかえしてから思い出したようにつぶやいた。


「……牛乳、買いにいこ」


 そうだ、そうだった。

 きれていた牛乳を、買いに行こうとしていたんだった。そうだ、そうしよう。うん、そうしよう。そうしなければならない気がする。そうに違いない。すべからく、そうするべし――


 思考がフリーズしたまま近所のスーパーにむかい、牛乳とついでに広告の品にでかでかと名を連ねていたあんぱんを4つほど購入してから、出入り口の自動ドアをくぐる。と、視界の隅に入ったのは、スーパーに併設されている100均のダゴゾー。


「あ、そうだ」


 とあることがひらめいた私は、スーパーの袋を片手にそちらへ小走りに駆け寄っていった。

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