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 華やかな色合いに混じって隠れるようにかけてあったのは、紺のブレザーにチェックのスカート。

 私の制服! なんで、こんなところに? あの洋品店で着替えたときに、そのまま更衣室に置き忘れてきてしまったはずなのに。


「秋斗くん、かな?」


 たぶん、そうだろうな。真意はわからないけど、嬉しいことをしてくれるじゃないの。しかも、あんなにぐっちょりと汚れていたはずなのに、まるで新品のようなきれいさに戻っていた。


 私はそれを取ると、早速――とその前に、周りをよく見回してだれもいないことをきちんと確認してから、今着ている服に手をかけた。


 上着を脱ぐと、私の首元でかすかな金属音が鳴る。


「あ」


 そうだった、すっかり忘れていた。この、七色に光る指輪のことを。

 さりげにこの世界へ持ってきたのはグッジョブ私だけど、これじゃあ私の所持品みたいでソワソワしてしまう。


 でも返却相手は、残念ながら今は留守。しょうがないよね、と指輪を再び胸元に押しこんだ。

 慣れた順番で制服の一つ一つを身につけていって、最後に髪を首から払いのける。


「やっぱり、これが落ちつくなあ」


 高校に通っているときは、そんなこと思いもしなかったのに。窮屈だし、動きにくいし、めんどうだし。でも、私のいた世界とつながりがある唯一のものだから、自然と懐かしさみたいなのを感じてしまう。


 キュ、と制服ごと自分を抱きしめていると、上着のポケットのふくらみに手が触れた。「ん?」と中をさぐった指先にあたったのは、プラスチックのつつみ。


 ま、まさかこれは!

 ポケットの入口につっかかりながら取り出したのは、たった二個しか残っていなかったけど、私のすべてを救ってくれる癒しの食材。


「あんこ飴! よかった、まだあったんだ……!」


 食べそうになるのを必死にこらえて、私はポケットへ大事に大事にあんこ飴をもどした。

 準備よし、非常食よし。さて、これからどう――


 キイ、と木製のきしむ音がひびいてきて、私は思考を中断させた。隣の部屋、だ。


「秋斗くん? もう、もどってきたの?」


 案外、早いじゃない。

 声をかけながら、私はそちらの方に移動する。


「朝の集まりは、終わったんだ?」


 のぞきこんでみると、秋斗くんの姿は影も形もなかった。かわりにいたのは、小さな来客のうしろ姿。


「だれ?」


 銀色のサラサラの短い髪に、背丈は私の腰より高いくらいだろうか。「子供?」ポツリとつぶやけば、黒っぽい服のその子が私の方をふりかえった。吸いこまれそうなほどきれいな、藍色の瞳。


「うそ……」


 私は、愕然となる。


 どうして? だって、きみはさっき……

 でも、なんで? なんで今、その姿? わからないけど、あの子の顔は今でもはっきりと覚えている。見間違うはずが、ない。


「あっ、くん?」


 ふるえる声で名前を呼べば、ニコと微笑してからその子は部屋を出て行ってしまう。


「ま、待って!」


 私はあわてて、部屋を飛び出した。すぐに見つけた黒い背中を、急いで追いかける。


 角を曲がって、曲がって、曲がって――もうどこがどこだか完全に迷ってしまったけれど、あの背中を見失うわけにはいかない。


 黒の背中が、急に立ちどまった。つられて足をとめた私の前で、ゆっくりとふりかえってくる。

 ドクン、と鼓動が大きくなりひびいた。髪の色は違うけど、やっぱり私の記憶にあるあの子そのもの……で。


 「ねえ」と、目の前の子が口をひらく。その声は少しおびえている風にきこえたけれど、確かに私の知るあの子のものだった。


「僕のところまで……、きてくれないの?」


 右手を差し出してくるあの子の背景が、ぐるぐると回転をはじめた。廊下だったはずのその場所が、徐々に真っ黒に塗りつぶされていく。異様な光景に、私は一歩あとすさった。


「あっくん……?」

「僕、待っているのに。ずっとここで、一人で待っているのに」


 待っている? 一人で? どういうこと……?


 服のすそをにぎっている左手に、ギュッと力がこめられるのが見えた。今にも泣きだしそうな、苦しげなその表情に私の思考が完全にうばわれていく。


「僕を迎えにきてよ。お願い、だから。……美結、おねえちゃん」

「っ」


 私をそう呼ぶのは、あの子だけ、だ……


 息をのんだ私の足が、勝手に前に踏み出される。引き寄せられるように、一歩一歩近づいていって――


「美結さん!」

「! 秋斗、くん……?」


 後方から呼ばれた声に、私はギクリと足をとめてそちらに顔をむけた。近づいてくる足音はあったけど、だれもいない。目を戻すと、そこはなんの変哲もない無人の廊下がひろがっていた。


「あ……」


 いなく、なってる。

 どうなっているの? 今のは、本当に――


 うしろから駆け寄ってくる、足音。


「美結さん、こんなところにいたんだ。部屋に戻ってみたら美結さんがいなくなっていたから、探したよ。……どうしたの?」


 茫然と通路を見つめたまま、そばまできた秋斗くん――だよね? 彼に、私はポツリとつぶやいた。


「……秋斗くんは」

「うん?」

「兄弟とか、いた……?」

「いや、いないよ。美結さんも知っているはずだけど」


 そう、だよね。

 知っている、あの子が一人っ子だったってことを。ご両親が行方不明になってから、おじいさんと二人暮らしをしていたってことも。なら、なら。


「秋斗くんは……、秋斗くんだよね?」


 自分でも、馬鹿な質問だと思う。彼は彼以外にはないと、頭ではちゃんとわかっている。だけど……、だけどきかずにはいられない。


 当然のように、怪訝そうな答えが返ってきた。


「どうしたの、美結さん。おれは、おれだよ。信じてくれたんじゃなかったの?」

「う、うん。そう、だよね。そうだったよね。変なこときいてごめん、なんでもないの」


 ようやく秋斗くんへとふりむきながら、私は首をふった。


 茶色の髪に藍色の瞳、あの子の面影を確かに残してはいるけど、すっかり見違えてしまった幼馴染。


 本当にこのひとは、私の知っているあの子なんだろうか?


 ジッとそそがれてくる藍色の視線に懸命に笑いかけるけど、居心地の悪さを感じてしまった私は、その場からいつの間にか駆け出してしまっていた。

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