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(8)

 いきなり手首をひかれて、私は反応がおくれてつんのめってしまう。ヒュン、と小さく宙を切る音と私の悲鳴がものの見事に重なり合った。


「わっわわわわっ!」


 よろけた先で待ち受けていたのは、秋斗くんの――腕の中。たいした抵抗もできずにそこへ吸いこまれていった私をクルと反転させ、前に踏み出した秋斗くんが目だけをむけてくる。


「落ちついて、美結さん」

「落ち、落ちついていられるわけないでしょ!?」


 今、どういう状況かわかってて、そんなこと……!


「大丈夫。すぐに――、終わらせるから」


 そう言って、秋斗くんは私をかばうように自分の背中におしつける――って、今さら現状に気がついた!


 私たちを取り囲むように、たくさんの黒い影が空中に浮いていたのだ。その数、ひいふうみい……あああ、この数え方だと5までしか知らないんだった!!


「ぎゃおおおおああああああ」


 ひいい。とんがったくちばしから、なんか叫んだああ。四枚の羽をバラバラと動かしながら、半分くらいの黒い影が宙を蹴ってこっちに襲いかかってくる。細い両手ににぎられた大鎌が、上段にふりかぶられた。同じタイミングで右から、左から、上から――!


「ひっ」


 私は息をのんで、思わず秋斗くんの背中にすがりつく。ちょっと驚いたようにこっちを見た秋斗くんが、笑った――気がした。


 秋斗くんの両肩が、わずかに動く。


 次の瞬間。ピシイッ、と黒くにじんだ線が左から右へとジクザグにはしっていく。その軌道は、黒い影たちの中心部分を的確にえぐっていき、そして。


 いつの間に抜いていたのだろう、秋斗くんの剣が軽くふられたのと同時に、黒い影たちが断末魔の叫びをあげながら一気に霧散していった。


 え……? どうなって、いるの?


「美結さん。少し残念だけど、おれから離れていてくれる? 危ないから」

「う、うん」


 呆然となっている私は、言われるまま後方へさがる。

 そのとき、視界にうつった彼の横顔は。


「秋斗、くん?」


 やっぱり……、笑っているの?


 確認する前に、彼が跳んだ。私が目で追いかけられたのはそこまでで、直後に起こったのは、残っていた黒い影たちが絶叫とともに次々に空中で粉砕されていく様だった。


 光の速さ、てこういうことを言うのかもしれない。


 でも、なんで?

 表現できないものがこみあげてきて、それを抑えこむように私は自分の胸元を強くつかんだ。


 最後の一体が、消え去った。夕闇が迫りだした空をバックに、秋斗くんの背中が私の前に戻ってくる。息ひとつ乱れていないその姿に、私は気づけば汗のにじんでいた手をさらににぎりしめた。


「秋斗くん、やっぱりすごい……」


 ポツリと私がつぶやけば、秋斗くんがふりかえってきた。初めて見る、その顔。なんの感情もにじませていなかった無の表情に、サッとはにかんだものが浮かべられた。


「そ、そうかな? 美結さんに褒められると、なんだかくすぐったいな」

「――ねえ、どうして?」

「え?」


 私が投げかけた疑問に、秋斗くんがきょとんと私を見つめ返してくる。


「どうして、そんなに強くなったの?」


 私が知っていたあなたは、小学三年生の8歳の男の子だったのに。


 こんなに強いなんて、本当はまだ信じられていなかった。コロシアムでも剣を扱っていたし、そのときも一撃で相手を倒していた。言葉や行動だけで漠然と、おそろしく強いんだろうなと予想はしていたけれど、間近で目にしてしまった今ふと気になったのだ。


「あ、いきなりごめんね。深い意味は、特にないの。ただ、どうやったらそんなに強くなれるのかなって、単純に不思議に思っただけだから」


 理由なんて必要なのか、私にはわからないけれど。

 でも、なんでだろう? さっきの彼の戦いぶりは――、どうしてだか胸が小さく痛んだ。そんな私のちょっとした不安を払拭するように、秋斗くんは「フフ」とやわらかく微笑する。


「そんなの、決まっている」


 抜き身のままだった剣を腰の鞘に戻しながら、秋斗くんが答えてくる。


 ザア――、と突風が巻き起こった。


 今までの優しい雰囲気とは違う荒々しいそれに、私は反射的に身をかがめた。スカートをおさえ、服のすそがバタバタと激しくはためいてうるさい中、なぜだか彼の静かな声だけは耳に流れてきた。


「美結さん、だから。美結さんを、この手で守れるようになりたかった。ただ、それだけだよ」

「!」


 はじかれたように、私は真っすぐに秋斗くんをとらえた。いつもならそんな台詞、きいただけで背筋がかゆくなるはずなんだけど今回は違った。


 たまにフッとのぞかせる、この違和感。

 私の視線に気づいたのか、彼は自嘲めいた笑みを口元に乗せる。それはいつもの彼らしくない少しさびしげなもの。


「なのに、きみを危険な目にあわせてしまった。それじゃあ、意味がないのに。この力を――、手にいれた意味が」


 危険な目に、てこの前のオンリーロンリーで私がいたときのことを言っているの? 危険だったのは最後のコロシアムの崩壊にまきこまれかけていた時くらいで、他は別にそこまで危険じゃなかったような?


 そんなことより、力を手にいれた意味ってどういうこと?

 私がたずねるより先に、秋斗くんが口をひらいた。


「――ごめん、美結さん。新居に案内するのは、また今度ね」

「は、はい?」


 新居? なんの話? 突然のふってわいたような話題に裏返った声で返事をしながら、私はあわてて記憶をさぐる。


 えっと、新居、新居……


 ようやく発掘されたのは、異世界に来る前に秋斗くんがとんでもないことをしてきたという内容だけだった。


 私がいつの間にか所望していたらしい城を手に入れるために、魔王を倒したとかなんとか――

 やっぱり、半端ないわねとあらためて苦笑していると、フワと私の全身が重力から解放される――って、ここ、この感覚は!


「城に戻ろう、美結さん。さっきのこと、団長に報告しておかないと」


 さも当然のように、秋斗くんは私を抱きかかえていた。


「も、戻るのはいいけど! なな、なんで私をお姫様抱っこする必要があるんですか!?」

「急いで戻りたいから荒っぽくなるけど、ちょっとの間だけ我慢してね?」

「それは構わないけどって、違う! そこじゃないの! そこは全然、まったく気にならないから! って、話をきけええええ!!」


 あああああ! また、この展開にいいいいいいいいいいい!!

 内心でそう絶叫しながらも、どこか安堵している私がいて――


 さっき感じたあの違和感の正体を理解できたとき、私はどうするんだろう? どうしたいんだろう? 考えれば考えるほど嫌な感情に押しつぶされそうな気がして、私はそこで思考をいったん完全に停止させた。

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