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「いやあの、いまいちよくわからないんですけど……、今の「はい」はですね、「はい」とは微妙にニュアンスが違ってですね……ってきいていますか?」

「じゃあ、案内するからすぐにでも行こう。日が暮れると、魔物の数が増えてしまって危ないからさ。急いで準備するね」


 全然、きいていないし!


 私の意味ありまくりの視線をものともせず、部屋の奥へと消える秋斗くんと入れ違いにやってきたのは――、その身を闇に堕としてしまった地獄の使者。


 ユラリ、と黒の炎が彼女のバックで揺れ、「ホホホホホホホホ」と高笑いまでが加わる。


「ミユサンとおっしゃるのね、あなた。よおおおく、覚えておきますわあああ!」


 お、おお。すっかり覚醒状態じゃないですか。


 ふんぞり返りながらビシッと指をつきつけられた私は、苦笑してしまう。

 クルッと華麗にターンしながら、彼女は秋斗くんがいる部屋の方へと移動していく。もちろん、彼の前では完璧なお姫様。


「アキトさまぁ。とても名残惜しく、すごくすごく寂しくなりますけどぉ、エレノアはしばらくアキトさまのおそばを離れさせていただきますぅ」

「ああ、うん。またね」


 仮にも雇い主側のはずのお姫様相手に、そんなぞんざいな扱いでいいの?

 と思ったものの、当の本人は秋斗くんに声をかけられたのが嬉しかったらしい、「きゃあ!」と満足そうな歓声。


 ……なんだかなあ。


「では、ごきげんよう。アキトさまぁ!」


 ドレスのすそをつまみ、可憐なお辞儀をしてから彼女は部屋を出ていく。扉に手をかけながら、私の方をキッとものすごい鋭い眼差しでにらむのをしっかり忘れない。


 とりあえず手をふってみたものの、完全にスルー。デスヨネェ……


 ようやく嵐がおさまり、静寂が戻ってきたものの。私はもろもろの疲労で、中央のイスに倒れこむように座りこんだ。


「はあああ」


 胸にたまっていたものを吐き出し、私はあらためてテーブルのお菓子たちに手を伸ばした。


「ああ、つかれた……。ああ、おいひい……」


 こういうときの甘いものって、本当に救いだよね。素晴らしきかな、現実逃避。


 二、三個とほおばり、次は飲み物を手にしていると、秋斗くんが戻ってくる。その姿を視界にとらえた私は、飲んでいたものを盛大に吹き出してしまった。


 ああああああ。

 なんて、ことを……


 ぐっしょり濡れたブレザーの上着やスカート、そして空になったティーカップ。うらめしげにそれらを見ていた私は、そうなってしまった元凶に視線を戻した。


「……なに、その格好」

「え? 美結さんこそ、どうしたの? さっきと制服の色がちが――」

「ただの目の錯覚よ。そっちはまた、反応に困るような服装になったじゃないの……」


 秋斗くんの台詞をさえぎり、私はあらためて彼を上から下まで観察する。


 うわあ……、これは……


「あ、うん。これは、その」

「その?」

「み、美結さんといつかデートすることが出来たら、って思って……。そ、そのときのために用意しておいた、しょ、勝負服、なんだ」


 照れたように頬をかく、秋斗くん。


 その顔は、まさに超絶イケメンの名にふさわしい極上の微笑。だけど、その首から下は――そこまでオシャレや流行に敏感じゃない私から見ても、超絶イケメンの名にふさわしいどころか、普通とも言えないくらいひどい有様だった。


 サーモンピンクのシャツを青いズボンの中にイン、そして皮だかよくわからない素材のジャケット――しかも、変なアップリケつき――を羽織った秋斗くんは、ほぼ間違いなくダサい……! ダサすぎる……!


 なまじ顔がいいものだから、全体的な残念度が半端ない。


 うわああああ……なにこれ、疲労の次は相当な脱力感が……


 私がげんなりしていると、「あ」と思い出したように秋斗くんが告げてくる。


「あのね。美結さんの分も準備しておいたんだけど、よ、よかったら着てもらえないかな?」

「私の分もあるの? まあ、さすがにこのままじゃあれだし着替えたいなあとは思うけど……、か、考えてあげてもいいわ」


 まさか私の分まで用意してくれているなんて、と予想していなかったからとはいえ。

 このとき、もう少し警戒をしておくべきだった。なんといっても、前述したファッションセンスの持ち主。ああ、私の馬鹿ああああ!


「ほんとに? じゃ、じゃあこれ!」


 後ろ手に隠していたらしい衣装を秋斗くんに渡され、どれどれと受け取った私の目がすぐさま点になった。


 それは、秋斗くんと同じ鮮やかなサーモンピンクに真っ赤なレースやスパンコールが散りばめられた、ボリュームたっぷりのド派手なドレス。某年末の歌合戦の目玉として出てきてもおかしくなさそうなそれを、私は即座につきかえした。


「って、こんなの着られるかああああああああ!!」

「き、気にいらなかった? や、やっぱりちょっとペアルック感を出しちゃったのがまずかったかな?」

「それ以前の問題でしょうが! そ、そんなの着て、外に出られるわけがないでしょ!? あまりのコミカルな目立ちっぷりに恥ずか悶え死にすぎて、お嫁にいけなくなっちゃうじゃないの!」

「え? 美結さんはおれがお嫁にもらうんだし、その辺は気にしなくてもいいと思うんだけど?」

「!!」


 はずみで叫んでしまった「お嫁にうんぬん」。返された、さも当然とばかりのサラリとした殺し文句に、私の頬がひきつる。


 自業自得だけれど、なんでこうも毎度毎度迷いなく言い切れるのよ……このイケメンくんは。

 私が深く深く嘆息していると、秋斗くんはまた違った衣装を私に示してきた。


「じゃあ、こっちはどう? 『彼』に相談したときに、おれが彼女にのぞむストレートなものがいいって言われたから、思うままのものにしてもらったんだ」

「!!!!」


 差し出されたそれに、私は今度こそカチーンとかたまってしまった。


「ちょっと大胆かなあと思ったんだけど……。おれ、あのときに見た美結さんの透けたシャツが忘れられなくて、その……」


 恥ずかしそうに私とその服を交互に見ていた秋斗くんが、下を向く。


 ナンデスカ、アレハ。

 黒いビキニトップと、ショートパンツ。それをおおうように、シースルーのカーディガンみたいなのとスケスケのスカートが、って。


「ここ、こんなの着られるかああああああああ!! さらに引きこもって、外出できなくなるわ!」


 私は胸元を両腕で守りながら、絶叫した。


 馬鹿ですか? 馬鹿なんですか!? 馬鹿なんですよね!? そうとしか考えられませんよね!?


「残念だなあ……。美結さんに似合うと思ったんだけど」

「どこをどう見たら、それ一式が私に似合うという発想が出てくるんですか、あなたは!」

「え? だって美結さん、結構スタイルいいでしょ」

「ふぁっ!?」

「昔から思っていたよ? いっつも美結さん、おれの前では無防備な格好ばっかりしていたからさ」

「な……、な……っ」

「おれがどう思っていたかなんて、全然知らなかったでしょ? フフフッ」


 さわやかな笑みの裏で、私の心中はまったくおだやかではなかった。


 よみがえる、羞恥の数々。あっくんの前で、全裸に近い状態で堂々と着替えたこともあったような――ひいいいい! 忘れたい、忘れたい黒歴史。


 そ、そういえば、とあわてて切り替える。そのころのあっくんの服装を思い出してみよう。うん、そうしよう。


 えーっと、確かそう。

 青+赤+紫、緑+黄、青+オレンジとか鮮やかすぎるほどのビビットカラーを組み合わせ、着ていたパーカーやトレーナーには、必ずといっていいほど変わったアップリケがつけられていた。確か冬場は、カラータイツも愛用していて――って、当時から結構奇抜なファッションセンスだったわね……


 でも、と私は首をかしげた。


「ねえ、ちょっとききたいんだけど」

「なに?」

「その姿になって初めて会ったときに着ていた服は、どうしたの?」


 あのときは、全然ましな格好だったのに。


 異民族風の、動きやすそうな上下の服。ちょっと風変りだったけど、この世界の服だとしたらそれも納得だし。


 「あのときのは」と、秋斗くんがゆったりと両腕を組んだ。


「『彼』にもらったんだ」


 『彼』?

 さっきも言っていた、『彼』とかいう人物。同一人物なんだろうか。


 いったい、何者? と疑問に思うけれど、ここで話を脱線させるといろいろややこしそうだから、今はとりあえず記憶のすみにポイっと。


「じゃあ、そのあとに着ていた服は?」

「そのあと? ああ、あれはここで支給されているやつ。一般騎士の団服なんだ。着替えるのもめんどくさいし、寝るとき以外は基本、団服で過ごしているんだけど」


 なるほど。

 だから周りにも、そのセンスを疑われなかったわけね。


 私は大きく息をつくと、髪をワシャっとかきあげた。


「……まったく。いいわ、出かけるうんぬんより先に、連れて行って欲しいところがあるんだけど」

「え? えっと、その、それって……。み、美結さんと一緒なら、どこでも! よろこんで!」


 嬉しさ全開のその笑顔に、私はもう一度息をはいた。


 ったく、もう。しょうがないんだから……

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