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(3)

 イスから立ち上がった私は、そこで動きをとめることになった。


 開きっぱなしの扉を、わざわざコンコンとノックしている秋斗くんの姿を目にしたからだ。私に気づいたらしい、ニコッと無邪気な笑顔がはなたれる。


 うぐっ!


「ただいま、美結さん」

「きゃあ! おかえりなさい、アキトさまぁ! わたくし、ずっとアキトさまの帰りを待っていたんですよぉ! お会いできて、本当に本当に嬉しいですぅ!」


 満面の笑顔と鼻にかかる声で、彼女が入口に小走りで駆け寄っていく。


 なんという、変わり身の早さ。今の今まで、私をじとっとにらみつけていた子と同一人物とは思えない。


 扉をくぐった秋斗くんが彼女に気づき、一瞬驚いてからほほえんだ。


「え? あ、エレノア姫、来ていたのですね。いらっしゃい」

「もう、アキトさまったらぁ! 姫だなんて他人行儀じゃないですかぁ。エレノアでいいですよぉ」


 ポン、と彼女の髪を優しくなでると、秋斗くんは彼女の横をすり抜け、こちらに歩み寄ってくる。


 姫? あの子、お姫様なの?

 言われてみれば、まるでフランス人形を思わせるような青いフワフワのドレス。そういえば前に秋斗くんが言ってたっけ。王様もお姫様もいる世界だって。


 お姫様かあ。シンデレラとか白雪姫とか、物語のお姫様というと、そういう華やかでかわいらしいイメージだけど。まあ確かに、パッと見はそんな感じかなあ。


 しかし。秋斗くんの後方、当のお姫様の現在の形相を目にしてしまった私は、思わず硬直してしまった。


 キシャアアア、と今にもうめきそうな表情とバックにユラめく黒い炎。それはまさに――、般若。

 の、呪われる……! わ、私、きっと、わら人形に名前を書かれて丑の刻参りとかされてしまう……!


「美結さん、ごめん。予想以上に話し合いが長引いてしまって、戻ってくるのが遅くなっちゃった。不便はなかった?」

「あー……と、私は特に変わりもなく、まったくもって平気そのものだけども、えっと……」


 視線が、痛い。かなり、痛い。


 なんでこう突き刺さるような視線を背中に受けているはずなのに、眉ひとつ動かさずにいられるんだろう。とりあえず、秋斗くんをあっちにやらないと。お姫様が、完全な地獄の使者になってしまう……!


「アキトさま……」


 ほら、一歩近づいてきた!

 私はあわてて、秋斗くんの腕をつかみ振り向かせようとした。


「私はいいから、さっきの子――ごほごほっ」

「! 美結さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫。ちょっとお菓子を喉につめちゃったから、それがまだ――うひいい」


 我ながら、情けない変な声が出てしまう。

 逆に握り返されてしまった手を引き寄せられ、私と秋斗くんの距離が一気に縮まった。


 私の目が見開かれるのと、秋斗くんの背後からまるで黒板を爪でひっかいたような金切り声があがったのは、ほぼ同時だった。


「なんだか顔色もよくないみたいだし、横になった方がいいかもしれないよ。こっちの世界にきてから、ちゃんと眠れていたの? 食事は? ……ごめん、全部おれのせいだね」

「いやあの、お構いなく――じゃなくて、私のことは構わずにほっといてくれていいから! 秋斗くんは自分のやらなきゃいけないことを、きちんと思い出してもらってですね!」

「アキト、くん……?」


 抑揚のない、無機質にひびく声。


 うわあああ、もうすぐそこに迫っているし!


 ちょっと、秋――もとい、そこのあなた! もともとあなた、この国かなんかの騎士になったんでしょうが。

 さっきもあの子が言っていたし。えーっと、凛とした風鈴の騎士とかなんとか。騎士はお姫様のお守りをするのが、仕事の一つじゃないんですか……! だから、ほら!


 私の無言の視線と指摘に、秋斗くんは少しだけ眉をよせた。


「おれの……、やらなきゃいけないこと?」


 私は、うんうんとうなずく。


「自分に与えられた仕事や任務は、最後まで責任をもってやりとげないと!」


 考えるように私から視線をそらした秋斗くんの表情が、ハッとしたものに変わる。


「そうだ、すっかり忘れていたよ」


 ほっ。やっと思い出してくれたみたいだ。


 チラ、とお姫様の方を見てみると、秋斗くんのすぐ背後でジッとなめるように様子をうかが――っていない、目が完全にハートマークになっちゃっているし。


「考えこんでいるアキトさまも、カッコイイですぅ……」


 ダメだこりゃ。


 まあ、見とれる気持ちもわからなくも――いやいや、まったくわかりませんよ。ええ。……ちょっと、うん。ちょっと、格好いいだけ。ほ、本当にちょっとだけね。


「ごめん、美結さん。きみに言われるまで全然気づかなかったなんて、おれ、最低だな」


 いいのよ、別に。思い出してもらえたのなら、それで。

 私は気にしていないし、秋斗くんがそこまで思いつめることでもないわ。これも年上の余裕ってやつだもの、ふふふ。


「じゃ、じゃあ美結さん。早速、出かけようと思うんだけど……」


 出かける? ああ、お姫様についてどこかに外出するってこと?

 いいんじゃないかしら。私は、適当にお菓子でも食べて待っ――あれ?


 そういえば私、なんのためにこの世界に来たんだったっけ?


「その、えっと、せっかくだし、あの……」


 確か、秋斗くんがうちに不法侵入してきて、一緒にあんこパスタを食べて、それで――


「おれと、その、ででっ、でっでで……っ」


 なんか途中から、某SF超大作映画のタイトルが流れてきそうな音楽になっているような。


 なんだっけ、あの名言。アイルビー……


「でで、ででで、デートしてください!!」


 爆死!!


 突然ふってわいたその言葉に、私は思考も何もかもすっかりと吹き飛ばしながら絶句した。


 ……

 えっと………………?


「……はい?」


 何もかもが停止した世界で、ようやく私が口に出せたのは、その一言だけだった。


「!」


 秋斗くんの目が、これ以上ないほどに見開かれていく。


「美結さんから、「はい」って返事をもらえるなんて、正直思ってもいなかったよ……! ずっと探していた美結さんにも再会できたし、今日は最高の日だ……!」


 グッと拳をにぎった秋斗くんは、なりゆきが今ひとつ飲みこめない私にニコッとほほえんでくる。


 え? え? あれ?

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