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(9)

「はっ」


 と次に我に返ったとき、私は右手にスプーン、左手に鉄製のお皿をしっかりとにぎりしめていた。


 なにしてんの、私。こんなことをしている場合じゃないのに! 頭はそう理論的に考えるけれど、人間の三大欲求の一つである食欲を刺激された身体は、すぐにはとめられそうになかった。


「しかも案外、おいしー。これ」


 手にしたスプーンで真っ赤に染まったお皿の中をすくい、口にはこぶ。


 うーん、この激辛な味つけが結構くせになるかも。甘いものも好きだけど、辛いものも大好きなんだよね、私。よくかんで、ゆっくり味わおうっと。


「それ……、本当にうまいのか?」

「え、うん。ルーも食べてみたら? お腹すいているんじゃないの?」


 私はスプーンで一口分をすくうと、ルーに差し出した。


 ルーは嫌そうに顔をしかめていたけど、舌先だけでスプーンをなめて――声にならない絶叫をあげた。


「!! かっらっ!!」


 二本のうしろ足でその辺をとびまわったり、頭をかかえたり、のたうちまわったりといろいろ悶絶する様子を披露しまくってから、涙目を私の方にむけてくる。


「貴様……、よくもこんな辛すぎなものをオレ様に食わせやがったな……!?」

「普通に、おいしいじゃない」


 パクッ、と私は真っ赤にそまったスプーンを口にする。


「マジで、ありえ、ん……!」


 うめいてから、ルーは力なくその場に倒れこんでいく。


「一口しか食べないなんて、もったいない」


 そう言って、私はじっくりまったり食べ続ける。


 異世界でも、食材は元の世界とあまり変わらないようだった。にんじんの皮っぽいもの、じゃがいもの端くれっぽいもの、緑の葉っぱみたいなもの、そしてお肉っぽい塊。いかにもあまりものを寄せ集めて作りましたって感じの激辛スープだけど、食べられるならオールオッケ―! ま、私の神的料理に追いつくには、まだまだほど遠いけどね。


「ふう」


 完食して、お腹いっぱい。

 ルーの方をみれば、床にチーンと沈んだまま。


 このまったりとした気分でソファーとかに横になれたら、さらに幸せなんだけどなあ。


 チラと横目にできたのは、床に無造作におかれたワラみたいな織物だけ。あれに寝転がったら全身痛くなったし、やめとこ……


「さて、と」


 グッと、私は両腕を上に伸ばした。


 そういえば、今何時くらいなんだろう? 食事に夢中になるあまり、今の自分の立場をすっかり忘れていた。

 窓どころかすき間もないから、時間の経ち方がまったくわからないのよね。ずいぶんとここにいるようにも感じるし、でもあまり疲労感もない気がするし、うーん……?


「ん?」


 ドスドスドスドス。


 もう何度目だろうか、ひびいてくる足音。


 いっそ、あのカバブタを手なづけてみようかしら? とはいえ私が持っているものって、あんこ飴くらいしかない。あんなカバブタにあげるくらいなら、自分で食べるつーの。


 じゃあ、どうしたら? 色じかけ、は自信ないけど……。わ、私もその気になればきっと……! とりあえず、どこぞで見たせくしーぽーずなるものを――


「デロ、ニンゲン」

「へ?」


 いともあっさりと牢屋の扉をあけられ、私は出鼻をくじかれてしまう。


 ちょっ! この、右手は頭の後ろに、左手は腰にあてて胸を前に押し出すようなポーズで待ちかまえていた私の立場は、どうしたらいいの……!?


「なにやってんだ、貴様」

「!」


 いつの間にやら立ち直っていたらしいルーに、ボソッとツッコまれる。

 私は、いそいそと両手をさげた。めちゃくちゃ気まずい。そして、めちゃくちゃ恥ずかしい……!


「ハヤクシロ」

「あ……、はいはい」


 せかされて、私はあわてて扉をくぐった。ずっと見るだけだった廊下に、ようやく足をつける。はあ、やっと出られた。


 もしかして、私の無罪が証明されたんだろうか? だって私、何も悪いことはしてないもの。たぶん、きっと、メイビー。それならそうと、もっと早くに解放してほしかっ――


「モウスグ、コロシアイハジマル。ダカライマカラ、ショウヒン、ジュンビスル」


 って、外の世界ではもうそんなに時間が経っていたんですね。時間が経つのが、ホントあっという間のような気がします……とほほほ。解放されたわけではないことに気づいた私は、そのままガックリとうなだれた。


 そして。

 ガチャ、と金属音。見れば、この世界にもあったらしい手錠のようなものが、私の手首にがっちりとはめられていた。


 トス、と肩にルーが乗ってきて、すぐさまカバブタから隠れるように私の首裏にすり寄ってくる。ルーの首から伸びた鎖の先は、もちろんカバブタがにぎっていた。拘束された右手を強引にひきずられ、私は前のめりによろめく。


 手錠、けっこう痛いし! 反抗しようと自分の方に引き寄せた右手首が、予想以上の激痛に悲鳴をあげる。そんなのお構いなしに、カバブタはドスドスドスと進んでいき、私はこれ以上の抵抗は無駄だとあきらめて、おとなしくそれについていった。


 さっきいた牢屋から奥の方に見えていた、階段。長い螺旋になっていたそれをのぼった先には、ちょっとした広間と大きな扉があった。隅には、テーブルとイスが一つずつ。その巨大さは、普通の人間が使うものではなさそう。ここがカバブタの見張り部屋かな、と簡単に想像がついた。


 カバブタは大きな扉をやすやすと開け、先へ先へと進んでいく。


 今度は、まっすぐな通路だった。床は、今までと同じようなゴツゴツとした岩のような材質だけど、私の腰から上、そして天井にかけては透明なガラスのようなものでおおわれていた。

 そこから、階下がよく見える。どうやらここは、建物と建物を空中でつないでいる渡り廊下のようなところだった。


「うわあ、すごい人……って人?」

「貴様は、あれが人間に見えるのか? 貴様の人間という認識は随分ゆるいんだな。ククク」


 ルーが、その外見には似つかわしくない不敵な笑みを浮かべる。


 ガラスから見おろしたその場所は、まるでお祭りでごった返す人ごみのように、いろいろな人種であふれかえっていた。ヘビの頭、牛みたいな顔、立派な角やらウロコの生えた巨体。鳥のような羽に大きな一つ目の化け物や、六本足の獣みたいなのもいる。ここは、サーカスとか雑技団の本部ですか。


 てか、なんでこんな怪物ばかりが集まっているの? 町には、確かにたくさんの人間が住んでいたはずなのに。

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