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「ああああ、これからどうしよう……」


 上下左右見わたしてから、私はがっくりと肩を落とした。


 ゴツゴツして暗い壁、壁、壁。窓一つなくて、光源はここに通じている廊下の奥の方にだけうっすらと見える。目の前には、見るからに丈夫そうな鉄格子がはまっていて、両腕を伸ばした状態よりほんの少し広い室内は、これぞ牢獄という雰囲気バリバリの場所だった。


 突然のゾク、とした寒気に私は悲鳴をあげながら自分を抱きしめる。


「うう、やだなあ……」


 なんか、今にもデそうだし。むしろもうデているんじゃ……ひいいい! そういうのが、ご多分にもれず苦手な私。


 そもそもまだ中学になりたての頃、当時まだ幼稚園児だったあっくんをつれてお墓参りをしたときに――、あの忌まわしい事件は起きた。

 ああもう、思い出したくもない! ブルルルッと震えがはしり、私は激しく首をふった。


「おい、そこのペタ子」

「うきゃああああ!!」


 我ながら、ひどい悲鳴があがる。


 バックンバックン、と胸の鼓動がうるさくひびく中、鉄格子に背中を押しつけた私は、牢屋の奥からゆっくりと姿をあらわした黒い影に息をのんだ。


「……なんだ、その幽霊でも見たかのような声は。このオレ様に対して、失礼極まりないではないか!」

「びび、びっくりさせないでよ! 本当にデたかと思ったじゃない!」


 いつも通りの、態度でかすぎの犬っころだった。よかった、足が四本ある……


 とまっていた呼吸を再開させながら、私は力なくうなだれた。


「貴様、そういう類のものに弱いのか? それはそれは。おもしろいことを知った」


 はじかれたように顔をあげた私は、不敵に笑っている犬っころにあわてて反論する。


「そ、そんなわけないでしょ! 大丈夫だし! 全然、平気だし!」

「フフフ。なら見てみるがいい、貴様のうしろを。白い影が今、通り過ぎていったぞ?」

「!!」


 心臓が口から飛び出していきそうなほど驚愕しながら、私は全身をこわばらせた。


 ウシロ? ワタシノウシロニ、ナニガ?


 叫びたくなる衝動を必死にこらえて、そ、そういえば! と、急いで頭をきりかえる。


「ね、ねえ、犬っころ」

「だから、犬っころじゃないと言っているだろうが!」

「じゃ、じゃあ、ちゃんとした名前はあるの?」


 私の質問に、犬っころがフッと邪悪な笑みを浮かべた。


「ようやくその貧弱な記憶に、我が名をきざみこむ用意ができたようだな。では、身をひきしめてよくよく拝聴するがいい。そう! 我が名は、ルー……」

「そうそうそう! そんなことを言っていたよね!」


 そうだ、思い出した! 鼻筋男の子を追いかけるときに、そう名乗っていたんだった。


 ポンと手をたたいて私が納得しているのに対して、犬っころはあっちをむいてフセのような姿勢をしている。


「まだ、言い終わってねえのに……」

「それにしても……、カレーの仕上げに使われていそうでおいしそうな名前ね」

「はあ!?」


 むくっと起きあがって、犬っころがガルルルとこっちに牙をむいてくる。

 お。案外、かわいいかもしれない。


「きみのご主人様は、よっぽどカレーが好きなんだ。カツカレー、カレーうどん、カレーパン、どれもおいしいよねえ」

「この世界で唯一無二の存在たるオレ様に、ご主人様なんていないわ!」

「そういえば、最近食べてないなあ」


 チラ、と犬っころ――ルーを一瞥する。


「よろしく、カレ……ルー」

「貴様! まさか今、カレーのルーとか口にしようとしたんじゃないだろうな!?」

「そ、そんなことないって! というか、きみが知っているということは、カレーのルーってこの世界にもあるのね」

「知らんわ! なんとなくだ! 話の流れ的に、そんな気がしただけだ!」

「はあ……。カレーって、たまにすごく食べたくなるのよね」

「きけよ! いいかげん、オレ様の話を! いいから、きいてください!!」


 話なら、ちゃんときいてますよ~っと。


 それにしても、まさかこの年でこんな牢屋に入ることになるなんて。窓際でうつらうつらしながら授業を受けていたあの頃が、懐かしく思えてきてしまう。


 小学校、中学校、そして高校と目立ちそうなことはなるべくひかえて、成績もそこそこ品行方正にごくごく普通に生きてきたのに。


「まあ、うん」


 と、私は前向きに考えなおしてみる。


 まずもって世界が違うんだし、私の経歴に傷がつくわけじゃない。滅多にない体験、どうせなら楽しもう。そうそう、まだデると決まったわけじゃないし。平気平気。


「よし」


 最初に、鉄格子をつかんでみることにする。うわっ、予想以上に冷たい! 手のひらにじんわり伝わってくるその感覚は、私の肌にしっくりと吸いついてくる。


 ためしに押してみる。うん、びくともしない。押してダメなら、引いてみな。うん、びくともしない。


「ねえ、カ……ルー! きみのサイズなら、ここから出られるんじゃないの?」

「今また、カレーのルーって言おうとしたな、貴様」

「ち、違うって! ほんのちょっと、かんじゃっただけだって。ほ、ほら、カンガルーだったかもしれないじゃない」


 懸命に言いつくろうけど、ルーは半眼で私をにらんでくる。「だれが、カンガルーだ」と吐き捨ててから、そのまま嘆息した。


「あいにくと、オレ様はこれ以上動けん」

「え、どういうこと?」

「貴様の目は節穴か。オレ様の首のあたりを、よく見てみるがいい」


 言われて、私はよくよく目をこらしながらルーを観察した。


 銀色の毛並みにまぎれて、その首元には同じ色に光る輪とそこから伸びる錆びた色の細い鎖が見えた。


「首? 普通に、首輪と鎖がついているだけじゃない」

「馬鹿か、貴様! これのどこが、普通だ!? このオレ様が、どうして首輪と鎖などでつながれないといけないんだ!?」

「え? だって犬は普通、外では首輪と鎖でつながれているものだけど?」

「犬じゃないわ!!」


 タタタタ、と駆け寄ってきたかと思えば、鎖の長さの限界を超えたらしい「ぐえっ!」とうめき声をあげてから、うしろに転がっていく。


 「ああ、くそっ!」ともう一度同じ動きをくりかえし、ベシャッと最後はうつ伏せになってつぶれてしまった。

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