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 ガッ! 次に耳をうったのは、そんな物音だった。うわっ! きくからに、痛そうな音がした!! って、あれ……? 私は、おそるおそる両目をあけた。


「え、なんで? どうして? 全然痛くない……って、なななにこれっ!」


 目の前には確かに地面があるのに、私の身体はそこにはなかった。


 つま先も、髪の毛の一本さえも、どこも触れていない。むしろ若干だけど、地面との距離があるような気がする。これって、まさか……


「うそ! 私、浮いてる!?」

「そんなわけないだろうが、馬鹿か貴様! って、あ」

「きゃああああ!」


 わけがわからないまま再度落ちていく、私。


 考える間もなく出迎えてくれたのは、予想通りのかたく冷たい地面だった。ガガッ! 受け身もなにもとれない私は、顔面から激突していく。


「へぎゃぶっ!」


 お世辞にもかわいいとは言えない奇妙な声と、脳天をつきぬけていくような激痛。


 痛い……、めちゃくちゃ痛い……

 特に、鼻と額と目と鼻と口と胸と腹と鼻と、なんかもうすべてもろもろが痛い……


「おーい、大丈夫かー?」


 ちょっと涙目になっている私の頭上から、能天気なセリフがふってくる。ガバと顔をあげ、私はそちらをにらみつけた。


「大丈夫なわけがないでしょ!? どこをどう見たらそんな言葉が――って、アイタタタ」


 ヒリヒリする鼻先や額を手でおさえ、私はうつむく。


 苦節15年。木や階段から落ちても、顔面から着地なんてしたことなかったのに。


 昔、ちょっとしたいたずらで幼い秋斗くんをブランコからすべらせて、顔に無数の傷を作らせてしまったことを思い出し、ちょっとした罪悪感がわいてくる。

 あのときは悪いことしちゃった、かなあ? まあ、過去は振り返っちゃダメってことで。ん? 過去?


「あれ? ねえ、そこのワンちゃん」

「だれがワンちゃんだ」

「じゃあ、ワンワン?」

「さっきと、あんま変わらんわ!」


「えっと、じゃあポチ、クロ、タマ?」

「はあ!? 崇高極まりない存在のオレ様に、そんな安っぽいペットみたいな名前をつけるとは至極無礼すぎるわ! しかも最後のやつ、どちらかといえば犬というより猫だろうが!!」

「ん~、どこかで会ったような気がするんだけどなあ。どこでだったかしら?」

「って、話きけよ!」


 器用にうしろ脚で立ち、背中の小さな二枚の羽をパタパタとしながら、空中でふんぞりかえった銀色の毛並みの犬っころみたいな生物。およそ小動物には似つかわしくない横柄な態度をとってくるそれに、私の記憶から何かがよみがえってくる。


 そうよ、確かあれは……


「フフン、まあいい。この世界で唯一の存在たるオレ様が、ピンチに陥っていた貴様のみすぼらしい衣服の裾を噛んで助けてやったんだからな! まあ途中で口を開けて離してしまったけれど、それはオレ様のせいじゃねえ、予期せぬ不運な事故ってやつだしな! 心の底からオレ様を敬い崇め奉り、そして涙が枯れるほどに感謝感激の上、そこの地面に額をこすりつけるくらいの敬服と同時に最大限にありがたく思うがいい! この、胸やらすべてがペッタンコのド貧み……っ」

「えっと……、ごめん。誰だっけ?」


 私の脳がオーバーフローを訴え、私は素直にそうたずねた。


 ズコッ。そんな擬音が似合いそうな実に見事なコケぷっりが、空中で披露される。うん。案外、かわいいかもしれない。


 てかこの子、さっきさりげにすごく失礼なことを言おうとしてなかった?


「オレ様を忘れた、だと……!? あの日あの時あの草原で、ペタコの分際で偉大なるオレ様の命令をきかず、働いた数々の無礼非礼を忘れたとは言わせないぞ!!」

「誰がペタコよ、誰が! ただ単に、ちょっと発展途上なだけよ!」


 ……そう。私は周りからみたら少しだけ、ほんの少しだけ胸が小さい。それは、自分でも認めている。学校のクラスメートの女子たちは、それはそれはたわわに実らせている子もいるというのに。


 「最近の子は発育がいいわねえ」と口にしたのは、誰だったか。最近の流れに乗れていない子もいるということを、理解して欲しいものだ。


「フ、こんなの愚の骨頂よ」


 まるで悟りをひらいたかのように、私は両腕をひろげた。

 べ、別に開き直っているわけじゃない。だって、まだまだこれからだって、私は信じているもの。そのうちこう、ボーンと。ボーンとなる(予定)なんだから……!


「おい! そろそろこのオレ様を完全スルーするの、やめろ! つーか、やめてください!!」

「あ、そうだった」


 完璧に忘れてた、と続きそうになったそのセリフをなんとか飲みくだして、私はあらためて犬っころを見た。


 そういえばこの子、私の落下をとめようとしてくれたんだっけ? とりあえず、お礼を言っておいた方がいいかな?


「えっと。さっきは、助けてくれようとして結局未遂に終わったようだけれど、どうもありがとう?」

「疑問形にするとは、断じて許さんぞ! ちょっと、事故っただけだろうが!」

「だって、あのあとめっちゃ痛かったもの」


 思い出した途端、ジンジンと鼻先が痛み出す。


「だから事故だと言っているだろうが、このペタコ!」

「ペタコじゃない! 私には相原美結ってちゃんとした名前があります!」


 一息に私が名乗れば、犬っころがパチパチと瞳をしばたかせる。その首(とはいっても、そもそも首というものがないような気がするけど。うん、犬だし)がかしげられ、きっかり10秒ほどたってから、言いにくそうに私の名前を発音してきた。


「哀、ハラミ湯?」

「って変なところで区切るな! でも、なんかちょっとおいしそうな気も……はあ。そういえば、お腹すいたなあ」

「どうやったら、うまそうって感想がでる? 見た目どおりの貧乏くささ120%のペタコだな、貴様。食い意地が、はりすぎだろうが」


 なんか言われているけど、スルースルー。


「相原が苗字で、美結が名前よ。まあ、この世界に苗字があるのか知らないけどね」

「だから、きけよ! オレ様の話!」

「ところで、きみにききたいことがあるんだけど」

「だから!!」

「ねえ、なんで私の言葉が通じるの? さっき一緒だった部族っぽい人たち、私と全然会話がかみあわなかったのに」

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