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(3)

 ――で、どうしてこうなったわけですか?


 私はしびれてきた足をくずしながら、深々と息をついた。私のそのちょっとした仕草にも、おお! という歓声があがる。


「この屑がッ! この屑がッ! この屑がッ!」

「阿呆丸出ーし阿呆丸出ーし阿呆丸出ーし」

「変な眉毛~、変な眉毛~」

「チャー、シュー、メン」


 さっきからなんなのよ、これは。せめて喜んでいるのか私をけなしているのか、どっちかにしなさいってば。


 皆が皆、何とかの一つ覚えのようにその台詞だけしか口にしない。延々同じ言葉をリピートされて、さすがに耳がわんわんと変な反響さえしてくる。

 はあ、と再び私から大きな嘆息が漏れ落ち、それにもまた、おおお! という歓声があがった。もう、いいってば。


 私は今、どこぞの集落のようなところに連れてこられていた。あのあと知らず知らずのうちに眠ってしまったから、どこをどう移動したのかさっぱりわからないけれど、目が覚めたらこの広場のど真ん中にござのようなものが敷かれ、その上に私は座らされていた。


 私の周りにはこの集落の住人だろうか、それこそ私よりも年下じゃなかろうかっていう少年から私の祖父くらいのおじいさんまで、いろいろな年齢層の人たちが集まって興味津々と私を眺めている。不思議なのは、それが全員男の人だってこと。しかも全身黒ずくめ。怪しすぎること、この上ない。


 居心地悪いなあ、もう。だからって、見知らぬ土地で不用意に動き回るのは、あまり褒められた行為じゃないだろうし。さっきみたいに魔物? におそわれたら、たまったもんじゃない。今はまだ、こうやって見世物パンダよろしくしていた方が、安全なのかもしれな――


「心が折れてしまえばよかったのに、心が折れてしまえば!」


 なごやかな雰囲気をぶちやぶったその暴言に、私の安心感は一気に吹き飛んでいった。その場にいた全員の注目がそちらにうつり、私もじとっとした目をむける。


 予想どおりのタル男――いつの間にか周りと一緒の黒のローブ装着済みが、血相を変えてこちらに走ってくる。

 すると、私の周辺でお決まりのような言葉たちがいくつも飛びかっていき、にわかに騒然となった。


 なに、なに? どうしたの?


 私が立ちあがろうとしたのと、ほぼ同時だった。


「あなたの胸筋に、ぞっこんラブ――!!」


 そんな熱烈な叫びが、私の耳をつんざいていったのは。


 きょ、胸筋? またなんで、そんなマニアックな部位を――と内心ツッコミながら、私がその発生源を見ようとすれば、フワと私の身体が宙に浮いた。


 え、と思う間もなく、ガラガラガラ――響き始める例の音。私はタル男に抱えられたまま、またしてもタルに乗って移動していた。ってまた、米袋状態!?

 私の説明を求める視線に気づいたらしい、タル男が真剣な顔立ちを私にむけてくる。


「心が折れてしまえばよかったのに、心が折れてしまえば。心が折れてしまえばよかったのに、心が折れてしまえば――」


 必死に教えてくれているようだけど、その内容は相変わらずのそれ。まあでも、何か大変なことが起こったらしいのは彼の様子でなんとなくわかる。


 ドガァアアアン! まるでタイミングを見はからったように、進行方向とは逆の方からそんな爆発音があがった。


 な、なんなの!?


「心が折れてしまえば、よかったのに!」


 そう言って、タル男は腰の剣を引き抜いた。タル男の前方に、茶色の馬に乗った人影が回りこんでいくのが見える。風にあおられたフードが飛ばされて、真っ赤な色からこげ茶色にグラデーションのかかった前髪と、鳥が羽をひろげたかのようなド派手なサングラスがめちゃくちゃ目立つ。


 あれ? あの白っぽい服って――


「素敵……る……、あ……の鼻筋」


 ぼそぼそと、どこかめんどくさそうに口にしながら、突っこんでくる前髪ド派手な人影。素敵って、鼻筋が? いや、そんなところ褒められても。


 私が苦笑しているうちに、ふりおろされた相手の武器――痛そうなトゲトゲつきの鋼鉄のムチをタル男の剣が受け止めた衝撃が、私にも伝わってきた。


 ひえ……っ! グラ、とタル男のバランスが崩れかけたけれど、何とか踏みとどまる。


「心が折れてしまえば、よかったのに、心が折れてしまえば!」

「素……、……よ、……たの、鼻筋!」


 ガキィ! ビシィイ! バシィイイイン! 何度も交差する、二つの武器。間近で金属どおしがかなでる合唱に、私は何度も肩を跳ねあげる。すごく危険が張りつめたシーンなんだろうけど、でも――


「心が折れて、しまえば、よかったのに、ぃい!」

「素敵、……、るよ、あなた、の、鼻筋ぃ!」


 なにこの、説明しようのない不毛な感じ。目の前で繰りひろげられるぶつかり合いに、私は緊迫感というよりもある種の脱力感を味わっていた。


 ええと。まあこんな時は……、そうだ。あんこ飴でも食べよう。ちょうど糖分が欲しいなあ、と思っていたんだった。


 戦闘が続いている中、私はポケットから取り出したあんこ飴を一つ口に入れる。ああ、甘くておいし――


 ガキィイイイン!! 金属同士がかなでる耳ざわりな音と共に、タル男がバランスをくずしたらしい。それに巻きこまれた私のポケットから、バラバラバラとあんこ飴がこぼれ落ちていく。


 ああああ! 私のあんこ飴ぇええええ――!!

 ……ぷっつん。私の中で、何かが切れたような音がした。


「心、がっ」

「鼻、すっ」

「いい加減にしろ――っ!!」


 剣と剣がぶつかった衝撃音に重なるように、私の絶叫もひびきわたった。その時。


 チュドォオオオオオン!!


 そう、文字であらわすならばそんな爆音を立てながら、目の前の馬に乗った鼻筋男――背丈からして、もしかしたら私より年下かも? が上斜め45度きっかりに吹っ飛んでいく。と同時に、私をかかえていたタル男もまた、反対方向へと見事な放物線を描いて――ってちょっと待って! タル男がそうなってしまったということは、ということはということは!


 高々と宙に放りだされ、支えを失った私の身体は重力というものに引かれて(この世界にも、当然重力はあるらしい・涙)すぐさま落下していく。


「ああああ、やっぱりぃいいいい!!」


 腹ばいの状態で、私はひろがった茶色の地面に目を閉じる。


 かたい、いたい、かたい、いたい。落ちるスピードがやけにスローに感じる中、グルグル回る単語を念仏のようにとなえながら、私は次にくるであろう衝撃に全身をこわばらせた。

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