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 2、フラグ・クラッシャー


「ん……」


 次に気がついたとき、私の目の前はきれいな青空に包まれていた。さわさわ、と心地よい風が頬をなでていく。


 大の字に寝転がった状態で左右に首を動かせば、秋斗くんどころか誰もいない。


 私は、再び上に視線をもどした。抜けるような青色が、目にまぶしい。コクン、と口の中に残っていたあんこ飴が喉を流れていった。


「ここ、どこ?」


 独り言のようにつぶやくけれど、なんとなく答えは出ている。

 もしかしてもしかしなくても、私――、異世界で一人ぼっちってやつですか?


 …………

 ………………

 こうしていたって、何も始まらないか。


 私は、「よっ」と上半身を起こすと、とりあえずあたりを一望してみた。


「うわ……」


 思わず、声がもれてしまう。


 私が寝そべっていたのは、どうやらだだっぴろい草原のようなところだった。

 何もさえぎるものがないから視界はとにかく良好だけれど、本当に何もない。見わたす限り、青々とした緑のじゅうたんがギッシリと続いている。


 前後左右、どこが前でうしろなのかよくわからないほど同じ風景に、私は短く嘆息した。


「ここって、あっちの世界――つまりは異世界、なのよね?」


 誰にともなく問いかけながら、私は両腕を組んだ。


「どんな世界なのかしら……」


 太陽? が浮かぶ青い空や草がしきつめられた地面、そして呼吸が出来るということは酸素もあるんだろうし。う~ん。場所はともかく、ここに存在しているものに関しては、元の世界とそれほど変わらない気がするんだけど、どうなって――


 そこまで考えて、私はハッと意識を戻した。


 グルルルル。背後からひびいてきたのは、できればききたくなかった低いうなり声。そういえば、秋斗くんが言っていたような? あっちの世界には、魔物が――

 たら~っと顔の横を汗が一筋流れていくのを感じながら、私は恐る恐るふり返った。


「ひいっ」


 (勝手なイメージ開始)

 真っ先に飛びこんできたのは、私を獲物に見定めたのか、ギラついた獰猛な眼差しだった。鋭い牙がすきまなく並んだ口は耳の辺りまでさけ、のぞいた赤い舌はヌラヌラとぬめり、背中には折りたたまれた二枚のこうもりみたいな羽があって、銀色の毛並みに全身をおおわれた、まるで狼のような獣。


 私は突然のことにビク、と両肩をすくめた。自分を守るように身体をこわばらせて――って。


 ん? いや、ちょっと待って。


 私の視線が、徐々におりていく。

 適当に狼みたいな想像していたけれど、これって――


「ちっさ! しかもたぶん、ただのチワワ!」


 ピタ、と目がとまった位置で、私は思わずそう叫んでいた。


 だって、膝立ちの私よりも一回りも二回りも小さいそのフォルム。あらわすならば、私が使っている枕よりちょっと小さめってところかしら。


 ちなみに私の枕は、普通のやつよりコンパクトサイズ。中身は純100%のあずきよ? フッ、当然よね。あんこをいれたりなんかしたら、ちょっとやわらかすぎるもの。


 と、枕談義はどうでもいいんだった。


「……っ」


 あちらの出方をうかがいながら、私は息をひそめ、相手を刺激しないようにゆっくりと立ちあがった。


 魔物? とはいえ、この世界で私が出会った初めての生物。見た目は完全にチワワだけど。異世界というくらいだから、もしかしたら話が通じるかもしれないなと、ふと思った。チワワだけど。この世界のことをきけたら、いろいろ助かるのになあ。


 あ。


 グッと服をつかんだ拍子に、私のあんこ飴が飛び出してしまったらしい。コロコロコロと転がっていった先には、例の魔物。てか、チワワ。魔物というより犬っころだ。


 どうやら興味を示したらしい、その犬っころがあんこ飴のフィルムをはずし――ってそれ、私のあんこ飴だから!

 あわてて手を伸ばしたものの、届くよりも先に私のあんこ飴は犬っころの口の中へと消えていってしまった。


 ああああああああ!!


「おい、貴様」

「……はい?」


 悲しみに打ちひしがれ、ガクッとうなだれていた私にハイトーンな声がかけられた。


 顔をあげ、きょろきょろと目を動かしていると「貴様だよ、貴様」と指摘される。「私?」と自分を指さしながら、私は声のする方に意識をむけた。


「え? えええええええ!!」


 い、犬っころがしゃべってる!?


 ちょっと、すぐには信じられそうにない。話が通じたらいいなあとは確かに思ったけど、まさか本当になるなんて……

 そ、そうだ、早速この世界のことをきいてみようと、次の言葉を探していたら。


「そうだよ。そこの呆けたツラしたマヌケ顔の貴様だ。貴様、この世界のことを知りたいんだろう? だったら、オレ様が直々に教えてやってもいい。もっとも、貴様みたいな見るからに頭の回転が悪そうな脆弱たる人間の女の分際で、唯一無二の存在であるこのオレ様の崇高な話についてこられるか、はなはだ疑問だけどな。まあ、心優しいオレ様に出会えた事をまずはひたすらに感謝してもらって、もしどうしてもオレ様に教えを乞いたいってんなら――」


 み、耳が痛くなってきた……


 な、なんなの、こいつ! いきなり口を開いたかと思えば、なんでこんな超絶上から目線なのよ! マシンガンのようなしゃべりっぷりに、私の頭がクラクラしてくる……。と、とりあえず黙らせ――っ。


「とりあえず、土下座でもするがいい」


 私の内心の台詞にかぶせるような、その命令口調。ピキッ、と青筋がひきつる感触がした。


 瞬間、一気に間合いをつめた私の右アッパーがうなりをあげ、相手のあご先にクリーンヒットした。


 バゴオッ!


「うっきゃあああああああああああああ」


 ……はっ。


 次に私が自我を取り戻したとき、さっきまで私の目の前にいたはずの犬っころは影も形も消えうせていた。


 しまった、せっかくの情報源が――と思ったけどやっぱりいいや。あんな偉そうな犬っころに教えを乞うくらいなら、魔物に食べられちゃった方が全然マシだもの。というのは、ちょっと言いすぎか、な……


 なんて私が軽く考えていると、グォオオオオオオ。背後から再び、獣のうなり声が響いてきた。

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