(12)
夜。
日課にしているクレッシーとの剣の稽古を終わらせて(ついでに頼みすぎたスイーツをいくつか置いてきた)城へと帰ってきたおれは、部屋で手早く着替えを済ませてからナイツの執務部屋に向かった。
ようやく団長が戻ってきていたらしくて、定例の報告会――という名の酒盛りというか、元の世界で言う飲み会というか、ただ集まって好き勝手に飲み食いする会が始まった。
とは言っても、おれはまだ18歳だし、元の世界ではいわゆる未成年。こっちの世界でそういう制限はないけれど、なんとなく憚られて自分から飲むことはない。
団長、イレイズ、サリューはもちろん成年だし、先輩はおれより年下だけど、まだ謹慎兼奉仕活動中だから、今回は給仕担当。
「ああああああ! なんでこの僕が、こんなことをしないといけない系なんだよ!」
その先輩が、部屋の隅の方で頭を抱えながら叫んでいる。
おれは、夕方に食べたスイーツたちがまだ胃の中に残っていることもあって、かなりのスローペースで水を飲みながら塩漬けにされた野菜をつまんでいた。
すると、近くの壁にもたれかかっていたサリューが、呆れたような半眼で先輩を睨みつけて。
「だっておまえ、まだ団長からの謹慎とけてねえんだろ? 自業自得だっつーの。つーか、なんだその格好……」
「ふん! 僕は形からきっちり、すべてを完璧にしないと気が済まない系なんだよ!」
「おまえのこだわりなんかまったくもって興味もないが、なんで女装なんだよ」
サリューに指摘されて、先輩が腰に両手を当てて「ふんっ」と鼻息荒くふんぞり返る。その動きに合わせて、スカートの裾がふわっと揺れた。
「僕は、いつどんなときでもその時その場所に応じて最も適していると思われる服装をすぐに察知できる系だし、どんな服装でも着こなしてしまう系だからね。凡人とは感性が抜群に違いすぎて理解して貰えない系なんだよ、ふふん」
「……ま、どうでもいいから、とっととイレイズにも酌をしてやれよ」
あごでクイと、サリューが少し離れた位置に座ってグラスを傾けているイレイズを示す。
イレイズの青い瞳が、スッと冷淡に細められた。
「私は、遠慮しておくわ。だって、近づかれるのだと思うだけで虫唾が走るもの。あ、そうではなくて、変なものを飲まされそうだもの」
「はあ? そんなわけない系だろ!」
先輩がイレイズを指さして、抗議の叫び声をあげる。
まあ、当のイレイズは全然取り合おうとはしていないみたいで、黙々とグラスのワインを口にしているけど。
サリューがイレイズに近寄って行って、じとっとした横目を流した。
「おまえ……、あいつには輪をかけて冷たいよな。たたみかけ方が、直接的でえげつねえ」
「なんのことかしら?」
小首を傾げながら、イレイズがそう答える。
イレイズは誰にでもえげつないと思うけどな、と心中でつぶやいていると。
「アキト」
名前を呼ばれてそちらを向いたら、笑顔で手招きされているのが見える。
うわ……
自分から、飲むことはない。
けれど。
「……はああああ」
やっぱりというか、団長につき合わされて結局こうなるわけだ……
ようやく解放されたのは、深夜もだいぶ過ぎたころ。城の廊下を歩きながら窓から見た月が、西の空へと傾き始めているころだった。
別に、飲むことは嫌いじゃないし、和気あいあいとしているわけじゃないけど、ナイツのみんなと一緒に過ごす時間も悪くない。
自分の部屋に戻ってきて、着替えもそこそこに窓の近くの壁にもたれかかる。そこから、ぼうっと外を眺めながら、おれはゆっくりと息を吐き出した。
今日は、月がきれいだ。
こんな日は――、いや、こんな日でもいつでもきみに会いたい。
「美結さん……」
そう呟いて、おれはまどろむように目を閉じていって。そこで、おれの意識は完全にブラックアウトしていった。
それから――、どれくらい経ったのか。
不意に意識が戻って目を開けたおれは、「え」とまずは硬直した。
夢か、ともう一度寝ようとしたけど、さっきのあれがまぶたの裏にくっきりと貼りついて離れない。
恐る恐るもう一度開いてみてやっぱり変わらない光景に、おれは自分でもはっきりとわかるくらい両目を見開いた。
だって、目の前に――って、いやこれ、本当に目の前? なんで、どうして? だって僕、ちゃんと自分の部屋で……