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「結婚してください!!」


 家を出て、いつものように高校へと歩いていく途中の通学路。ゆるやかな坂道となっているその場所の、ちょうど中間地点あたりでひびいてきたその言葉に、私は目を何度もまたたかせながらふりむいた。


 ゆっくりと視線をおろしていけば、そこにはランドセルを背負った男の子。小学三年生になったばかりのその子が、すごく真剣な顔でこちらを見あげている姿があった。

 見慣れたその子に、私はふうと息を吐く。


「おはよう、あっくん」


 軽くあいさつをすれば、黄色い帽子に包まれた頭をずずいっと私の方に押しやりながら、その子――あっくんはあいさつの返答もそこそこに、いつものように私へつめ寄ってくる。


「ねえねえ! いつ、結婚してくれる?」

「いつって、それ昨日も一昨日もその前もきいてきたじゃないの」

「だっておねえちゃん、いっつもちゃんと答えてくれないんだもん」


 ぷうっと頬をふくらませるあっくんに、私は思わず苦笑いしてしまった。

 そういう話題はあんまり興味がない、て言ったらもっと怒るんだろうな、この子は。


 私は「う~ん」と首をひねりながら、まっすぐ立てた人差し指を自分の唇に当てた。


「そうだなあ。あと10年くらい経って、あっくんがめちゃくちゃカッコイイ男の人になっていたら、考えてもいいかも」


 私の答えに、あっくんの顔がぱあっと輝いた。


「10年? 10年だね?」


 頬にあてようとした右手を途中でとめ、私はうなずく。


「そう、10年」

「うん、わかった! 絶対だよ? 絶対絶対、絶対だからね? 約束だよ、美結おねえちゃん!」


 駆けていく背中を見送りながら、私は手をふった。

 可愛いなあ、と朝からほのぼのしてしまう。


 今日で何度目だろう、あっくんからのプロポーズ。確か最初は、私が高校に入るちょっと前だったかな? 今までは「急いでいるから、また今度ね」と適当にあしらってきたけど、今日は何となく条件を出してしまった。


 あの子は将来、イケメンになるんだろうなあ。幼いけれど、藍色の瞳がすごく印象的な整った顔立ちをしているもの。


 10年……、かあ。思いついたまま口にしてしまったけれど、10年も経ったら、私はアラサー付近の立派なおばさんだ。どう考えても、眼中にはないだろうな。


「まあもともと私、年下には興味ないしね」


 そうしめくくって、私はいつものコースで自分の高校へとむかった。



 1、始まりは突然のプロポーズから



「結婚してください」

「……は?」


 ぽかんと口をあけている私の前には、ちょっと変わった服装に身を包んだ超絶イケメンがいた。


 私より身長が高くて、見上げる位置にある顔を見た感じだと二十歳くらいだろうか。サラサラな茶色の短髪と、優しそうな澄んだ藍色の瞳。生まれて初めて実感する、世の中にはこんなに整いすぎるほど整った顔立ちの人間がいるものなんだって。結構、好みかも……って、いやいやいや。


 そんな超常現象のような彼に、いつも通っている坂道のど真ん中で、いきなり面とむかって告げられたのだ。


 だれ、このひと?

 急に、なに言ってくれちゃってるの?


 てか、なんで私? 法律上、まだ私は結婚できる年齢ではないのですが。


 私の頭を、?マークが大量に発生して、あとからあとからわいてくる。

 とりあえず、私は首をかしげながら口をひらいた。


「あの、誰かと間違っていませんか?」

「いや。きみは、相原美結さんでしょ?」

「そうですけど……、どうして私の名前を知っているんですか?」


 あからさまに、あやしくなってきた。

 不審に思い始めた私は、かばんを小脇にかかえなおすと少し距離をとる。


 すると彼は、ニコとほほえんできたのだ。


 ななななにこの、徹夜した次の日に直視するのがつらい太陽のような、笑みは……!


「幼馴染だからね、きみとおれは」

「はい?」


 いやいやいや。

 私の幼馴染に、あなたのような超絶イケメンさんは、どこをひっくり返しても出てきませんから。


「なら、やっぱり人違いですよ。私、あなたのこと知りませんから。他の、“相原美結”さんを当たってくれますか」


 そう言って、私は彼の横をさっさと通り過ぎようとする。


 と。私の手首がガッとつかまれ、ふりむいた私に彼がつめ寄ってきた。その真剣な顔立ちに、私はデジャブを感じ思わず息をのむ。


「あのときの、あの言葉は嘘だったんだ?」

「あの言葉……って」


 たずねられても、私には心当たりがまったくない。

 そんな私に、彼は少しだけさびしそうな表情を浮かべてポツリと言った。


「あのとき。確かにこの場所で、10年経ったら結婚してくれるって約束したじゃないか」

「へ?」

「美結、おねえちゃん」

「……!」


 その呼び名に、私は絶句してしまった。


 そうだ、確かに言った。確かに昨日、この場所でそう言った。

 でも、ちょっと待って。


 それを言った相手は、昔から知っている幼馴染の小学三年生の男の子で――どう考えても、目の前の超絶イケメンとあの子が結びつかない。だけど、そう言ったのはあの子にだけで、しかも他に兄弟のいない私を“おねえちゃん”と呼んでくるのは、あの子だけしかいない。


 いやそんな。まさか、そんなことがあるわけがない。


 でも、もしかして――、もしかするの?


「……あっくん、なの?」

「そうだよ」


 そのあっさりとした返答に、私はただただポカーンとなりながら、目を見開くだけだった。


 ――ハッ。

 秒針が一回転くらいはしたんじゃないだろうか、それくらいきっちり間を置いて、私は我に返った。


 ありえない。落ちついて普通に考えてみたら、やっぱりありえない。そう、ありえないでしょうが。


 この、二十歳そこそこに見える超絶イケメンが、幼馴染で小学三年生のあっくん? そんな簡単に、イコールで結びつくわけがないじゃない!

 なにこれ、新手のあっくんですよ詐欺? ああもう、よくわからなくなってきた。


 こういうときは――


「じゃあ、そういうことで」


 なかったことにするのが、一番。学校に遅刻するとマズイしね、うん。

 さあ、何も考えずに元気に登校登校っと。


 通り過ぎようとした私の手が、再び引かれる。しまった、手首をつかまれたままだった。


「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ、何か足りないものでもあるの? 約束どおり、10年経ったからきみを迎えにきたのに!」


 いやあの、意味がわかりません。


 10年経った? 昨日の今日で、まだ一日しか経っていないはずなんですけれど。

 一日ですよ、い・ち・に・ち。つまりは、365分の1年しか経っていないわけですよ?


 てか、それより何より。


「あなた、本当に私の知っているあっくんなの?」

「そうだよ。きみの家の二軒隣に住んでいた、瀬田秋斗」


 超絶イケメンが名乗った名前は、確かにあっくんの本名だった。


 けれど、それくらい調べたらすぐにわかりそうなもの。あっくんですよ詐欺には、だまされないんだから。


「なら、証拠はある?」

「証拠? ……困ったな。こっちの世界のものは、全部『彼』に処分されてしまったんだ」


 ん。こっちの世界? 処分? なんのこと?

 なんとなく気になるワードが続いたけれど、超絶イケメン――いい加減この呼び名も疲れたし、超イケに略しちゃおう。そうしちゃおう。


 しばらく考える仕草を見せていた超イケは、ふいに「ああ、そうだ」と手をたたいた。

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