ランチタイム
通常、ランチと言うのは夜の客に向けてのアピールもあり、サービス価格で出す店が多い。しかし、ここ "スマイル食堂" では平日の昼こそが儲け時であり、夜の為の軍資金を稼ぐ時なのだ。
しかし、普通のサラリーマンがランチに千二百円から千八百円も出せない。そこで、山崎の志を知るいつかの企業が提携に応じて、一人頭七百円から千円くらいの価格帯で従業員たちに提供させ、福利厚生費として企業が残りの差額を出してくれている。
とは言え、自治体へ補助金の申請を出しているので申請が通れば企業の負担も軽くなる。
正午を過ぎるとお腹を空かせたサラリーマンやOL、工場の工員らが、本格的な料理を求めて一斉に押し寄せる。
「おっ!今日の当番は玲子さんかいなぁ!ラッキーやなぁ。オレB定食頼むな」本当は商売なのだから、一人で回せなければアルバイトでも雇うべきところだ。しかしこれも山崎の志を知る近所の主婦らが自分たちでローテーションを組み、ボランティアで手伝いに来てくれているのだ。
「カズちゃん、三番さんカレーとお先の人、追加でコロッケお願い」普段、上品な玲子もこの時ばかりは汗だくで働いている。これが男性労働者には受けが良い。
ランチタイムは嵐の様に過ぎ去り、ようやくここからが主婦らの報酬タイムが始まるのである。
しかし今日は少し違う。早朝の出来事を聞いていた玲子は今度は自分が聞き手に回る番と理解していた。
「カズちゃん?あの子大丈夫なん?ただでさえ他の事もあって大変やのに…」玲子の美しいお額の眉間に皺が寄った。
「玲子さん、おおきに。せやけどこれはオレの運命みたいなモンやからなぁ」山崎は過去に思いを馳せた。
「何も、そこまで背負いこまんでもエエんちゃう?」
玲子はある程度、裕福に育ち今も事業を成功させている夫の元、幸せに暮らしている。余裕があるからこそ、山崎に協力している訳であって自分の身を削ってまで行動している山崎を正直、玲子は理解出来なかった。
「いっつも言うとるけど、オレの道楽に皆んな力を貸してくれるから出来んねん」山崎のやっている事は深く見なければ、ただの偽善にしか見えない。ただ山崎は回りに自分から協力を求めた事はないし自分のしている事をアピールした事も一度たりともなかった。ただ、一つの出会いから聞かれた事を素直にそのまま話し人が人を呼び、気が付けば回りに "是非に" と言って支援者が増えていった。
その支援者にしても、一度で受けた事はなく皆んな一様に "協力させて欲しい" と言って来て今があるのだ。
言ってみれば山崎と言う一人の男を中心に拡がった善意の輪なのだ。
「カズちゃん、ゴメン。そうやんなぁ。忘れとったわ。でも翔ちゃんに言うて警察に任せるんもありやけど、あの子がこの辺の子か確かめてみたり身元を探る行動をしたらどないやろ?小四やって言うとったから、とりあえず美月ちゃんトコの克也君にでも聞いてみたら?」玲子なりに精一杯、力になりたいと思って言った言葉だった。
「そやなぁ、今日の夕方にでも聞いてみるわ」山崎は今日の昼の当番が玲子で良かったと思いながら答えた。