西川巡査
こら、難儀やなぁ=これは厄介だなあ
後藤 史恵は出産直前まで保育士をしていたので、子供達の扱いに長けている。子供達も直ぐに史恵に心を開くので山崎 和浩も随分と助けられていた。
その史恵に対しても自分の学年しか言わないとなると、この先の不安はどうしても募ってしまう。
「カズちゃん、どないやった?」史恵が心配そうに山崎に訊ねた。
「うん、とりあえず今日は寝かした。多分やけど色々と辛い思いを抱え込んでここまで来たんやと思う。今は色んな質問をさせるのは、あの小っちゃい心には酷やと思うから」山崎は厨房に入り眼鏡をシンクで洗った。
「そうやんなぁ。まぁゆっくりでエエんと違うかな?なぁ史恵さん」少年の事が心配で残っていた加藤 雅代も神妙な面持ちで発言した。
「うん、今までかってそうやったもん。カズちゃん、何とかなるよ」自分の道楽でする事を心から協力してくれる二人の気持ちが山崎には嬉しかった。
「ほならアタシらはこの辺で。おやすみカズちゃん」二人の主婦を外まで見送ると、山崎はそのままハイライトに火を着けた。
「史恵さんと三〜四時間、一緒に居って自分の学年しか言わへんか…こら、難儀やなぁ」山崎はハイライトの煙を吐き出しながら夜空の三日月を見上げた。
「こら翔平の耳に入れとく必要があるかもなぁ」誰に聞かせるでもなく山崎は呟いた。
翔平と言うのは、山崎の二学年下の後輩 "西川 翔平" の事でこの街の交番巡査をしている男だ。少年時代、学生時代共に山崎と悪さをやりまくった間柄だが、何かに付けて山崎は翔平を庇った。
もし、山崎がいなければ翔平は警官になれなかったかも知れない。そんな西川巡査なので、山崎には未だに頭が上がらない。ともすれば山崎の為なら自分の職を辞してでも何でもやる覚悟でいた。
とは言え無論、山崎も翔平の立場を壊すような頼み事はした事はない。
山崎は徐ろにズボンのポケットから携帯電話を取り出すとボタンを操作し始めた。
「あぁ、翔平か?スマンけど明日、午前中の出来るだけ早い時間に食堂に来てくれへんか?相談したい事があんねん。あぁ、制服でも私服でもどっちでも構へんよ。どっちか言うたら公的な事やけど私的なニュアンスも含んどるから。あぁ、ほな頼むわ」山崎は奥歯に物が挟まったような物言いをして電話を切った。そして再び電話を操作した。
「あぁ、玲子さん?悪いけど明日出来たでエエねんけどちょっと早目に来られへんかな?ううん出来たらでエエねん。無理はせんでエエから。ほならよろしく」
電話を切った山崎はズボンのポケットにしまうと店の中に戻っていった。