抱擁
夜も七時をまわり、七時半に向かう頃には、"スマイル食堂" の客脚は、ほぼ途絶える。
「うわぁ、もう、こんな時間か!雅代さん、コッチ任してエエかな?」山崎は左腕のGショックに視線を落とした。
「あぁ、先客さんかいなぁ?構へんよ、行って行って」雅代は掌を腰辺りから上へ向けて振った。
「おおきに、ほな後は頼むは」山崎はそう言い残すと、前掛けを外して住居スペースになっている奥の部屋へと入って行った。
「史恵さん?ボンはどないや?」小さくしゃべる山崎の言葉には史恵に任せっきりにしてしまった事への申し訳なさと、自分が連れて来た少年にも関わらず放っておいてしまった事に対する罪悪感が込められていた。
山崎の声に反応し振り返った史恵の表情は、いつもとは違い神妙な面持ちだった。そして薄目を閉じると首を横に振った。
「カズちゃん、ごめん、アカンわ。この子、自分が小四やって事以外、話してくれへんわ」いつもは明るい史恵の表情には無念さが込められていた。それを見た山崎は、しばらく腕を組み、目を閉じて考え込んだ後、思い付いたように口を開いた。
「スマン史恵さん、ちょっとボンと二人っきりにしてもろうてエエかな?」その言って史恵には店の方に行くように促した。
「うっ…うん、ほなら後は頼んだね」そう言って店の方に出ていく史恵だったが心を開かせられなかった少年に対しての申し訳なさから、後ろ髪を引かれる思いがあった。
史恵が出ていった後、山崎は少年を自分の方に手繰り寄せると初めて出会った時と同様に、少年の頭を胸の中に包み込んだ。
「もうエエは、今日はゆっくりしようか?何も考えんでエエから…そのまんまでエエから…」山崎はそう言ったままジッと時が過ぎるのを待った。そうしている間、山崎は少年の育って来た環境について思いを巡らせていた。山崎は今まで沢山の子供たちと出会って来た。色んな環境、色んな思いを抱えて生きている子供たちを見て来た。その都度そんな子供たちから様々な事を学んで、山崎自身は成長して来たのだ。それだけに少年の身体に刻み込まれた傷や痣が物語る、山崎さえも見た事も聞いた事も経験した事もないほどの凄まじいまでの人生を垣間見ていた。
やがて、少年の額がくっついた胸の辺りの湿りっ気が乾いた頃、山崎は少年を自分のベッドに寝かせた。その屈託のない寝顔を見ると、山崎は胸が締め付けられる気持ちになった。
山崎はある決意を持って店の方へ戻って行った。その瞳には僅かながらの光を宿していた。