表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

抱擁

夜も七時をまわり、七時半に向かう頃には、"スマイル食堂" の客脚きゃくあしは、ほぼ途絶とだえる。


「うわぁ、もう、こんな時間か!雅代さん、コッチ任してエエかな?」山崎は左腕のGショックに視線を落とした。

「あぁ、先客せんきゃくさんかいなぁ?構へんよ、行って行って」雅代は掌を腰辺りから上へ向けて振った。

「おおきに、ほな後は頼むは」山崎はそう言い残すと、前掛けをはずして住居スペースになっている奥の部屋へと入って行った。


「史恵さん?ボンはどないや?」小さくしゃべる山崎の言葉には史恵に任せっきりにしてしまった事への申し訳なさと、自分が連れて来た少年にも関わらず放っておいてしまった事に対する罪悪感が込められていた。

山崎の声に反応し振り返った史恵の表情は、いつもとは違い神妙な面持ちだった。そして薄目を閉じると首を横に振った。

「カズちゃん、ごめん、アカンわ。この子、自分が小四やって事以外、話してくれへんわ」いつもは明るい史恵の表情には無念さが込められていた。それを見た山崎は、しばらく腕を組み、目を閉じて考え込んだ後、思い付いたように口を開いた。

「スマン史恵さん、ちょっとボンと二人っきりにしてもろうてエエかな?」その言って史恵には店の方に行くようにうながした。

「うっ…うん、ほなら後は頼んだね」そう言って店の方に出ていく史恵だったが心を開かせられなかった少年に対しての申し訳なさから、後ろ髪を引かれる思いがあった。

史恵が出ていった後、山崎は少年を自分の方に手繰たぐり寄せると初めて出会った時と同様に、少年の頭を胸の中に包み込んだ。

「もうエエは、今日はゆっくりしようか?なんも考えんでエエから…そのまんまでエエから…」山崎はそう言ったままジッと時が過ぎるのを待った。そうしている間、山崎は少年の育って来た環境について思いをめぐらせていた。山崎は今まで沢山の子供たちと出会って来た。色んな環境、色んな思いを抱えて生きている子供たちを見て来た。その都度つどそんな子供たちから様々な事を学んで、山崎自身は成長して来たのだ。それだけに少年の身体に刻み込まれた傷やアザが物語る、山崎さえも見た事も聞いた事も経験した事もないほどのすさまじいまでの人生を垣間かいま見ていた。

やがて、少年の額がくっついた胸の辺りの湿しめりっが乾いた頃、山崎は少年を自分のベッドに寝かせた。その屈託くったくのない寝顔を見ると、山崎は胸がめ付けられる気持ちになった。

山崎はある決意を持って店の方へ戻って行った。その瞳にはわずかながらの光を宿していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ