満員御礼
どないする=どうする
ほんなら=それならば、そうしたら
うっとい=鬱陶しい
ほなら=上の"ほんなら"と同意
せやから=だから
"赤トンボ" が鳴り終わって間もなく、山口三姉弟が入って来た。
「おぅ!美月、ちゃんと二人とも、来とるか?」山崎の眼はお客さんが入って来た瞬間に暖かみを宿す。
「ウン、克也も美麗も連れて来たでぇ、カズちゃん。ほら、二人とも…こんばんは」三人が揃って挨拶をした。
「あぁ、こんばんは!」山崎の表情が崩れた。
「さぁ、みんな何しようか?」雅代が注文を取りに行った。
「克也は?これ?美麗はどないする?ウン、ウン」しっかり者の長女・美月がみんなの注文をまとめる。
「ほんなら、これ二つとこれ一つ」美月はメニュー表を指刺して雅代に伝えた。
「ハイ、ハイ、かしこまりましたぁ。カズちゃん! "ロ" 二つと "ヘ" 一つね」雅代がオーダーを山崎に伝えた。
「ハイよ!」山崎の良く通る声が狭い店内に心地よく響いた。
続いて、イタズラ三匹がやって来た。
「カズちゃん!邪魔しに来たったでぇ」
「邪魔するんやったら帰ってんか」
「ハイよぉ…て、なんでやねん!」リーダー格の北村 政宏のお約束の挨拶である。
「何やねん!山口も来とったんか?」三人組の頭脳派、中村 健人である。
「もう、アンタら、うっといねん!向こう行って!」美月が健人を追い払うように手を振り回した。
「向こうは、カベです行けませーん!」使いっ走りのお調子者、大川 博士だ。
「アホの博士は、いらんねん!」名前の割りに成績が良くない博士を揶揄した、美月の辛辣な言葉だった。
「コーラッ!喧嘩はアカンで」雅代が三匹にそれぞれ軽くゲンコツを食らわした。
「何でオレらだけやねん」政宏が頭を抑えながらブツブツと文句を言った。
「政宏!女の子にはいっつも優しいせぇて言うとるやろ?」山崎の眼鏡の奥の眼光が光っている。
「ごめんなさい、山口もごめんやった」三匹は山崎に言われて項垂れてしまった。
「ほならカズちゃん "イ" と "ハ" と "ニ" 頼むわ」一転して、三匹は明るく注文した。
「何や、お前らまたバラバラかいな?」言いながらも山崎の表情はニヤ付いている。
「せやから、始めに邪魔しに来たったって言うたやん?」政宏がカウンターに乗り出すようにしながら言った。
「何?ホンマお前らそう言うトコだけは賢いなぁ?」文句を言っていながらも、山崎は幸せそうだった。
その後も後から後からお客さんは入って来た。気付けば狭い店内は三十人足らずの小さなお客さんたちで埋め尽くされていた。厨房を一人、忙しなく動き回る山崎だったが、その心は満たされていた。