アレルギー対策
むっちゃ=すごく
早よ=早く
何ないなぁ=何かあったの?
やっぱし=やっぱり
見てもうとる=見てもらっている
調理をする上で、山崎 和浩が一番気を付けなければならない事は、アレルギー物質をバランス良く散らせたメニューを作る事だ。
例えばフライをメニューに加える場合は、小麦粉を使わず、米粉を使い、パン粉は後藤 史恵同様に時折手伝いに来てくれる、自宅でパン教室をやっている40代後半になる加藤 雅代が持って来てくれる米粉パン粉を使用する。そして、玉子の代わりにオクラをフードプロセッサーにかけた物を繋ぎに使う。
肝心のネタは、牛・豚・鶏、時には仔羊肉や猪肉、鹿肉などを用意し、魚も極力、鱈や鰈・鰆といった白身魚を用意する。
ハンバーグは通常の物とは別に牛肉100%の物と、鶏肉ミンチに水抜きした豆腐を混ぜ込み、牛乳を使った物と、牛乳の代わりに豆乳を使った物を用意する。そして玉子は使わずに、フライ同様にオクラをフードプロセッサーにかけた物を使用する。そうする事で、アレルギー物質を散らし、出来る限りお客さんが好きな物を選べるように備えるのだ。
デザートにはオレンジや桃、林檎と言ったポピュラーな果汁は使わず、パイナップルや苺の果汁を使い、ゼラチンではなく、寒天で固めたゼリーを用意する。
そこまで気を使わなければ、ここ "スマイル食堂" のお客さんたちのお腹を満たす事は出来ないのである。
「カズちゃん!こんにちわ!パン粉持って来たでぇ」ウワサの加藤 雅代だ。
「雅代さん!むっちゃ助かったわ!早よ、中に入って来てくれへんか?」山崎はキャベツを千切りしながら足をバタバタと足踏みした。
「何ないなぁ、珍しなぁ。何かあったんかいなぁ」いつもは主婦たちの好意を申し訳なさそうに受ける山崎は手伝いを急かすような事は滅多にしない。
「スマン!今日は先客が居んねん」山崎のキャベツの千切りのスピードが上がった。
「あぁ、やっぱし!で…その子は?」雅代は持って来たパン粉と米粉をカウンターに置いた。
「今日、昼から史恵さんが来てくれとったから、奥で見てもうとる」千切りしながらも山崎は顎で奥の部屋を示した。
「あっ、ホンマかいなぁ!そら良かったやん」言いながら雅代はエプロンを締めた。
「スマンけど、後20分位やわ!急ピッチで頼めるかな?」山崎は持って来てくれた米粉とパン粉をバッドに開け広げた。
「ハイよ!任しときぃ」雅代が腕捲りをした。
こうして二人がかりで小さなお客さんを迎える為の作業は急ピッチで行なわれていった。
やがて外では、夕方5時を知らせる地域団体が流す "赤トンボ" が流れ出した。それはスマイル食堂開店の合図でもあった。