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母と子

「ほんまに健太がお世話になったそうで…スンマセンでした。このお礼はまた改めてさせてもらいます」三宅 茜は、山崎に向かって何の違和感もなく頭を下げた。

「健太はどこにるんですか?早よ、健太に会わして下さい」今度は懇願するように言って来た。

「ちょう、待ちぃや!アンタ。自分があの子に何してきたか分かって言うてんかいな?」雅代は少し、いきり立って口を挟んだ。

「分かってます。せやから、こうやって迎えに来たんです。健太!お母ちゃんやで!」茜は健太が奥にいるのは分かっているんだと言わんばかりの勢いで叫んだ。

「アンタ!ジブンの感情しかないんか?健太君の気持ち、カズちゃんの想い、全部無視して我がの事だけしゃべりぃな」雅代の言葉には健太に新しく出来た仲間たち、山崎の人としての温もり、そして自分自身も母親として生きて来たプライド!色んな思いが込められていた。

「何なんよ?関係ないオバはんは黙っとけ!」いよいよ女通しの泥試合になりかけた時、三浦が静かに口を開いた。

「あんなぁ、お母ちゃん。アンタがどないな想いで健太を育てて来たかは知らん。せやけど健太が…健太自身がアンタをお母ちゃんやないと言うとるんやで。お父ちゃんは赤の他人のコイツがエエと言うとるんやで。その意味を考えられへんか?」三浦の言葉を聞いて茜は意外そうな顔をした。

「あの…おじいちゃん誰?何の話ししてんのん?」この若い母親の礼儀を知らない態度が一層、事件の闇の深さと茜の母親としての資質の有無を露呈ろていさせていた。その時、奥から健太が叫んだ。

「帰れーっ!お前なんかお母ちゃんとちゃうわー!ボクはずーっとここにる。ボクのお父ちゃんはカズちゃんやー!そんでお母ちゃんは死んだ!あんな怖いトコ、二度と帰らへーん!」茜は健太の聞いた事もない魂の叫びを聞いて、目を丸くした。

「なぁ、お母ちゃん。今のん聞いたやろ?それが答えと違うか?ワシが誰かなんかどうでもエエけど、でも大事なんは血の繋がりか?確かに血の繋がりは大事やろ。でもな、もっと大事なんは心の繋がりと違うか?アンタの旦那さんは事故で亡くなったらしいけど、死ぬまではアンタと旦那さんは心できつうに結ばれとったんと違うんか?その繋がりは一方通行じゃアカンやろ?お互いが思い合ってこその繋がりと違うか?」茜は三浦の話しを黙って聞いていたがその表情は苦虫をつぶしたようだった。

「信じひん。ウチは信じひんで!あの子の事、洗脳したんやろ?あの子はウチがお腹を痛めて産んだ子や。健太…健太ーっ」茜はなに泣きなのか分からない複雑な心境を露呈させていた。

「健太!おいで、ちゃんとお母ちゃんと話ししよ。オレがちゃんと見守っとくから」山崎の言葉を聞き、ゆっくりと健太は姿を現した。

「健太!お母ちゃんやで!」奥へと入って行こうとする茜を山崎は止めた。

「なぁ、三宅さん。こんなん言いたないけど、ここはオレの家や。それ以上入るんやったらそこのお巡りさんに不法侵入で逮捕してもらわなアカンようになる。頼むわ、今は健太の事を一番に考えてやってくれへんか?そないに興奮したら健太が怖がっとるやないか?」山崎の瞳を見ながら話しを聞いていた茜は、落ち着きを取り戻し、カウンターの席に腰を下ろした。山崎は健太の手を引いて厨房側に行き、茜の座る席の対面に木箱で作った台を設置して、上に健太を立たせた。

「健太…ごめんな、お母ちゃんが悪かった。さぁ、帰ろ?」茜は本当に後悔しているのが分かる表情で健太に語りかけた。

「健太、お母ちゃんはこう言うてるけど、どないする?」山崎が健太に気持ちを確かめたが健太は強く首を横に振った。

「嫌や!痛いのんイヤ、熱いのんイヤ、臭いのんイヤ、怖いのんイヤ」健太は同じフレーズを何回も繰り返した。山崎は健太をそっと抱き締めた。それにより健太は落ち着きを取り戻し、言うのをめた。

「お母ちゃんや、これ見てもまだ健太を引き取るっちゅうんか?アンタ仕事も決まらんと、これから健太を抱えてどないして生きて行くっちゅうんや?」三浦の言葉に茜は葛藤していた。確かに収入は絶たれ、これから生きて行くすべを持たない自分がどうやって健太を養っていけると言うのか?

「三宅さん、とりあえず健太を食堂ここに預けとかへんか?この店は色んな人間が支えてくれとる。そん中からアンタの働き口を見つけてもろうて、先ずはアンタが一人立ち出来るようになって、それからも一辺っぺん考えたって遅うはないと思うで」山崎の言葉で茜は顔をグシャグシャにして号泣した。

「アタシ、生き直せますか?真っ当に生きて行けますか?」

「大丈夫や、ここからリスタートしたら、仕事にも住むトコにも人の繋がりにも不自由せん!なぁ社長」山崎は三浦の方に向いた。

「あぁ、ワシも保証したる。アンタが真面目に生き直す気ぃさえあれば、この町の住人は見捨てるヤツは一人も居らん!」三浦も山崎同様に言い切った。

「わ…分かりました。健太を…健太を…よろしくお願いします」こうして茜はとりあえず一時的にではあるが、健太を山崎に預ける事を了承した。

外は相変わらずアブラゼミが鳴いている。しかし一同は煩わしさよりも心地良さを感じていた。

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