家庭教師
オトンに似たんやのうて=お父さんに似たんじゃなくて
からっきし=全然ダメ 全く苦手
夏休みに入ると子供達の給食もなくなる為、昼は奥の居住スペースを開放して子供食堂にする。
その為、一般のサラリーマンの客たちは値段はそのままなのにも関わらずセルフサービスを強いられる。無論、その事に文句を言う者など一人もおらず「カズちゃん、大変そうやから」と洗い物の手伝いをしてくれるOLまでいる。
普段は調理を一人でこなす山崎も、この時期ばかりは一人で回せないので、後藤 史恵・加藤 雅代・木村 玲子に加え、史恵の息子で大学生の晃司まで駆り出される始末だ。
「カズちゃん!二番さんA定食二つとハヤシライスな!ほんで奥のボンらやけど、"ロ" 三つと "ニ" 一つ頼むわ!」
大人のメニューはA・B・Cと定食があるのに対して子供のメニューはイ・ロ・ハ・ニ・ホと定食の呼び名が変わるのでややこしい。
しかし、自分のアレルギーをキチンと把握出来る大人と、そうでない子供とを差別化する為に必要な事だった。そして、それを毎日内容を変えているのに、山崎の頭にはちゃんと叩き込まれていた。
「晃司!スマン、これ、お先四番さんのカレーライスとC定食。ほんでこれが奥のボンらの "イ" と "ハ" 頼むわ」「ハイよ!任しといて!」
折角の夏休みで友人たちとレジャーに出掛けたりサークル活動を楽しみたいだろうに、晃司は張り切ってこのボランティアに勤しんでいる。
実は晃司も高校生時代に、少し荒れた時期があったが、史恵に無理に連れて来られた "スマイル食堂" で山崎の姿を見て以来、山崎を兄のように慕い尊敬するようになっていった。
それから、諦めていた大学進学もなんとか突破して、自分なりの目標を持っているようだった。
こうして嵐のようにランチタイムは過ぎ去って行った。
「皆んな、おおきにな!ムッチャ助かったわ。皆んなもメシにしよか?」
「カズちゃん!オレ酢豚!」晃司が、はにかんで言った。
「何や?アンタ段々お父ちゃんに似て来たなぁ。昔はピーマン入ってるから酢豚は嫌いやって言うとったのに」史恵が冷やかすように言った。
「そんなん何時代の話やねん!それにオトンに似たんやのうてカズちゃんの酢豚は別物やねん」晃司は頬を赤らめた。
「それよりな?健太君の事やねんけど、話聞いとったら、学校に全然行ってなかったんやろ?勉強、大丈夫なんか?」美味そうに酢豚を頬張りながら晃司が聞いて来た。
「んー、多分、全然勉強には追いて行けてないやろなぁ。でもオレ、勉強はからっきしやからなぁ」学生時代、悪さばかりでやっと三年で高校を卒業出来た程度の山崎は困り顔で答えた。
「ほなら、オレが勉強見よか?一応これでも家庭教師のバイト経験もあるし」晃司は嫌いだったピーマンを口に運んだ。
「おぉ!そないしてくれるか?」山崎はカレーライスに追加の福神漬を乗せた。
「そやなぁ?今の学力見る為にも小四以下のチビらと一緒に見てやって見よか?ランチタイムの後で奥の部屋借りて」
「ヨッシャ!ほな、明日から来た子らに声掛けて行くわ。スマンけど頼むな」
「任しといて!これでもオレ、教師目指してんねんから」晃司は右拳で自分の胸を叩いた。
横で聞いていた史恵は初めて聞かされる息子の夢に感無量で黙って饂飩を啜っていた。