健太の気持ち
来ぇへんのん=来ないの
「何で健太は学校に来ぇへんのん?」あの週末以来すっかり打ち解けて仲良し四人組のようになった佐川 雄平たちだが、一人だけ学校に来ない三宅 健太を不思議に思い雄平は聞いていた。
「健太はなぁ、西小の子やねん。でもな今カズちゃんトコ住んでるやん?せやから転校の手続きとか色々あんねん」山崎からある程度聞かされている山口 克也は健太を庇うように説明した。
「ほなら親はどないしたん?死んだんか?」子供ならではのストレートな物言いだった。
「そんなんオレらが言う事と違うねん!大人が色々やってくれるからなぁ。カズちゃんはいっつも子供の味方やねんから任しとったらエエねん」克也の口調が熱っぽくなっていた。
「そうか!ウチのお母ちゃんも大人は簡単に信用したらアカンけどカズちゃんは信用してエエって言うとったわ」合点が言ったように雄平は答えた。
「ほならもうすぐ夏休みやし健太君が転校して来るんは二学期からかなぁ?」大人し目の木戸 孝則が口を挟んだ。
「楽しみやなぁ。早よ一緒に学校行きたいなぁ」皆んなが喋っている内容を黙って聞いている健太だったが気持ちはとても嬉しかった。
母親と一緒に暮らしている頃はロクに学校にも行かせてもらえずに、代わりに母親が連れて来た若い男に殴られたり蹴られたり煙草を押し付けられたりした。
始めは自分が悪いからされるのだと思っていたのだが、そのうち冷蔵庫を勝手に開けただけでドアで力一杯に首を挟まれた。男が食べていたカップ麺が携帯電話を弄るのに夢中になり過ぎて延びてしまえば熱々のスープをかけられた。
何もしないでおこうと隅っこに三角座りをしていただけで殴られたり寝ているところを無理に起こされて火の着いた煙草を押し付けられたりした。
泣き叫べば暴力はもっと酷くなった。その為に健太は黙って我慢するしかなかった。
もはや子供の健太には「ごめんなさい」と小声で謝る事くらいしか出来なかった。
母親も当初は留めに入ってくれていたが暴力が自分に及ぶと分かると何もしてくれなくなっていった。
しかし子供の健太は理不尽や不条理と言う言葉を持ち合わせてはいなかった。何がいけないのか健太には理解出来なかった。それだけが健太の生きる世界の全てだった。
しかしここにいれば無条件に皆んなが優しくしてくれる。自分を仲間として認めて必要としてくれる。当たり前に美味しいご飯を食べさせてくれる。そして何よりも自分を愛してくれる。
健太の心の中は、徐々に変化し始めていた。
地獄のような日々から犬の子のように捨てられ自力で脱出して、やっとの事で辿り着いた天国のようなこの店。そこに来る人々は皆んな一様に互いを思いやっている。皆んながこの男を慕ってやって来る。
そして健太は山崎の事を見た事もない父親のように感じ始めていた。