親父
納品せんならん=納品しなければいけない
ウチにけえへんかった=ウチ(我が社)に来なかった
テンゴ=冗談、ジョーク
拵えたんや=作ったんだ
"ガラガラ" 引き戸が開き工業油まみれの作業服に白髪混じりの初老の男性が立っていた。
「うわぁ!三浦社長いらっしゃい!今日はもう来てくれへんって思てましたわ」男性は近くで小さな町工場 "三浦製作所" を経営する三浦 泰彦だった。
「イヤぁ、カズボン。遅なって悪いなぁ。休み明けにどうしても納品せんならん商品あってな…先週はゲンさんに残ってもうたから今日はワシが残業じゃ」"ニッコリ" 笑った三浦社長の目尻に深い皺が浮かんだ。
「せやから社長!早ように若い者育てへんから社長が残業せなアカンねんやんか」山崎は生ビールの中ジョッキを出しながら言った。
「アホな。大事なお客さんの試作品をゲンさん以外の誰に任せんねん!大体お前がウチに来ぇへんかったからアカンのやろ」母子家庭で育った山崎にとって三浦は父親のような存在だった。学生時代に補導されたりすると母親の代わりに迎えに行っては山崎に拳骨を食らわした。
ただやった事が西川の身代わりと知っていた時はそのまま拳骨を入れたその頭を撫でた。
「三浦社長!お疲れッス!」西川が三浦に乾杯を求めて来た。もちろん西川も三浦には頭が上がらない。
「何や?翔平か?警官になっても今日も悪さしに来とったんやろ?」三浦はそう言いながら西川のジョッキに自分のジョッキをぶつけた。
「社長の冗談、敵いませんわ。これでもちゃんと仕事して報告に来てますねんで」西川は額の汗を拭う仕草をした。
「何や?報告って?」三浦はビールを一口飲んだ。
「イヤね実は翔平にオレから頼み事しとって…」山崎は口を挟み奥に目線を移した。
「健太!ちょうおいで」奥から手足がやたらと細い少年が現れた。
「何じゃ?この子?いつの間にこんな子を拵えたんや?」今までの人々同様に初めて健太を見た三浦は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
山崎と西川はこれまでの経緯を丁寧に三浦に話して聞かせた。
「ホーッ!なるほどなぁ。で?今後この子の事どないするつもりや?」三浦は我が子を心配する父親のように聞いた。
「まだ、親も見つかってへんし分かりません。ただどないなろうとオレが健太を守ろうて思てます」山崎は真剣な顔で答えた。
「ほうか?でもこれから色々大変やぞ!まぁ何かあったらいつでも言うて来い」三浦はいつもより二枚多く三万円をカウンターの上に置いた。
「イヤッ!社長こんなには…」流石にビール三杯に冷や奴とアジフライで三万円は高過ぎる。
「アホゥ!息子が守ろうとしとる子はワシの孫みたいなモンや」後ろ姿だけで右手を上げる義父の背中に山崎は深々と頭を下げた。
初登場の三浦社長!
少し言葉が乱暴に感じる方、おられると思いますが、大阪の特に下町では、親しみのある人ほど言葉が乱暴になる傾向があります
それは東京などでもあると思います
そして、"今日も悪さしに来とったんか?" の様に、周りがクスッと笑ってしまうような冗談を入れます